DNA末端の処理方法(クローニングの基礎と実験のコツ)
クローニングとその基本的なフロー
ライフサイエンスでは、特定の遺伝子を単離して増やす操作をクローニングと呼びます。この記事では、目的の遺伝子を挿入したベクターを大腸菌に導入するために必要な一連の実験の操作とコツを解説します。 まずはクローニングの大まかな流れを見てみましょう。
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目的のDNAフラグメントとプラスミドベクターをそれぞれ連結しやすい形に処理する。 ・DNAフラグメント→制限酵素処理 ・プラスミドベクター→制限酵素処理、脱リン酸化
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DNAフラグメントとプラスミドを連結する。これをライゲーションという。
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大腸菌などのプラスミドを取りこめる状態の細胞(コンピテントセル)にプラスミドを導入する。これを形質転換という。
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コンピテントセルのコロニーから目的の遺伝子が取りこまれたセルだけを選ぶ。これをスクリーニングという。
この記事では①のDNA末端の処理について説明します。
DNAフラグメントの制限酵素処理
DNAフラグメントの制限酵素処理は、以下で説明するプラスミドベクターの制限酵素処理と同様に行います。このとき、使用するプラスミドベクターのクローニングサイトに合わせて、切り出しに使用する制限酵素を選びます。
プラスミドベクターの制限酵素処理
DNAフラグメントとプラスミドベクターのライゲーションを行うためには、環状のプラスミドベクターを制限酵素で処理して線状にする必要があります。このとき、制限酵素で処理したプラスミドベクターの末端の形状が平滑末端の場合、または結合性のある突出末端の場合には、プラスミドベクター同士で結合するセルフライゲーションが起きてしまうため、その予防のためにプラスミドベクターの脱リン酸化が必要です。 ここで紹介するプロトコールは、プラスミドDNAベクターがTris-EDTA(TE)バッファーや溶出バッファー(10 mM トリス塩酸バッファー, pH 8.5)またはヌクレアーゼフリーの水の溶液に溶解している場合の例です。
■プラスミドベクターの制限酵素処理に必要な試薬
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プラスミド(200 ~ 300 ng/μL, 3-5 μg)……10~20 μL
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10×制限酵素用バッファー……10 μL
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1 mg/mL ウシ血清アルブミン(BSA)溶液……10 μL ※BSAをヌクレアーゼフリーの水に溶解して調製する。一般的な最終濃度100 μg/mL
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10~20 units/μLの制限酵素①……1.5~2 μL
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10~20 units/μLの制限酵素② ※……1.5~2 μL
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TEバッファーまたはヌクレアーゼフリーの水……合計70 μL または 100 μL になる量 ※制限酵素は使用するプラスミドと目的に応じて選びます。クローニングの方法によって制限酵素を1種類にすることもあります。
■プラスミドベクターの制限酵素処理のプロトコール
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1.5 mLエッペンドルフチューブにTE(または水)、プラスミドDNA、制限酵素用バッファー、BSAの順で上記の量を入れて混合する。
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最後に制限酵素を加え、穏やかに混合する。
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反応液を適切な温度でインキュベートする。このときの温度は、一般的には37℃。例外的にSwaIは25℃。各製品情報で要確認。
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40~60 分反応させる。
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アガロースゲル電気泳動で、制限酵素処理が正常に行われたことを確認する。
<注意点>
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制限酵素は温度変化に影響を受けやすいため、一時的な保管は氷上に置くのではなく、マイナス20℃のクールボックスに入れましょう。
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制限酵素が入っているチューブを持つときは、チューブの底を持つことは避け、できるだけ素早く取り扱いましょう。
前述したように、制限酵素で処理したプラスミドベクターの末端の形状が平滑末端の場合、または結合性のある突出末端の場合には、ベクター同士で結合するセルフライゲーションを予防するためにベクターの脱リン酸化が必要な場合があります。
プラスミドベクターの脱リン酸化のプロトコール
以下にプラスミドベクターの脱リン酸化のプロトコールを紹介します。
■プラスミドベクターの脱リン酸化のプロトコール
使用するアルカリホスファターゼは、ウシ腸由来ホスファターゼ(Calf Intestinal Phosphatase, CIP)が最も一般的ですが、熱不活性化がやや困難です。処理の時間やバッファーは、酵素によって異なりますので、試薬の説明やラボのマニュアルを参照してください。
