【ブランドストーリー】研究者のための会社、シグマ アルドリッチの歴史

【ブランドストーリー】研究者のための会社、シグマ アルドリッチの歴史

メルクの一員となったシグマ アルドリッチ社のすべて

2015年11月、シグマ アルドリッチ社がメルクの傘下に加わりました。同社は、世界40カ国に生産、研究開発、物流および営業の事業拠点をもち、160カ国のユーザーにプロダクトやサービスを提供しているグローバル企業。ライフサイエンスとハイテク分野を中心に、約30万品目の研究試薬や製品を取り揃えています。その多さは業界トップクラスで、「シグマ アルドリッチにない試薬はない」と言われるほどです。まさに、試薬を探す研究者たちの最後の砦といってもいいかもしれませんね。

メルクはシグマ アルドリッチとの統合によって、基礎試薬、最先端のゲノム編集ツールやナノ材料などを含め、35万を超える製品群を扱えるようになり、水やフィルターや研究室のあらゆる試薬と機器をトータルソリューションで提案できるようになりました。現在、シグマ アルドリッチはメルクの1ブランドとして統合前よりもさらに充実した製品とサービスを提供しています。

この記事では、そんなシグマ アルドリッチの歴史をご紹介します。

研究者がつくった研究者のための会社―シグマケミカル社とアルドリッチ社

シグマ アルドリッチはシグマケミカル社とアルドリッチケミカル社が合併して誕生したアメリカの会社です。どちらも研究者によって作られた会社で、研究者の力になりたいという理念が共通していました。

また、アデノシン三リン酸(ATP)の製造販売をきっかけにアメリカの主要な生化学企業として成長を遂げたシグマケミカル社と、メチル化試薬として広く使われる1-methl-3-nitro-1-nitrosoguanidine(MNNG)から始まって次々と製品を増やしていった有機化学分野に強いアルドリッチ社は、ラインナップが被ることなく、お互いを補える相補的な関係にありました。2つの会社は、相補できる製品ラインと共通したユーザーへの姿勢が科学研究の世界に確信をもたらすだろうという認識で合意し、1975年に合併し、シグマ アルドリッチ社が誕生しました。

では、シグマとアルドリッチがそれぞれどんな会社だったのか、その歩みを見てみましょう。

◆シグマケミカル社の歴史

1935年 
シグマケミカル社の前身となるMidwest Consultants社がミズーリ州セントルイスに設立される。

1946年 
Midwest Consultants社に勤めていた兄弟Aaron FischerとBernard Fischlowitz、そして1936年に入社したDan Broidaの3人の化学エンジニアによって、シグマケミカル社が設立される。

第二次世界大戦による深刻な砂糖不足の中、甘味料サッカリンの製造販売で業績を伸ばす。

1950年代
赤血球や筋肉でグルコースから乳酸を作り、肝臓で乳酸からグルコースに戻す経路「コリ回路」を発見してノーベル賞を受賞したコリ夫妻のもとで研究をしていた若き生化学者Lou Bergerをシグマケミカル社の研究所に招く。コリ回路の研究の重要性を確信したDan Broidaはコリ回路研究に大量に必要となるATPの製造・販売を始める。社員を上げて高純度のATPと8つの誘導体の製造法の開発に成功し、高純度のATPを求めて数多くの研究者がシグマケミカル社を訪れた。

1970年
コリ回路のコリ夫妻の息子Tom Coriが入社する。

こうしてシグマケミカル社はATPの製造販売をきっかけにアメリカの主要な生化学企業として著しく成長を遂げ、製品数は指数関数的に増えていきました。シグマケミカル社が力を入れていたのは製品開発だけではありません。研究者をサポートするカスタマーサービスにもいっそう力を注ぎました。製品カタログにはDan Broidaの自宅番号が記載され、研究者たちは昼夜を問わずいつでも彼に連絡し研究について議論することができました。

アメリカにおける科学分野のリーディングカンパニーの地位を確立したシグマケミカル社は、海外展開をスタートし、1964年にロンドン、1970年にイスラエルへと市場を拡大していきました。

 

◆アルドリッチ社の歴史

1951年
ウィスコンシン州ミルウォーキーでAlfred BaderとJack Eisendrathがアルドリッチケミカル社を設立。社名はコイントスで決められた。アルドリッチというのはコイントスに勝利したJackの婚約者の名前からつけられた。最初の製品は、メチル化試薬として広く使われるMNNG。

1950年代終わり~1962年
製品数が数千にのぼり、有機化学の研究者の間で広く知られる会社となる。アルドリッチのカタログはただの製品カタログではなく、化学の参考図書としても用いられるようになる。

1967年
カタログの表紙に美術画を採用し、名称をThe Aldrich Handbook of Fine Chemicalsとする。

1968年
のちに有機化学の主要ジャーナルとなるAldrichmica Actraを創刊。

このように目覚ましい成長を遂げてきたアルドリッチ社ですが、ユーザーへのサービス精神を忘れることはありませんでした。シグマのDan Broidaと同様に、アルドリッチの配布物にはAlfred Baderの電話番号が記載され、研究者が直接質問したり、アイデアを議論したりすることを歓迎しました。1978年に掲げられたスローガンは、”Chemists Helping Chemists.”(化学者を助けるのは化学者だ)でした。

シグマとアルドリッチの文化をまとめあげたトム・コリ博士

シグマもアルドリッチも研究者によって設立され、研究者の役に立つサービスと製品を追求し続けるという共通の理念をもった会社でしたが、1975年にシグマ アルドリッチ社が設立されてしばらくは、それぞれ独立した組織のままでした。そんなシグマとアルドリッチの文化を融合させ、1つの組織にまとめあげたのがトム・コリです。

トム・コリはコリ回路を発見したコリ夫妻の息子で、1970年にシグマケミカル社に入社しました。シグマ アルドリッチ社設立後の1983年に同社CEOとなりました。日本のシグマ アルドリッチのキャラクター「博士」のモデルになった人物でもあります。

統合後も顧客が一番

もともと研究者の力になりたいという理念を同じくする2社が統合されたため、その想いはますます強まりました。夜中に試薬が切れた研究者らは、シグマ アルドリッチを直接訪ね、試薬を手に研究所へ帰って研究をつづけました。研究者からの問い合わせを受けるために「青い電話」と呼ばれるポータブルフォンが設置され、その電話を必ず誰かが持ち帰り、どんな時間でも対応しました。

このような熱心なサポートが、世界中の研究者から愛され信頼される基盤となったんですね。シグマ アルドリッチのブランドサイトには、製品情報だけでなく、実験レシピやお役立ち情報もたくさん載っています。またメルクのテクニカルサービスでは、研究に関する質問も常時受け付けています。ぜひ、利用してみてくださいね。研究者の力になりたいという、脈々と受け継がれたシグマ アルドリッチの熱い想いが伝わると思います!

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