<研究者インタビュー>武内寛明―工学から医学へ。気がつけばエイズ研究の最前線に

<研究者インタビュー>武内寛明―工学から医学へ。気がつけばエイズ研究の最前線に

エイズ治療への新たな希望

2014年、東京医科歯科大学の武内寛明先生は、コールド・スプリング・ハーバー研究所で、聴衆を興奮させる重大な発表を行いました。それは、エイズを引き起こすHIVが感染するために必要な宿主タンパク「MELK」を発見したというものです。HIV研究者たちが長い間追いかけていた謎の一つがついに解き明かされたのです。

アメリカのニューヨーク州ロングアイランドにあるコールド・スプリング・ハーバー研究所は、医学・生物学の最先端の研究で世界的に知られた研究所です。数々のノーベル賞受賞者を輩出し、DNAの二重らせんを発見したジェームズ・ワトソンが所長を務めていたことでも知られています。

その研究所で毎年行われるミーティングでは、最先端の成果が発表され、活発なディスカッションが行われます。重要な研究を最初に発表する場として選ばれることも多く、ここで発表された内容がノーベル賞につながったものも少なくありません。実際、利根川進先生のノーベル賞受賞内容である遺伝子再編成の仕事を初めて世の中に発表したのもここでのシンポジウムでした。

武内先生は、HIV感染制御宿主因子としてのMELKの役割を最初に発表するのはこの研究所のミーティングと決めていたそうです。従来のやり方を変え、エイズ治療への新たな希望を切り開いた武内先生に、研究者としての哲学をお聞きしました。

工学からの転身。ある出会いがエイズ医療の光を生む

―先生はなぜエイズを研究しようと思ったのでしょうか?

実は最初からエイズの研究を志していたわけではないのです。もともと学生の時は遺伝子合成に興味があって、工学部で核酸を繋いでいく有機合成を行っていました。どういう修飾をすれば壊れにくくなるかということや、細胞内でどのような挙動をするかということなどを日々考えて試行錯誤していたのです。そのときは、今から約20年前で合成遺伝子を利用する遺伝子治療にスポットが当たりはじめた時代でした。

遺伝子を弄る技術を使ってどの疾患を治療対象にしようかと考えていた時に、エイズ研究の第一人者である山本直樹先生(当時は東京医科歯科大学教授)と小柳義夫先生(当時は東京医科歯科大学助教授、現・京都大学ウイルス・再生医科学研究所長)と出会ったのです。お二人の先生方から、ウイルス感染症も遺伝子治療の対象になると言われて、じゃあウイルス退治をやってみようかなと思い、小柳先生の元で研究を始めました。

これまでは合成した核酸を使って遺伝子治療に使える武器を作っていた感じですが、今度はウイルスという「敵」が目の前にいる。何とかして正体を暴いてやろうと夢中になりました。どうやら私は敵の顔が見えると燃えるタイプだったようです(笑)

HIVを理解するためには、免疫システムのことも知らなければならない。それで今度は免疫システムとウイルスとの攻防を中心とした研究にのめりこんでいきました。HIVだけでなくウイルスの研究領域は感染システムと免疫防御システムの2つの融合領域なので、奥が深くて面白いのです。

研究者としての使命を果たすため

―先生が研究をする上で大事にしていることは何でしょうか?

すべての医学研究において、疾患治療をしっかりと見据えて進めていくということです。もちろん、臨床応用には程遠い基礎の研究もとても重要です。しかし、基礎研究を行うときも、単に謎を知りたいという知的欲求だけではなく、遠いかもしれないけれども、最終的に治療ということをしっかりと見据えておく必要があると考えています。

なぜなら、こうした研究は公的な援助が必要だからです。援助してくださるみなさんからこの研究に資金が投入されてよかったと思ってもらえるためのわかりやすいゴールの1つが、臨床応用です。さらに、その途中経過についても、自分たちだけがわかっていればいいわけではなく、社会全体にわかりやすく発信することも研究者の使命だと思います。

