<研究者インタビュー>渡辺亮 iPS細胞×シングルセル解析で見えたもの

<研究者インタビュー>渡辺亮 iPS細胞×シングルセル解析で見えたもの

iPS細胞は再生医療だけじゃない

研究者だけでなく一般の人々からも大きな期待が注がれている人工多能性幹細胞(iPS細胞)研究。その中核を担う「京都大学iPS細胞研究所(CiRA)」で、シングルセル解析を武器に果敢に新たな道を切り開く渡辺亮先生の人物像に迫ってみました。

―先生はもともと再生医療に興味があったのでしょうか?

実は違うんです(笑)「iPSの研究者です」と自己紹介すると、今のご質問のように再生医療に興味があるんですねと言われます。もちろん再生医療にも興味はありますし、関連の研究も行っていますが、僕はもともとがん研究からこの世界に入ったのです。

がん研究のオーソドックスなアプローチというと、がん細胞でどのようなことが起きているかを観察して……というようなことが真っ先に思い浮かびます。しかし、その培養細胞は、もともとがん組織から単離された細胞で、すでにがん化しています。なぜ、がんになるか知りたかったら、すでにがん細胞になっているものを調べるのではなく、正常な細胞ががんになる瞬間を見つけないといけないのではないか、と考えるようになりました。

とはいえ、正常細胞を使った研究は難しい。肝臓がんの研究をするためには、正常な肝細胞が必要になります。ちょうどその頃、iPS細胞の研究が盛り上がってきました。iPS細胞ならいろいろな正常細胞を作りだせます。がん細胞を使ってがんを研究していても限界がある、正常細胞でやりたいなと思っていた時に、CiRAが再生医療とは少し違う角度でiPS細胞を研究する人を募集していたんですね。それで、ここへやって来た。がんを研究するために、正常細胞を理解する必要があったんです。

―先生が細胞の分化過程を研究されているのもがん研究と関係があるのでしょうか?

はい、関係があります。がん細胞が異常に増殖することはよく知られていますが、それはがん細胞の持つ顔の半分にすぎません。がん細胞の持つ、もう半分の顔は「分化」の異常なんです。

たとえば大腸の細胞ががん化しても、その細胞が大腸にある間はそれほど大きな問題にはなりません。でも、そこから飛び出して、血液やリンパ液に乗ってぐるぐる回り、たとえば肝臓にたどりついたとします。そうすると、もともと大腸の細胞なのに肝臓の性質も持つような妙な細胞ができるんです。それはいったい何なのか。いつ、そのようになるのか。そこを解明したいと思っています。

―iPS細胞という注目の研究分野の最先端を走り続けることにプレッシャーはありますか?

プレッシャーはあまり感じていませんが、自分のやっていることの方向性が世の中の役に立っているか立っていないかということは、いつも気にしながらやっています。世間のみなさまにiPS細胞研究を応援していただいて、非常にうれしい一方で、地道な研究の実態と意識のずれのようなものも感じています。すぐに治療に役立つわけではなくても確実に前進している、そんな現状を正しく伝えていくことも、われわれの使命ですね。

科学コミュニケーションスキルの重要さ

僕の研究に限っていえば、「iPS細胞は再生医療だけじゃない」ということも、世間に伝えていく義務があると思っています。同様に、僕たちがメインで使っている手法、「シングルセル解析技術」について もそうです。シングルセル解析がどういうものか、他の研究者たちとともに伝えていかなくてはいけません。

もちろん、研究者は、それぞれ自分が重要だと思っていることに取り組んでいるわけで、それをいかに伝えていくかということはすべての研究者に共通する課題だと思います。科学を通じたコミュニケーションのスキルは、今の研究者にとって重要です。これからの研究者は、研究に没頭するだけでなく、それをいかに伝えていくかについても意識的であるべきだと思っています。

他の分野の研究者と交わる面白さ

―先生は大学院生時代、東京大学先端科学技術研究センター(東大先端研)に所属されていましたが、そこではどのような研究生活を送っていましたか?

東大先端研は文系と理系の垣根を越えた領域横断の研究活動という理念を掲げていて、理工系の研究室も社会科学の研究室もある研究所です。同じ建物の中に知的財産や建築、都市工学、コンピューターなど、本当にいろんな分野の専門家がいました。

僕がいたのはがんの遺伝子を解析する研究室だったのですが、もともとバーチャルリアリティの研究室にいた学生がDNAに興味を持って我々の研究室に入りコンピューター解析を担当したことで、一気に研究が加速したのを横目で見てきました。そういうことを間近で体験し、いろんな分野の人たちが助け合うことは、本当に大事だと痛感しました。

CiRAに来てからも他の研究室の人と話さない日はないくらいです。歩いていると誰かと会いますし、オープンラボやリフレッシュスペースなどで話すことも多いです。誰かがつらい思いをしていたら、一緒に飲みに行って慰めあいます。

―先生がアカデミックの道へ進むことを決意したのはいつでしょうか?

