細胞継代の手順。細胞のタイプにあった方法を選択しよう
なぜ継代が必要なのか
細胞を同じ容器の中で培養し続けると、次第に培養密度が高くなり細胞の老化や細胞死を引き起こします。これを防ぐため、少量の細胞を別の容器に移植する作業を「継代」といいます。
継代の手順は細胞の性質によって少しずつ異なるので、取り扱う細胞に適した方法を確認しましょう。この記事では接着性細胞、反接着性細胞、浮遊性細胞の3パターンについて、継代の手順を解説します。
接着性細胞の継代
まずは接着性細胞の継代方法についてです。接着性の細胞はin vitroで培養容器の表面が細胞で覆われるまで、もしくは培地の栄養分が足りなくなるまで成長します。ここまで増殖する前に細胞を継代したほうが良いでしょう。
細胞を継代するためにはまず懸濁液の形に戻します。細胞の接着度はそれぞれの細胞株によって異なりますが、多くの場合、培養容器から細胞を剥がす際にはトリプシンなどのプロテアーゼが使用されます。ただし、細胞株によってはプロテアーゼが影響を及ぼしたり、酵素が興味のある膜マーカーやレセプタータンパク質などを消化してしまったりする場合があるので、全ての細胞株に適切な方法というわけではありません。このような場合はセルスクレイパーなどで物理的に細胞を剥がして少量の培地に加え、懸濁液を作製するという方法もあります。
おおまかな手順は下記の通りです。
- 細胞の状態を確認する
- 容器中の培地を取り出す
- PBS(-)で洗う(必要に応じて繰り返す)
- トリプシン/EDTAを添加する
- 2~10分ほどインキュベートする
- 細胞の状態を確認する
- 新しい培地を加えて懸濁する
- 温めた培地が入った培養容器にまく
- インキュベーターに入れる
必要な機器、試薬は下記の通りです。
- 37℃に温めた培地(または細胞に添付されたECACC Cell Line Data Sheetに推奨された温度)
- 70%エタノール
- PBS(-)(Ca2+/Mg2+不含PBS)
- 0.25% trypsin/EDTA溶液
- トリプシンインヒビター
- トリパンブルー
- インキュベーター
- 培養容器とラベル
- 倒立顕微鏡、位相差顕微鏡
- 遠心分離機
- 血球計算盤(ヘモサイトメーター)
- マーカーペン
- 駒込ピペット
- バイアルを立てるラック
接着性細胞の継代方法
では、以下で具体的な手順を見ていきましょう。
- 細胞の状態を確認する
顕微鏡で細胞の状態(バクテリアやカビなどのコンタミがないか)とコンフルエントの状態(およそ何%コンフルエントの状態になっているか)を観察します。
- 容器中の培地を取り出す
アスピレータのスイッチを入れ、駒込ピペットで培養容器内の培地を吸い取って捨てます。培地を吸い取る際は容器を少し傾け、液の一番深いところから吸い取りましょう。なるべくディッシュやフラスコの側面近くから吸い取るようにするとよいでしょう。
- PBSで細胞を洗う
培養に使用する量の約半量のPBS(-)(Ca2+/Mg2+不含PBS)で細胞表面を洗います。細胞が強固に接着している場合は何回か繰り返します。
- トリプシン/EDTAを添加する
25 cm2の細胞表面に対し1 mLのトリプシン/EDTAを加えて洗います。細胞表面に満遍なくトリプシンがいきわたるように培養容器をゆっくり回転したら、余分なトリプシンを捨てます。
- インキュベートする
培養容器をインキュベーターに戻し、2~10分ほどおきます。
- 細胞の状態を確認する
顕微鏡で細胞を観察し、細胞が浮き上がってきているのを確認します。必要があれば、培養容器の側面をそっと指でたたき、貼り付いている細胞を浮き上がらせます。
- 新しい培地を加えて懸濁する
少量の血清が入った培地で細胞を再懸濁させ、トリプシンを不活性化します。ただし、無血清培地を使用している場合は、トリプシンインヒビターを使用してトリプシンを不活性化する必要があるので注意しましょう。懸濁液から100-200 µLほど取り出してトリパンブルーなどで染色し、血球計算盤を使って細胞をカウントします。
- 温めた培地が入った培養容器に播く
新しくラベルした培養容器に温めた培地を入れ、必要量の細胞を移します。(ECACC細胞株データシートに書かれた適切な量を基準としてください。)
- インキュベーターに入れる
データシートに記載された適切な条件で細胞をインキュベートしてください。
