pETシステムにおける発現タンパク質の抽出・精製のポイント
発現したタンパク質を回収する際に確認すべきこと
pETシステムは、大腸菌を用いた組換えタンパク質のクローニング・発現システムのひとつです。この記事では、pETシステムを用いて発現させたタンパク質の回収効率を向上するために確認しておきたい項目を紹介します。タンパク質の局在、フォールディングと可溶化、精製条件の最適化、これら3つがポイントです。それでは、それぞれについてみていきましょう。
タンパク質の局在
発現タンパク質は大腸菌細胞中に一様に分布するわけではなく、細胞質、ペリプラズムなど特定のコンパートメントに局在します。標的タンパク質の発現そのものは、全細胞タンパク質画分(菌体をSDS サンプルバッファー等で処理した試料)で確認可能ですが、発現した標的タンパク質を効率よく回収(抽出)する場合は、標的タンパク質が存在するおもな画分をあらかじめ把握する必要があります。 発現タンパク質は、通常次の4画分のいずれかに存在します。各画分の分離法は pET System Manual(日本語版)などの実験プロトコルを参照しましょう。
<培地(細胞外)画分>
誘導時間を延長した場合や、標的タンパク質の細胞外への分泌・漏出が予想される場合は、培地画分における標的タンパク質の存在量の確認が必要です。
<ペリプラズム画分>
標的タンパク質がペリプラズム分泌シグナル(Signal Sequence、DsbA•Tag、DsbC•Tag など)を持つ場合、ペリプラズム画分から標的タンパク質を調製する必要があります。 なお、ペリプラズム画分の調製は、浸透圧ショックプロトコール(Ausubel et al., 1989)が簡単です。しかし、pLysS(または pLysE)を保有するホストではT7リゾチームが細胞壁の崩壊を引き起こすため、浸透圧ショックによるペリプラズム画分の調製は推奨されません。
<可溶性画分>
可溶性画分からの標的タンパク質の抽出には、細胞壁の破砕あるいは分解が必要です。よく用いられるフレンチプレスや超音波による物理的破砕は熱や酸化によるタンパク質変性を引き起こす可能性があるので注意しましょう。一方、リゾチーム処理と凍結融解を組み合わせた破砕や界面活性剤処理による破砕は、標的タンパク質の活性を損ないにくく、収率を高く保つ方法のひとつです。 また、界面活性剤による細胞壁の破砕にはBugBuster Protein Extraction Reagentなどの利用が便利です。
<不溶性画分(封入体)>
細胞質由来の不溶性画分は、細胞残渣と封入体(inclusion body:正しくフォールディングされていない標的タンパク質の不溶性凝集体)から構成されます。変性バッファーを用いれば、精製された封入体から標的タンパク質を可溶化できます。封入体には非標的タンパク質や核酸が混入するため、通常は精製封入体から標的タンパク質を可溶化し、再精製する必要があります。 なお、精製封入体は多くの場合、標的タンパク質に対する抗体作製時の抗原として使用可能です(Harlow & Lane, 1988)。 また、標的タンパク質が封入体に取り込まれずに不溶性画分に分配される場合もあります。 加えて、不溶性画分中の核酸の分解には、プロテアーゼフリーの核酸分解酵素Benzonase Nucleaseがおすすめです。
フォールディングと可溶化
IPTG の添加による発現誘導は、IPTGがlacUV5プロモーターを直接活性化するため誘導の立ち上がりが早い半面、タンパク質産生の偏りから菌体にストレスがかかり、フォールディング異常が起こりやすいという短所があります。また、ジスルフィド結合は通常ペリプラズム内で形成され、還元的な大腸菌の細胞質内では正しいフォールディングが起こりにくいことが知られています。 これらに起因するフォールディング異常は、標的タンパク質の可溶化度を低下させ、収率を下げる場合があります。標的タンパク質のフォールディング異常は、下記の方法により改善が期待されます。
<大腸菌の増殖に伴う緩やかな発現誘導系の採用>
Overnight Express Autoinduction Systemという、複数の糖が最適な比率で混合された発現誘導用培地があります。この培地を使用した場合、培養開始時はグルコースが選択的に消費され、基底発現を抑制しながら菌体が増殖します。菌体密度が一定以上になると、ラクトースがアロラクトースに代謝され、lacプロモーターからの遺伝子発現が誘導されます。増殖に伴って緩やかに発現誘導が起こるため、菌体に対するストレスが低く、IPTGによる発現誘導と比較して、高細胞密度下における高収量の発現が可能なタンパク質発現誘導方法です。 なお、Overnight Express Autoinduction Systemは細胞がアロラクトースを取りこむ能力を持っている場合のみ使用可能です。ラクトース透過酵素をコードするlacY1の変異株では使用できません。
<標的タンパク質のペリプラズム局在化>
ペリプラズム酵素やペリプラズム輸送シグナルを持つpETベクターに標的タンパク質をクローニングすると、発現誘導されたタンパク質のペリプラズムへの局在化が実現し、ジスルフィド結合形成と共に正しいフォールディングが促進されます。ただし、ペリプラズムに局在すると毒性が発揮されるLacZなどのタンパク質も知られており、ペリプラズム局在化はフォールディング改善の万能策ではないことにも注意が必要です。
標的タンパク質のペリプラズム内での可溶化を促進するタグ