<制限酵素処理反応液中のプラスミドDNAの脱リン酸化のプロトコール>
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1 unit/μLのウシ腸由来ホスファターゼ(CIP)溶液 1~2 μLを、制限酵素処理したDNA溶液 50~100 μLに加えてよく混ぜる。DNA溶液はDNA量が5 μgになる液量を入れる。
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37℃で30~60 分間インキュベートする。
<水またはTEバッファー中のプラスミドDNAの脱リン酸化のプロトコール>
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1.5 mLマイクロチューブにTEバッファーまたはヌクレアーゼフリーの水を適量(反応液の合計が50 μLになる量)入れる。
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DNA溶液20~40 μL(DNAが 5 μgになる量)、10×CIPバッファー 5 μL(下記参照)、1 unit/μLのウシ腸由来ホスファターゼ(CIP)溶液 1~2 μLの順で入れて、ピペッティングでよく混ぜる。
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37℃で30 ~ 60 分間インキュベートする。
10×CIPバッファーの組成
脱リン酸化したプラスミドとDNAフラグメントのライゲーションを行うには、DNAフラグメントに5’リン酸基が必要です。一般的なオリゴ/プライマーやPCR産物は、5’端がリン酸化されていないため、T4ポリヌクレオチドキナーゼによるリン酸基の付加、または制限酵素処理によるリン酸基の露出が必要になりますが、リン酸基の付加よりも制限酵素処理を選択する方が一般的です。 平滑末端のプラスミドDNAは脱リン酸化などの処理が必要になります。以下のような場合、挿入するDNAフラグメントを平滑末端にして簡易的にクローニングを行う場合があります。
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DNAライブラリー作成
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ダメージを受けてせん断されたDNAをベクターに入れる場合
DNAの平滑末端クローニング
次に、DNAの平滑末端クローニング(ブラントエンドクローニング)の方法を紹介します。
■DNAの平滑末端クローニング(ブラントエンドクローニング)
平滑末端クローニングを行うときはベクターと挿入するDNAフラグメントの両方とも平滑末端になっている必要があります。平滑末端にするためには、DNAポリメラーゼ(KlenowまたはT4)あるいはMung bean(リョクトウ)ヌクレアーゼが使用されます。
<Klenow平滑末端プロトコール>
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DNA溶液(制限酵素バッファーまたはT4 DNAリガーゼ反応バッファーに溶解)に最終濃度が33 μMになるようにdNTPを添加する。
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DNA 1 μgあたり1 unitの Klenowを加え、25℃で15 分間インキュベートする。
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最終濃度が10 mMになるようにEDTAを加えて反応を止め、75℃で20 分間熱処理する。
<T4平滑末端プロトコール>
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DNA溶液(制限酵素バッファーに溶解)に最終濃度が100 μMになるようにdNTPを添加する。
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DNA 1 μgあたり1 unitの T4 DNAポリメラーゼを加え、12℃で15 分間インキュベートする。
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最終濃度が10 mMになるようにEDTAを加えて反応を止め、75℃で20 分間熱処理する。
<Mung Beanヌクレアーゼ平滑末端プロトコール>
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1×Mung beanヌクレアーゼ(バッファーに溶解)に0.1 μg/μLの濃度でDNAを懸濁する。
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DNA 1μgあたり1 unitの Mung beanヌクレアーゼを加え、30℃で30 分間インキュベートする。 ※不活性化の前にDNAが部分的に一本鎖になるため、Mung beanヌクレアーゼの熱処理による不活性化は行わない。DNA精製用スピンカラムまたはフェノール/クロロホルム沈殿とエタノール沈殿によって酵素を除去する。
<注意>
KlenowやT4 DNAポリメラーゼは5’オーバーハングを埋め3’オーバーハングを除去する作用があります。T4 DNAポリメラーゼの方が強力な3’→5’エキソヌクレアーゼがあるため、3’オーバーハングを埋める必要があるときにはT4 DNAポリメラーゼが推奨されます。Mung beanヌクレアーゼは5’と3’オーバーハングの両方を除去します。 以上、クローニングを行うための最初のステップとなるDNAフラグメントとプラスミドベクターの末端処理について、基本的なフローを紹介しました。クローニングを成功させるためには知識と経験が必要ですが、まずは大まかな流れをつかむことから始めてみてはいかがでしょうか。
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