<研究者インタビュー>山路剛史―失敗を恐れず自分のやりたいことをやる

<研究者インタビュー>山路剛史―失敗を恐れず自分のやりたいことをやる

生物学のフロンティアを目指して

2018年の2月に米国オハイオ州のシンシナティ・チルドレンズ・ホスピタル・メディカルセンターで自分のラボをスタートさせた山路剛史先生(写真右端)。専門は生殖細胞のRNAバイオロジーです。修士の頃から、自分のラボを持つことを目指し、ポスドク先もそれを見据えて選んだのだとか。ポスドク先の選び方や、独立のための準備、ラボ立ち上げの苦労について、インタビューしました。

―山路先生が選んだポスドク先はハワードヒューズ医学研究所ロックフェラー大学でしたが、どのような理由で選んだのか教えてください。

実は、最初から海外に行きたかったわけではないんですよ(笑)。英語も得意ではありませんでしたし。「ポスドク後は独立して自分のラボを持ちたい」という希望と研究の方向性を考えて条件に当てはまったラボが、たまたま海外にあったというのが経緯です。

―なぜ、早い時期の独立を目指していたのでしょうか。

研究者としてのキャリアパスを考え始めたのは修士のときでした。そのときからぼんやりと、自分のやりたいことをやるには独立するしかないと思っていました。

ちょうど10年くらい前に『異業種競争戦略』(内田和成・著)という本に出会い、そこに「これからは分野の壁がなくなって、業界の枠組みを超えた競争が始まる時代が来る」と書かれていました。

研究もまさにそうなっていくだろうと、考えたのです。技術革新がすさまじい速度で起こっていく。その中で、研究者として生き残るためには、将来的にどの分野とどの分野がつながっていくのかを常に考えておく必要があると感じました。

そこで出た答えが、分子生物学と遺伝学との間のブラックボックスを埋める研究でした。疾患のメカニズムを本当に理解しようと思ったら、培養細胞の系だけでなく、常に変化し続けている生体内での現象を見る必要があります。また、ノックアウトマウスを駆使した遺伝学的解析は遺伝子機能を決定する強力なツールですが、それを分子レベルで理解するのは困難です。

このふたつの分野の間のブラックボックスを、いつか誰かが埋めて、両分野が重なり合わなくてはいけない。それができたときは、何か面白いことが見えて、僕独自の貢献ができるかもしれない。そんなふうに考えました。

分野と分野の間をつなぐというのは、まだあまり誰もやっていない領域ですから、本当にやりたいことをやろうと思ったら自分でラボを持つしかなかったのです。ポスドク先は、そうした試みにチャレンジするために必要な技術基盤を学ぶのに適していて、かつ独立を応援してくれるところを選びました。

―ポスドク先で苦労したことはどんなことでしょうか?

ポスドク先では誰も生殖細胞をやっていなかったので、自分で系を一から立ち上げる必要がありました。ヒトの組織を使うための許可をとるために倫理委員会にかけあったり、書類を大量に書いたり。

一番大変だったのが、ボスの説得です。ボスはなぜかマウスが嫌いで、マウスを使わせてくれと説得するのに3ヶ月もかかったんです(笑)。毎日ボスの部屋に通って議論し、ようやく許可が下りて実験を始めることができました。

ボスから与えられたミッション

―5年間ロックフェラー大学でポスドクをしたのち、6年目に独立を果たされましたが、独立の準備で一番大変だったことは何でしょうか?

就活と論文のリバイスで忙しい中、ボスからグラントに応募しろと命令が下ったことです(笑)。 

留学して3年目にようやく研究が実を結び、『Nature』に論文を投稿しました。勝負をかけた仕事です。これが通らないと、どこに応募してもアシスタント・プロフェッサーの職は得られないだろうと考えていました。そんな大事な論文のメジャーリバイスが来た直後に、ボスからグラントに応募しろと言われたのです。

まずはよい論文を出すことが先決ではないかと反論しましたが、ボスの返事は「お金が先だ」でした。アメリカは日本よりお金に関してシビアです。僕の給料もグラントから払われているわけですから、引き受けざるを得ないのです。

ひとつのグラントに応募するためには、大量の書類を書かなくてはなりません。おかげでリバイスへの対応が遅れて、業績がないままジョブマーケットに挑むことになりました。最終的には何とかなりましたから、今は笑い話ですね。

ラボを運営してプロジェクトを進めるためには、予算を獲得しないといけません。書類を書く技術だけでなく、社会のニーズを考えて研究を行っていくことや、共同研究を活用することもポスドク先から学ぶことができました。今の職に着任して5ヶ月でグラントを取ることができたのは、ポスドク時代に鍛えられたおかげかもしれません。

―アメリカで研究する面白さや難しさはどのようなことでしょうか?