あとは共同研究を積極的に行っていくことも大切です。臨床応用というゴールは、1つの研究室だけでは到達できません。企業や国とも手を取り合って進めていく必要があるのです。共同研究を実りあるものにするためには、個々のニーズを的確に拾い出すことが大事だと思います。そのために、いかに早く信頼関係を作れるかどうか。だから、まずはお互いに腹を割って話すことが必要ですね。忌憚なく意見を言える雰囲気や環境を作ることがとても大事です。

私の場合、最初に自分をさらけ出すことを心がけています。そして、絶対に隠し事はしない。成果が相手に取られてしまうかもしれないけれど、それでも惜しげもなくテーブルの上に全部出す。それが信頼関係を作る上で絶対に大事なことだと思います。

肩書きではなく、何ができるかで勝負する

ConBio2017のパネルディスカッションの中で、先生は「自分の哲学をしっかり持つことが大切だ」とお話しされていました。先生の哲学を教えてください。

1つは、平安時代の教訓書『実語教』に「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。」という言葉です。山に価値があるのは高いからじゃない。木があるから山としての価値があるという意味で、私はこれを研究者にあてはめて、「どこを出たか」ではなくて、「何ができるのか」が大事だと考えています。

こんなふうに考えるようになったのは、アメリカに留学したときに、一度自分が丸裸にされた経験があるからです。英語でうまく自分の意志を伝えられない、日本のどこの大学を出たかなんて関係ない。そういう世界でやっていくためには、腕をみせるしかないのです。英語をしゃべれなくても筆談で伝えて、研究の結果を出して自分の力を見せていく。そうすることで「こいつはこんなことができるのか」と認めてもらえました。

私の哲学の2つ目は「自分を疑う」ということでしょうか。たとえば、実験をしていて仮説通りの結果が出ると、普通の人ならそこで喜ぶと思います。でも、私は、まず「これ絶対おかしいよね?」と思うんです。自分はどこかで無意識に予想した結果になるように手を加えたんじゃないか、と疑います。事前に予想していた通りになったのは、心のどこかでそうなってほしいと考えていたからという可能性があるからです。何度もしつこく実験をしても同じ結果が出る。そのとき初めて「予想が正しかったとしか考えられない」と結論づけます。世に科学の正しい成果を出していくためには、自分を疑い続けることが大事だと思っています。

学生さんにはここまでしつこく疑えとは指導しませんが、その代わり、自分が担当している学生さんが出した結果は、必ず同じ実験を行って確認します。研究の鍵となるポイントでは必ず歩調を合わせて一緒に確かめていきます。それが研究結果を世の中に出していく者の責任だと考えています。

―最後に、先生がいま注目している研究者を教えてください。

ウイルス研究の分野で、2人挙げさせてください。1人目は、東京大学医科研研究所・ウイルス病態制御学分野の有井潤先生。彼はもともとヘルペスウイルスの研究をしていたのですが、アメリカでHIVの研究領域で研鑽を積んで、日本に戻ってきました。ヘルペス研究に、HIV研究のフィールドで得たものをみごとに還元し、非常に良い仕事をしています。若き気鋭の研究者です。

もう1人は、京都大学ウイルス・再生医科学研究所の野田岳志先生。インフルエンザやエボラウイルスの第一人者である河岡義裕先生の次を継ぐ、次世代の第一人者だと思います。特に、電子顕微鏡などを駆使して『ウイルスを視る』ことに長けた先生です。このお2人はウイルス研究者の中でも今後キーパーソンになっていく先生だと思っています。

<研究者のおすすめの本コーナー> 武内寛明 編

みなさんによく紹介しているのが哲学者の小川仁志さんが書かれた、『一瞬で100のアイデアがわき、一瞬で1000人の心がつかめる本』(幻冬舎)です。1ページ目に、「我思う、故に我疑う」と書いてありますが、手にした時、「これは自分が考えていることそのままだ!」と思いました。日頃考えていることを言葉にしてもらえている本です。

プロフィール

武内 寛明(たけうち ひろあき)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科ウイルス制御学分野 講師
1973年生まれ。2003年東北大学大学院医学系研究科感染防御学講座微生物学分野博士課程修了。アメリカ国立衛生研究所・アレルギー/感染症部門(NIH/NIAID)visiting fellow、東京大学医科学研究所感染症国際研究センター特任助教を経て、2011年より東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科ウイルス制御学分野助教。2017年より現職。