細胞の成長状況に応じて上記の手順を繰り返し継代します。
接着性細胞を継代する際のコツ
操作を行うにあたって、いくつかのポイントがあるので押さえておきましょう。まず、一部の細胞株では成長度合いよって、表面にうっすらと接着して剥離しやすい状態になっている場合があります。培養容器内の状態を常に確認し、細胞が未成熟の状態で剥離してしまわないように注意しましょう。
手順3では、細胞表面をPBS(-)で洗い流すことによって培地に含まれている血清を除去します。トリプシンは血清の存在下では活性を示さないため、この操作は非常に重要です。
細胞にトリプシン/EDTAを使用する際は、細胞を剥離させるのに必要な最小限の処理時間にとどめましょう。長時間の暴露は細胞表面レセプターを傷つける恐れがあります。細胞の剥離には、トリプシンなどの酵素を使わない、非酵素性の細胞剥離剤を使うこともできます。温和な条件で剥離したい場合など、必要に応じて使用するとよいでしょう。
細胞を新しく培養容器に播く際には、血清でトリプシンを中和させないと細胞が接着しません。トリプシンの中和には、血清を使用する以外に(大豆由来などの)トリプシンインヒビターを使う方法もあります。その場合はまず、中和させる懸濁液と等量のトリプシンインヒビター(濃度1 mg/mL)を加えます。それから、加えた液を遠心させて上清を捨て、新しい培地で再懸濁します。この手順は無血清培地で培養する場合に特に効果的です。
CO2インキュベーターが使用できない場合は、5% CO2含有のエアを0.2 µmフィルターでろ過滅菌したもので、1~2分間ガス交換してください。
採れた細胞の細胞密度が不十分な場合は、150 × gで5分間ほど遠心し、少量の培地で再懸濁させるとよいでしょう。
半接着性細胞の継代
細胞株の種類によっては全ての細胞が培養容器に接着せず、部分的に懸濁液として培養されるものがあります。これらはその細胞の状態を維持出来るよう継代しなければいけません。
おおまかな流れや必要な機器、試薬は接着性細胞と同様ですが、細かい手順に違いがあります。
- 細胞の状態を確認する
顕微鏡で細胞の状態(バクテリアやカビなどのコンタミがないか)とコンフルエントの状態(およそ何%コンフルエントの状態になっているか)を観察します。このとき、培養容器の側面を軽くたたく、もしくは振ることで培養容器から細胞を浮き上がらせると、トリプシン処理の必要がなくなります。
- 容器中の培地を取り出す
非接着細胞を含む培地を駒込ピペットで取り出します。この培地は捨てずに、滅菌した遠心チューブに入れて保持しておきます。
- PBSで細胞を洗う
培養容器表面に残っている細胞25 cm2に対し、1〜2mLのPBS(-)で細胞表面を洗います。洗った PBS(-)は別のチューブに保存しておきます。
- トリプシン/EDTAを添加する
25 cm2の細胞単層表面に対し1 mLのトリプシン-EDTAで洗います。細胞表面にトリプシンがいきわたるように培養容器をゆっくり回転したら、余分なトリプシンを捨てます。
- インキュベートする
培養容器をインキュベーターに戻し、2〜10分ほどおきます。
- 細胞の状態を確認する
顕微鏡で細胞を観察し、細胞が浮き上がってきているのを確認します。必要があれば、培養容器の側面をそっと指でたたき貼り付いている細胞を浮き上がらせます。
- 新しい培地を加えて懸濁する
浮き上がった細胞を遠心チューブに移し、保持しておいた培地も一緒に入れ、 全ての懸濁液を150 × gで5分間遠心します。上清を捨てて、少量の新しい培地(10〜20 mL)で細胞ペレットを再懸濁し、細胞をカウントします。
- 新しい容器に細胞を播く
必要量の細胞を新しい培養容器に入れ、購入した細胞のデータシートに推奨されている細胞密度になるように新しい培地で希釈します。
上記の手順を2~3日おきに行います。
基本的な注意点は接着性細胞の場合とあまり変わりません。
大体の細胞はトリプシンによって剥離しますが、EDTAを加えることによってさらに効果が高まります。
トリプシンは血清の存在下では活性を示しません。したがって手順3では、接着性細胞の場合と同様に、細胞表面をPBS(-)で洗い流すことによって培地に含まれている血清を除去します。繰り返し37度に加温することもトリプシン活性低下の原因となる場合があります。
また、細胞にトリプシン-EDTAを使用する際、最小限の処理時間にとどめるのも接着性細胞の場合と同様です。半接着細胞の場合、トリプシンへの暴露は通常の接着細胞よりもかなり短い時間で済みます。