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Signal Sequence:ペリプラズム輸送シグナルを融合 (pET-20b(+)、pET-22b(+)、pET-25b(+)、pET-26b(+)、pET-27b(+)で使用可能)
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DsbA•TagTM:ジスルフィド結合形成を触媒するペリプラズム酵素を融合 (pET-39b(+)で使用可能)
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DsbC•TagTM:ジスルフィド結合の異性化を触媒するペリプラズム酵素を融合 (pET-40b(+)で使用可能)
<trxBおよびgor522変異株と標的タンパク質の細胞質局在化の組み合わせ>
細胞質に分布する還元酵素に変異が起こると、細胞質内でのジスルフィド結合形成能力が高くなります。標的タンパク質の細胞質内での可溶化度を高めるタグと、trxBおよびgor522変異株(Origami 2、Rosetta-gami 2、Rosetta-gami B)を組み合わせることで、細胞質内において正しくフォールディングされたタンパク質の割合を高めることが可能です。
標的タンパク質の細胞質内での可溶化を促進するタグ
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GST•TagTM:標的タンパク質のアフィニティ生成や定量が容易 (pET-41a-b(+)、pET-41 Ek/LIC、pET-42a-b(+)、pET-49b(+)で使用可能)
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Nus•TagTM:可溶化度が低いタンパク質の可溶化度を上げやすい (pET-43.1a-b(+)、pET-43.1 Ek/LIC、pET-44a-c(+)、pET-44 Ek/LIC、pET-50b(+)で使用可能)
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Trx•TagTM:LaValieの変法(LaVallie et al., 1993)によるタ ンパク質抽出も可能 (pET-32a-c(+)、pET-32 Ek/LIC、pET-32 Xa/LIC、pET-48b(+)で使用可能)
<lacY変異株の利用>
ラクトース透過酵素lacY1に変異を持つTuner(DE3)およびTuner(DE3)由来株は、IPTG濃度に高く依存したタンパク質発現誘導応答を示します。そのため、毒性の強いタンパク質の発現誘導系において、低濃度のIPTG条件で緩やかにタンパク質を発現させ、可溶化度の向上やフォールディング異常の改善につなげることが可能です。
精製条件の最適化
pET システムでは標的タンパク質が大腸菌内に大量に産生されるため、通常はイオン交換クロマトグラフィーやゲルろ過によって十分な精製度の標的タンパク質を調製可能です。また標的タンパク質がタグ配列を持つ場合は、タグに対応するアフィニティ精製の実施により、ワンステップで単一のタンパク質精製物を得ることが可能です。 これらの方法では精製度が十分ではない場合でも、下記のいずれか、またはそれらを組み合わせた手法により、標的タンパク質の精製度をさらに向上させることが可能です。
<His•Tag 融合タンパク質のNi-NTA レジンによる精製>
Ni-NTA レジンにトラップされたタンパク質は、溶出バッファー中のイミダゾール濃度に依存して溶出されるため、最適溶出濃度の検討によって標的タンパク質の精製度が向上する。
<タグ切断プロテアーゼによる溶出>
標的タンパク質がタグとの間にプロテアーゼ(エンテロキナーゼ、トロンビンなど)の標的配列をもつ場合、プロテアーゼ処理によってバックグラウンドとしてトラップされる非標的タンパク質の溶出を低減させ、標的タンパク質の精製度を向上させることが可能。
<N 末端タグと C 末端タグの併用>
タンパク質の両末端にタグが融合するデザインの発現ベクターを用いた場合、不完全長タンパク質は両端にタグを持たない。そのため、タンパク質の両端にあるタグを利用して精製することで、完全長タンパク質のみを精製可能。
<多段階精製>
複数のタグを利用した精製およびタグ切断プロテアーゼ等による溶出を繰り返すことで、バックグラウンドとしてトラップされる非標的タンパク質の溶出を可能な限り低減させ、標的タンパク質の精製度を大幅に向上させることが可能。 以上、pETシステムを使って発現させたタンパク質の抽出・生成のポイントについて詳しく見てきました。発現条件や精製条件を最適化することで、より効率的にタンパク質を回収できるようになるかもしれません。一度実験系を見直してみてはいかがでしょうか。
参考文献
Ausubel F. M. et al., "Current Protocols in Molecular Biology", John Wiley & Sons, Inc. Harlow E. & Lane D., "Antibodies: A Laboratory Manual", Cold Spring Harbor Press.
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