面白さとしては、まず、コラボレーションがしやすいことだと思います。様々な技術や知識を持った人間が世界中から集まっているので、直接話をする機会が多くあり、日本に比べてつながりやすいのです。

次に、ヒトの組織を扱う実験は、アメリカの方がやりやすいです。また、技術的なブレイクスルーがあったときに日本よりも早く普及します。

難しさとしては、競争が激しすぎて腰を据えて研究しにくいところでしょうか。PIになったばかりで、よけいにそう思うのかもしれませんが。

家族が留学生活を豊かにしてくれた

―山路先生は家族で留学されていますが、研究者が家族を連れて留学することについてどう思われますか?

もし、家族がいるから留学できないとあきらめている人がいたら、もったいないなと思います。家族がいると留学生活は豊かになりますから。

一緒に過ごせるというメリットはもちろん、家族がいると世界が大きく広がります。研究をしているとどうしても研究所内の世界がすべてになってしまいがちですが、家族がいると違います。特に子どもに関わるコミュニティは研究所の人間関係とはまったく異なるので、視野が広がります。

例えば僕の研究所はニューヨークにありますが、家は田舎にあるので、近所の人たちとラボのメンバーとでは、人種も考え方も生活様式も大きく違います。両方を知ることができるのは、家族と一緒に来たおかげですね。

―山路先生の進路を見ていると、道なき道を切り開いていくという印象ですが、その勇気はどこから出るのでしょうか。

基本的に、「失敗のない人生はない」と思っているからかもしれません。日本に残っていても、同じラボに残り続けていても、リスクはゼロではありません。どれだけ頑張っても、運に左右されることはあります。ですから、失敗しないためにどうするかではなく、何を選んでも失敗するときはするのだから「自分がやりたいかどうか」で動いてきました。

失敗しないようにするのではなく、失敗した場合にどう動くかということが大事だと思います。僕は留学するとき、実家の親に「何かあったら家族で逃げてくるから住ませてね」と話しました。親は「何言ってんだ」と笑いながらも「いいよ」と言ってくれました(笑)。

―現在の課題は何ですか?

ラボの人手が足りないことですね。研究員を本気で募集しています。

僕のラボは、マウスおよびヒトの生殖細胞発生を支えるRNA制御メカニズムを研究しています。そこには多くの生殖細胞系列特異的なRNA-binding proteins (RBPs) が関わっています。RBPsの機能が障害されると不妊や生殖細胞がんの発症へとつながりますが、その作用機序はまだわかっていません。僕たちのグループは、こうしたRBPsをコンピューター解析、生化学・分子生物学的解析を組み合わせて定量的に決定し、遺伝子発現を調節するRNA制御ネットワークの解明を目指しています。

そのために、RBP-RNA相互作用をゲノムワイドに決定するCLIP系の実験手法、各種培養細胞、精子幹細胞、ES細胞からの生殖細胞分化誘導系などを組み合わせ、従来の遺伝学的解析では切り込めなかった課題に取り組んでいます。

―そんなにたくさんの手法を!それは確かに人手が足りませんね…。

ですから、絶賛募集中です(笑)。バイオロジーのバッググランドがなくて、コンピューター解析ができるという方も歓迎します。興味のある方は、ぜひ、ウェブサイトのコンタクトから連絡してください。

プロフィール

山路 剛史(やまじ まさし) ウェブサイト: Y-LAB
Divisions of Reproductive Science & Human Genetics, Cincinnati Children’s Hospital Medical Centerアシスタント・プロフェッサー。1979年生まれ。理研ジュニアリサーチアソシエイトを経て、京都大学生命科学研究科修了(ph.D)。引き続き京都大学斎藤通紀研究室にてCREST・ERATO研究員。2012年よりJSPS海外特別研究員としてハワードヒューズ医学研究所ロックフェラー大学RNA分子生物学研究室でポスドク。2018年2月より現職。

<研究者のおすすめ本コーナー> 山路剛史 編

『レバレッジ・リーディング』本田直之 著(東洋経済新報社)
「ビジネス本は多読が大事、毎日本を読みましょう」と書いてあるのですが、この本に影響されて、毎日1冊以上、年間で300冊くらいを読むようになりました。自分の生活スタイルを大きく変えるきっかけとなった本です。

『偶然と必然―現代生物学の思想的問いかけ』ジャック・モノー 著(みすず書房)
1972年発行の本ですが、科学者を目指すなら必読です。著者はフランスワ・ジャコブとともにオペロン説を提唱した人で、1965年度ノーベル生理学医学賞を受賞者です。この本を読むと、天才とは何かがわかります。ロジックが素晴らしい。一流の科学者とはこういうものかと思い知らされます。

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