PCRとRT-PCRの基本原理

PCRとRT-PCRの基本原理

DNAポリメラーゼとそのアプリケーション

PCRとはポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略で、DNAポリメラーゼを用いて、わずか数分子のターゲット核酸から数ミリグラムのDNAを増幅するアプリケーションです。応用範囲が広く、分子生物学の研究以外にも様々な領域で利用されています。

DNAを生命の主な設計図とすると、DNAポリメラーゼはその設計図の複製や伝達をつかさどる分子と言えます。ほとんどの生命体は、DNAポリメラーゼなくして子孫を残したり進化したりすることはできません。

DNAポリメラーゼの基本的な機能は、1本鎖DNAテンプレートをもとに5'-3'方向に新しいDNA鎖を合成することです。ネイティブなDNAポリメラーゼのほとんどは、この他に複数の機能を持っています。また、DNAポリメラーゼの多くはDNA鎖の合成活性以外に、DNA鎖の末端から次々とヌクレオチドを取り除く活性も備えています(5'エキソヌクレアーゼ活性や3'エキソヌクレアーゼ活性)。

こうしたDNAポリメラーゼが備える様々な酵素活性は、分子生物学実験に数多くのアプリケーションをもたらしました。

1983年4月、Cetus社のKary Mullisは月明かりに照らされたカリフォルニアの道路を車で走りながら、DNAポリメラーゼがもたらすシンプルで素晴しいアプリケーションを閃きます。それこそがPCRの基本となるアイディア、in vitroでターゲットDNA配列を特異的に増幅させる技術でした。それから10年後の1993年、このアイディアの重要性が認められ、Mullis博士はノーベル化学賞を受賞しました。

PCRの原理

PCRにより、わずか数分子(生化学反応では解析することのできない低濃度)のターゲット核酸から数ミリグラムのDNAを増幅することが可能です。

PCRは本来のDNA増幅過程を真似た反応(Saiki et al., 1985)。増幅するターゲット配列の両端に位置する2つのオリゴヌクレオチドプライマーにより、増幅するターゲット配列が決定されます。これらのプライマーはそれぞれ相対するDNA鎖にハイブリダイズし、新たなDNA鎖の合成開始点となります。Taq DNAポリメラーゼなどの耐熱性DNAポリメラーゼが、このDNA合成を触媒します。

PCRによるDNA合成の各サイクルは、熱変性(denaturation)、アニーリング(annealing)、伸長(extention)の3ステップで構成されます。この3ステップによる「PCRサイクル」を何度か繰り返すことにより、ターゲットDNA配列が高濃度で合成されます(Mullis and Faloona, 1987)。

各サイクルが反復可能であることこそが、PCRの増幅力の重要な鍵となります。プライマー間の伸長反応により合成される産物は、後に続くサイクルのテンプレートになります。サイクルごとにターゲットとなるDNAのコピー数はおよそ2倍に増えていきます。したがって、わずか20サイクルのPCRにより、ターゲットのおよそ100万(220)コピーが合成されることになります。

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PCRサイクルの流れ

PCRはサイクルを繰り返しながらDNAを増幅するプロセスです。各サイクルは以下に詳説する3段階から構成されます。サイクルが繰り返された結果、ターゲットDNAの総コピー数が急速に増加します。では、この3段階を具体的に見ていきましょう。

<ステップ1>
加熱(通常90℃以上)することにより、テンプレートの2本鎖DNAが分かれて1本鎖になります。2本の鎖をつなぐ塩基間の水素結合力は弱いので、高温によって切断されますが、デオキシリボースとリン酸の間をつなぐ共有結合は強く、高温でも変化しません。このプロセスはサーマルサイクラーで行われます。サーマルサイクラーは、PCRに必要な加熱と冷却の変動サイクルを自動的に制御する装置です。

<ステップ2>
PCRの目的は、ターゲットDNA鎖全体の複製ではなく、実験対象となる生命体に特有な約100~35,000塩基対のターゲット配列を複製することです。プライマーはこのターゲット配列の両端を定義する役割を持っています。

一般的に、プライマーは20~30塩基の長さからなる1本鎖の合成DNAです(理論上、ランダムな30億塩基対において、16merは全ての個々のプライマー配列(416)を規定するのに十分な長さです)。アニーリング温度は、プライマーの長さや配列に依存し、通常40~65℃の間です。この温度条件下で、プライマーがターゲット配列に特異的に結合(anneal)します。

<ステップ3>
プライマーを相補的なDNA配列に結合(anneal)させた後、約72℃まで温度を上昇させます。この温度条件下で耐熱性ポリメラーゼ(Taq DNAポリメラーゼなど)による新たなDNA分子の合成が始まります。耐熱性DNAポリメラーゼは反応溶液中に含まれるフリーのヌクレオチド(dNTPs)を取り込みながら、テンプレートとして使用したターゲットDNAに相補的な配列のDNA 分子を合成します。

DNA合成は常にプライマーの3'末端から始まり、5'から3'方向へのみ伸長していきます。したがって、1本鎖DNAテンプレートから、プライマーを開始点とする相補的な2本鎖のDNA分子が効率よく合成されます。

<サイクルの終了後>
PCRの初めのサイクル終了後には、オリジナルのターゲットと同一の配列を持つ新しいDNA鎖が2本合成されます。

PCRによって増幅されるアンプリコン

DNAポリメラーゼはターゲットの末端配列を認識して増幅を開始するのではありません。新たに合成されるDNA鎖では、プライマーの5'末端が正確なポリメラーゼ反応開始点として設定されます(これに対して、3'末端は正確に定義されません)。

サイクルが繰り返される過程で、ターゲットのDNA配列が大量に複製されていきます。そのため、サイクル数が多くなるにしたがって、より正確な長さのDNA鎖が新たな合成配列のテンプレートとして用いられる頻度が高くなります。このような一定の長さのテンプレートから合成されたDNA鎖の両末端は、使用する1対のプライマーの5'末端により正確に定義されます。このようなDNA鎖をアンプリコン(amplicon)と呼びます。

わずか数サイクルの後には、ターゲットの配列と同じDNA鎖が、多様な長さのDNA鎖よりもはるかに多く合成されます。つまり、2種類のプライマーにはさまれ定義された配列が増幅の対象になります。

PCRのプロセスで一連のステップが適切な回数(通常30~40サイクル)繰り返されることにより、わずか数時間で少なくとも10億コピーのターゲット配列が指数関数的に増幅されます。

RT-PCRの仕組み

1987年、Powell等のグループがPCRの性能をRNA増幅に拡大する技術を発表しました。RT-PCRと呼ばれるこの技術は、逆転写酵素(reverse transcriptase)を用いてわずかなRNAをcDNAに変換した後、耐熱性DNAポリメラーゼがそのcDNAを検出可能な濃度まで増幅します。この技術により、わずかなmRNA転写産物や他の少量のRNAを検出および解析することが可能になりました。

以上、PCRとRT-PCRの基本的な仕組みについて解説しました。PCRは分子生物学をはじめ、様々な研究領域において使用されるほか、犯罪捜査や食品検査など応用範囲の広い技術です。上手に使いこなせるよう、原理をよく理解しておきましょう。

参考文献
Mullis, K.B. & Faloona, F.A. (1987) Specific synthesis of DNA in vitro via a polymerase-catalyzed chain reaction.
Methods in Enzymol. 155, 335-351.
Saiki, R.K., Scharf, S., Faloona, F., Mullis, K.B., Horn, G.T., Ehrlich, H.A., & Arnheim, N. (1985) Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia. Science
230, 1350-1354.

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