実は修士のときに、就活をしたんです。先輩に経営コンサルも面白いよと言われて、興味があって受けたら内定が決まりました。そのコンサルの会社は面白くて、ほとんどの人が博士号を持っていたんです。理系の人も多かった。それで、あと3年がんばれば博士号も取れるだろうし、社会人になってから博士号を取るのは大変だから、もう少しがんばろうかなと研究の世界に戻ってきてしまい、そのまま博士課程に進みました。

……で、3年経ってみたらすっかり頭が固くなって、もう経営コンサルなんてできなくなってしまい、今に至ります(笑)

でもそのときの経験が、今も生きていると思っています。研究者は、自分の研究を成功させることだけを考えていればいいわけではなくて、マネジメントも考えていかなくてはいけません。お店の経営者みたいに、自分の研究を運営していく必要があるんです。目先のことも大事ですが、遠い先の将来のことも考えておかなくてはいけない。その意味では、経営コンサルの人たちと話をし、刺激を受けられてよかったと思っています。

―不安なときはどうやってブレイクスルーをしていますか?

優秀な友人が多いので、情報交換をよくします。一方で、インターネットに転がっている情報は玉石混交なので、本当に信用できるものか気をつけるようにしています。論文もさっと目を通すけれども、そこにすべてが書かれているわけではありません。「他の情報に惑わされないように、自分を信じて」というほどかっこいい話ではありませんが、自分で考えて失敗したのなら、「しょうがないな」と受け入れられますからね。

ちなみに、友人らと情報交換した後は、傷をなめあうことも大切です(笑)

―先生のポジティブ思考はどこから来るんでしょうか。

つらいこともいろいろと経験してきたから、鍛えられたのかもしれません(笑)友人に言わせると、僕は、「とりあえずやってみよう」と突き進むタイプなのだそうです。でも、自分の研究室のメンバーからは、慎重すぎると言われることもあります。あるときは楽観的に、あるときは慎重に。研究にはコストがかかって、いつも楽観的だと破産しますので、そういう意味ではバランスが大事なのかもしれません。

研究をしていると時に社会とのつながりを忘れることもあるのですが、自分の研究の意義や成果を発信していくことも重要ですし、研究者以外の人たちと交わって人間的な感性を忘れないようにすることも心がけています。

―先生が注目している研究者を教えてください。

若い人たちに向けてということであれば、横浜市立大の武部貴則先生です。31歳という若さで教授になるなど、実績をあげていらっしゃいます。それだけでなく、研究のスタイルも興味深い。細胞を使ったライフサイエンスの研究だけでなく、例えば、階段を縞模様にエスカレーターと錯覚させることで、階段の利用者を増やしてメタボ予防につなげようとするなど、デザインと予防医学を組み合わせた研究も行っています。お仕事を一緒にさせてもらうことも多いのですが、柔軟で自由な発想に学ぶことは多いです。次世代の研究者の在り方なのかなと思っています。

―最後に、研究の世界でどうやったら生き残れるか、迷える大学院生たちにアドバイスをお願いします!

正解はないと思いますが、ひとつ言えることは、自分が置かれた環境を最大限に生かすことです。どんなにいい環境にいても暗い気持ちでやっていたらモチベーションが続かないし、どんなに大変な環境でも自分はいつかハッピーになるんだと思いながらやらないと次がない。いい結果が出なかった時にも、その状態を自分の中でどう解釈するかが大切だと思います。「いまはゆっくり進むときなんだ」とか、「もっと何度も試してみよう」とか。見極めはなかなか難しいですけれども、そういう意識があるだけでもずいぶん違うと思います。

プロフィール

渡辺 亮(わたなべ あきら)

京都大学iPS細胞研究所未来生命科学開拓部門特定拠点助教。1975年新潟県生まれ。東京理科大学工学部第一部工業化学科卒業。東京大学大学院工学系研究科修士課程および博士課程修了。2003年博士号取得(工学)。東京大学先端科学技術研究センター博士研究員を経て、2009年より現職。

<研究者のおすすめの本コーナー> 渡辺亮 編

渡辺先生
「僕が大学院生のときに読んだ、『がん遺伝子に挑む』〈〉(化学同人)は面白いのでおすすめです。周りの研究者もよく読んでいました。がん遺伝子を探求するワインバーグの研究室にジャーナリストが取材に入り込んで書かれた本。そこでの人間模様も克明に描かれていて飽きさせません。

あとは、『二重らせん』(講談社ブルーバックス)。これはDNAの二重らせんを発見したワトソン&クリックの、ワトソンが書いた本。クリックを揶揄するような内容なんかが書いてあって面白いですよ(笑)」