細胞を新しく培養容器にまく際には、トリプシンを血清で中和させないと細胞が接着しません。トリプシンの中和には、血清を使用する以外に(大豆由来などの)トリプシンインヒビターを使う方法もあります。
CO2インキュベーターが使用できない場合は、5% CO2含有のエアを0.2 µmフィルターでろ過滅菌したもので、1~2分間ガス交換してください。
浮遊性細胞の継代
浮遊性細胞の多くは血球由来の細胞(リンパ球など)で、浮遊液の状態で培養します。これらの細胞は単一細胞、もしくは細胞塊(例:EBV形質転換Bリンパ芽球細胞など)の状態で増殖します。このタイプは希釈培養によって比較的簡単に継代することができます。しかし細胞塊となった細胞系などの場合、細胞をカウントする前に遠心によって単一細胞にしてから再懸濁する必要があります。
まずはおおまかな流れを確認しましょう。なお、「※」のついた工程は手順3に該当した場合のみ行います。
- 細胞の状態を確認する
- (150 × gで5分間遠心)※
- (10〜20% 程度の馴化培地を新鮮な培地に添加)※
- 細胞のサンプルを取る
- 細胞密度を測り、適切な密度になるように希釈して新しい培地に懸濁
- 2~3日おきに上記を繰り返す
必要な機器、試薬は下記の通りです。
- 37℃に温めた培地(または細胞に添付されたECACC Cell Line Data Sheetに推奨された温度)
- 70%エタノール
- トリパンブルー
- インキュベーター
- 培養容器とラベル
- 倒立顕微鏡、位相差顕微鏡
- 遠心分離機
- 血球計算盤(ヘモサイトメーター)
- マーカーペン
- 駒込ピペット
- バイアルを立てるラック
浮遊性細胞の継代方法
では、具体的な手順を見ていきましょう。このプロトコールでは細胞のストレスを避けるため、新しい培地に培養液ごと細胞を加えて希釈して、継代を行うことを推奨しています。このほかに遠心し上清を除去してから、細胞を新しい培地で再浮遊させる方法もあります。
- 細胞の状態を確認する
顕微鏡で細胞の状態を確認します。細胞が丸く明るく反射するような状態になっていれば、細胞の対数増殖期です。このとき、バクテリアやカビなどのコンタミがないかどうかもあわせて確認します。
- 細胞を分散させる
ハイブリドーマなど培養容器にくっつきやすい細胞は、容器をそっとたたいて剥がすか、ラバーポリスマンなどで容器から剥がします。また、ピペッティングによって細胞を分散させます。EBV形質転換細胞などでは大きな一つの塊になってしまうことがあり、中心の細胞まで見えずカウントしづらいためです。
- オーバーグロースからの回復方法
もし交換する前の培地の色が酸性(フェノールレッドを含有した培地が黄色になる)になっている場合には、細胞が既にオーバーグロースしている可能性があり、回復が難しいこともあります。そのようなときには、150 × gで5分間ほど遠心して、添付のデータシート推奨濃度よりも少し高めの細胞密度で新しい培地にまき、10〜20%程度の馴化培地を加えると回復する場合もあります。
- 細胞のサンプルをとってカウントする
細胞懸濁液から少量(100〜200 µL)を取り出してトリパンブルーなどで染色し、細胞をカウントします。1mLあたりの細胞数を計算し、必要量を新しい培養容器に入れ、細胞に添付されていたデータシートの推奨細胞濃度になるように新しい培地で希釈します。
上記の手順を2~3日おきに繰り返しましょう。
培養している細胞系がハイブリドーマ、もしくは組換えタンパク質や成長因子等の産生細胞の場合、継代後の古い培地も後の解析のために保持しておきましょう。
手順3で使用する馴化培地は、コンディションドメディウムともいいます。これは細胞をあらかじめ一定の期間(数時間~数日)培養しておき回収した培養上清のことを指します。細胞成長因子、細胞接着因子、細胞毒性中和因子などが含まれることによって細胞増殖や機能発現に役立つ場合があります。
以上、細胞継代の手順について解説しました。細胞のタイプ以外にも、細胞株によって適した手順や条件が異なる場合があります。実際に細胞を使用した実験を行う際には、細胞に添付されたデータシートをよく読み、文献などを参考にしながら取り扱うようにしましょう。
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