抗体の選び方と濃度検討のポイント
抗体実験を始める前に
抗体を使用した実験計画を立てる際には、使用する抗体の種類や、濃度などの条件を選択・判定しなければなりません。また、必要に応じて二次抗体の使用も検討します。では、具体的にどのような点に着目して抗体を選び、条件を決定すればよいのでしょうか。
この記事では、一次抗体の選択や使用に際して考慮すべきポイント、濃度の調整方法、二次抗体を使用する場合の選び方についてまとめました。
抗体を選択・使用する際に考慮すべきこと
標的分子(抗原)を特定し、検出法を選択したら、標的を検出するための一次抗体を選定します。標的分子に対して2種類以上の抗体が利用可能である場合には、複数の抗体を用いて主要な実験を実施する方がよい可能性があります。次の点に考慮し、抗体を選定しましょう。
<研究に使用するアプリケーション>
- すべての抗体が各アプリケーションで機能するわけではありません。
- 実施するアッセイが、定性的か定量的かを判断しましょう。
- 抗体が、免疫ブロット法やELISAなどの特定のアプリケーションに適切であるかどうか、販売業者のデータシートやウェブサイトを確認しましょう。
<試験するサンプルの種類>
- 対象の組織または細胞は、特異的なタンパク質を発現していますか?
- 検出しようとしているタンパク質は、潜在型と活性型のどちらでしょうか?例えば、リン酸特異的抗体は、活性化されたリン酸化タンパク質としか反応しない可能性があります。
- 対象のタンパク質が細胞内に位置している場合、細胞の一部あるいは全体を溶解する必要があります。
- フローサイトメトリー解析では、細胞表面分子を認識する抗体を使用しなければならない場合があります。
- 対象のタンパク質が立体構造をとっており、エピトープが不明瞭である場合、非変性状態では抗体によって認識されないため、サンプルを変性させなければなりません。
- 一部の抗体は、凍結標本や固定されていない組織においてのみ、良好に機能します。その他の抗体は、抗原賦活化工程後のパラフィン包埋切片で機能します。
<検出対象のタンパク質が由来する種>
- 抗体を選択する際には、基本的に、対象とする種から得られた免疫原に対して産生されたものを選びます。
- 抗体の産生に使用された免疫原が、対象の種に由来するものではない場合、対象のサンプルと反応するかどうか確認します。特定のタンパク質の配列については、タンパク質データバンク(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein)で迅速に確認することができます。
<抗体の産生に用いられた種>
- この情報は、二次抗体を選択する際に非常に有用です。二次抗体は、サンプルが得られた種と、系統学的に可能な限り離れている必要があります。
<データシートや検証データの確認>
- データシートや販売業者のウェブサイト上の検証データを確認し、データの品質を検討しましょう。
- 抗原の有無しか検証されていないのか(ELISA、ウェスタンブロット)、その他の詳細なデータがあるのかどうかを確認しましょう。
- どのような種類のサンプル(細胞溶解液、組織ホモジネートなど)が試験されているのかを確認しましょう。精製された組換えタンパク質しか用いられていない場合、実際の細胞や組織サンプルでは最良の結果が得られない可能性があります。
<保証およびサポート>
- 返金またはクレジットなど、販売業者からの保証があるか確認しましょう。
- どのような種類のテクニカルサポートが利用可能か確認しましょう。ウェブサイト上の「よくある質問(FAQ)」よりも、実際のテクニカルサポートが利用可能である方が良いでしょう。
抗体の力価と濃度の調整方法
抗体と抗原の結合の強さは結合定数に依存しますが、結合定数は温度、pH、溶媒の組成などの影響を受けて変化します。また、溶液中の抗体と抗原の相対濃度を変化させることによっても、抗原抗体複合体の形成を制御することができます。
抗体の濃度と力価は同義ではありません。濃度は、溶液中に含有されている抗体の総量です。通常、抗原に結合する能力を持つ活性型の機能的な抗体は、総量の一部に過ぎません。しかし、この機能的な一部が有効性を決定しています。力価はその抗体を用いてイムノアッセイを行った際に、反応が生じる最大希釈率を指します。つまり、抗体-血清溶液を希釈しても依然として検出可能な量の抗体が認められる程度を表しています。
ほとんどの場合、サンプル中の抗原の濃度を調節することはできません。したがって、特定の実験条件ごとに、抗体の至適な作用濃度(希釈率)を経験的に判定する必要があります。
どのようなアッセイにおいても、至適な力価とは、陽性の試験で最も強力な反応が得られ、バックグラウンド反応が最小である濃度(希釈率)を指します。各アッセイについて、至適な抗体濃度を判定する必要があります。通常は希釈系列を用いて判定します。
至適な抗体濃度を判定する最もよい方法は以下の通りです。まず、一定のインキュベーション時間を選択し、一連の希釈系列を用意して試験します。希釈率は、通常望ましい溶液の総量に対するより濃度の高い原液の比として表されます。例えば、抗体の1:10希釈は、抗体の原液1を希釈液9と混合し、合計10にすることによって調製します。
データシートやプロトコールに、抗体の使用に適切な希釈率が推奨されている場合もあります。しかし、ある抗体を初めて使用する場合、または新規ロットを用いて作業する場合には、使用に至適な抗体の希釈率を判定するため、希釈系列を用いることが推奨されています。
例えば、製品データシートに1:500希釈を用いるよう推奨されているならば、1:50、1:100、1:500、1:1,000、および1:10,000の希釈を用いると、特定のアッセイ条件に際して至適な希釈率を判定する助けとなります。
特にポリクローナル抗血清の場合、動物によって、または採取した血清によって、抗体濃度が著しく異なっている可能性があります。そのため、この様な初期の力価測定はアッセイ間のばらつきを減少させるために必要不可欠です。
二次抗体とは
二次抗体は、一次抗体を結合させた抗原を間接的に検出するためによく使用されます。このため、一次抗体の抗体種やアイソタイプに特異性を有し、検出可能なタグか標識に結合した二次抗体を選択することが重要です。
検出可能なタグには酵素や蛍光色素があります。一般的に用いられるタグは、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、アルカリホスファターゼ(AP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン、テキサスレッド、フィコエリスリン(PE)、ビオチンです。
利用可能な標識一次抗体がない場合、または一次抗体が望ましい酵素や蛍光色素で標識されていない場合に、二次抗体を使用します。
また、二次抗体は検出の感度を上げるためにも用いられます。二次抗体の使用によって作業工程が増えることになりますが、複数の二次抗体が単一の一次抗体に結合することからシグナルが増幅され、感度が上がるという利点があります。
二次抗体を適切に選択することによって染色が改善され、偽陽性または偽陰性が最小化されます。
二次抗体は、ホスト動物を異なる種から得られた抗体で免疫化して産生させます。例えば、抗ヤギ抗体は、ヤギの抗体をヤギ以外の動物に注射することによって産生させます。同様に、一次抗体をマウスで産生させた場合には二次抗体は別の種(ヤギ、ロバなど)で産生させた抗マウス抗体である必要があります。
ほとんどの一次抗体はIgGクラスの抗体です。これらの抗体は適切な抗IgG二次抗体によって検出することができます。一次抗体がIgMであれば、IgMに特異的な二次抗体を選択する必要があります。
適切な二次抗体の選び方
二次抗体は、一次抗体を産生させた種と同一の種に対するものである必要があります。例えば、一次抗体をヤギで産生させた場合には二次抗体は抗ヤギ抗体である必要があります。
専門知識や実験室で利用可能な機器に基づいて、望ましい蛍光色素か酵素で標識した抗体を選択します。最も一般的に用いられる蛍光色素標識は、フルオレセイン、ローダミン、テキサスレッド、フィコエリスリンなどです。酵素標識には、ホースラディッシュペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなどがあります。
ELISA検出には、酵素標識抗体が良い選択肢となります。フローサイトメトリーには、蛍光色素標識二次抗体の使用が最適です。
ビオチン標識抗体は、蛍光色素や酵素で標識した二次抗体よりも感度が高く、増幅されたシグナルが得られます。
より良い結果を得るためには、サンプルと同一の種から採取した血清で事前に吸着させた二次抗体を使用しましょう。これによってバックグラウンドが減少します。ただし、このように事前に吸着させた抗体では、エピトープの認識力が低下し、一部のIgGサブクラスは認識されない恐れがあります。
二次抗体には、血清をプロテインAなどで精製した「IgG画分の二次抗体」と、アフィニティ精製によって標的分子と反応する抗体のみを精製した「アフィニティ精製による二次抗体」とがあります。アフィニティ精製をした二次抗体は、非特異的結合が最小になるのが利点です。しかし、親和性の高い抗体を含有している場合にはカラムから溶出されにくいため、IgG画分の方が好ましいことがあります。抗原の存在レベルが非常に低い場合には、IgG画分の方が適していることもあります。
使用する一次抗体のクラスまたはサブクラスに一致する二次抗体を選択しましょう。例えば、一次抗体がマウスIgMであれば、抗マウスIgM二次抗体を用います。マウスモノクローナル一次抗体のクラスまたはサブクラスが不明な場合は、ほとんどのマウスIgGサブタイプを認識する抗マウスIgGを用いても良いでしょう。
以上、一次抗体の選択や使用のポイント、濃度の調整方法、二次抗体の選び方について解説しました。ポイントを押さえて、目的や標的に適した実験計画を立てましょう。
抗体がよくわかる!「抗体ガイドブック 3版」。
この記事以外にも抗体そのものの理論や選び方が分かる記事あります。
理論
- 【研究ツールとしての抗体技術】抗原とエピトープ
- 抗体の仕組みと種類を理解しよう
- 抗原と抗体の相互作用とは【抗体技術の基本原理】
- モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の作製と特徴
- 用途に合わせて使い分け。抗体のフォーマットと精製方法
実用
これら抗体の理論や実用、応用、プロトコールの例を掲載した「抗体ガイドブック 3版」をご用意しています。こちらのページで印刷版の請求またはPDFのダウンロードが可能です。
下記フォームでは、M-hub(エムハブ)に対してのご意見、今後読んでみたい記事等のご要望を受け付けています。
メルクの各種キャンペーン、製品サポート、ご注文等に関するお問い合わせは下記リンク先にてお願いします。
*入力必須