pETシステムにおけるタンパク質発現誘導のポイント

pETシステムにおけるタンパク質発現誘導のポイント

発現誘導における3つのチェックポイント

pETシステムは、大腸菌を用いた組換えタンパク質のクローニング・発現システムのひとつです。この記事では、pETシステムにおけるタンパク質発現誘導を成功させ、収率を向上させるためのポイントを次の3つに分けて紹介します。

  • 発現実験前に確認しておくこと

  • 培養条件の見直し

  • 基底発現の抑制

発現実験前に確認しておくこと

pETシステムは多くの条件最適化手段があるタンパク質発現系です。しかし、実際にクローニングや発現実験を行う前に、あらかじめ考慮しておくとよい点もあります。「N-end Ruleとメチオニンアミノペプチダーゼの影響」と「最適IPTG濃度の調節」についてです。それぞれ順番に確認していきましょう。

N-end Ruleとメチオニンアミノペプチダーゼの影響

大腸菌内では、フォルミルメチオニン(fMet)以外のN末端を持つタンパク質は、不安定なグループ(半減期約2分)と比較的安定なグループ(半減期10時間以上)に大別されます(Tobias et al., 1991)。また、2番目のアミノ酸X2が大きな側鎖を持つ場合は、側鎖の立体障害がメチオニンアミノペプチダーゼによるfMet-X2間の分解を阻害しますが、それ以外では16〜97%が分解されます(Hirel et al.,1989; Lathop et al., 1992)。

上記2つの知見から、大腸菌内ではX2がLeuの場合、タンパク質が分解を受けやすいと推定されます。したがって、NdeIサイトを用いて pET ベクターに遺伝子をクローニングをする場合、X2がLeuにならないよう配慮する必要があります(NcoI を使用する場合は第2コドンの開始がGになるためX2が Leu になることはありません)。

しかし、そうはいっても、X2がLeuのタンパク質をクローニングする際にアミノ酸置換を行うことは、費用対効果を考えるとあまり推奨できません。そのような場合は、N末端にタグ配列を付加可能なベクターへのクローニングをお勧めします。

  • タンパク質を不安定化するN末端(半減期約2分):Arg、Leu、Lys、Phe、Trp、Tyr

  • メチオニンアミノペプチダーゼ抵抗性のX2:Arg、Gln、Glu、His、Lys、Met、Phe、Trp、Tyr

最適IPTG濃度は1mMとは限らない

pETベクターからのタンパク質発現誘導における推奨最終IPTG濃度は、ホスト株の遺伝子型とプロモーターの種類に依存します。実験開始前に推奨濃度を確認し、必要に応じて最適濃度を検討しましょう。とくにlacY1変異株では、事前にIPTGの最適濃度を確認する必要があります。

 

簡単なIPTG濃度最適化法には、次のような方法が挙げられます。

(1)推奨濃度を目安に調製した抗生物質不含IPTGプレートに菌体を塗布し、プラスミドの欠落が起こりにくいIPTG濃度を検索する方法(Kagawa N., 2013)
(2)IPTG希釈系列中で誘導されるLacZ濃度の定量から最適濃度を決定する方法

<発現用ホスト遺伝子型とプロモーターの組み合わせと推奨IPTG濃度>

  • lacY1+[ラクトース透過酵素を持つ株]とT7:0.4 mM

  • lacY1+[ラクトース透過酵素を持つ株]とT7lacY1:1.0 mM

  • lacY1 [ラクトース透過酵素変異株]とT7 / T7lac:25 μM〜1.0 mM

<代表的なlacY1変異株>

いずれもIPTG存在下でT7 RNAポリメラーゼを発現可能な発現用ホストです。ラクトース透過酵素lacYに変異を持つため、IPTG濃度依存性の発現量変化を示します。

  • Tuner(DE3) Competent Cells

  • Origami B(DE3) Competent CellstrxBおよびgor522変異によりジスルフィド結合生成能が高く、ジスルフィド結合形成率が低いタンパク質のフォールディング効率の改善が期待できます。

  • Rosetta-gami B(DE3) Competent CellstrxBおよびgor522変異によりジスルフィド結合生成能が高く、ジスルフィド結合形成率が低いタンパク質のフォールディング効率の改善が期待できます。大腸菌でほとんど使用されないレアコドンに対する6種類のtRNAの発現量が高いため、完全長のタンパク質を得やすいという特性もあります。

培養条件の見直し

発現誘導したタンパク質の収率が上がらないという場合には、培養条件の一部を見直す必要があるかもしれません。以下にアンピシリンの使用において見落としがちなこと、それからレアコドン補充の重要性について詳しく見ていきたいと思います。

アンピシリンの意外な落とし穴

選択用抗生物質として一般的なアンピシリンには、酸性条件下で加水分解を受けやすいという弱点があるので注意が必要です。大腸菌の代謝は、培地を酸性に傾かせるとともに、培養液中のβ-ラクタマーゼ(アンピシリン耐性遺伝子の産物)濃度を上昇させます。培地のpH 低下とβ-ラクタマーゼ蓄積はアンピシリンの分解を加速し、培養後期のある時点から、プラスミドを持たない細胞が増殖できる環境を作り出します。

たとえば pBR322系プラスミドでは、菌体がおおよそ107細胞/mLを超えた時点でアンピシリンが効果を示さなくなり、プラスミド保持が菌体の増殖を相対的に遅らせる場合は特に、菌体濃度の上昇がプラスミドを持たない菌の増殖を促進します。

選択マーカーとしてアンピシリン耐性遺伝子の使用が必須な場合は、より安定性の高いβ-ラクタム系抗生物質「カルベニシリン」を使うとよいでしょう。また、より安定な選択系やGMPグレードの実験環境ではカナマイシンの使用がおすすめです。

レアコドンの補充の重要性

あるアミノ酸を規定するコドンが2種類以上存在する状況は「縮重」と呼ばれます。たとえば MetはAUGの1種類で規定され縮重していませんが、Leuは 4種類のコドン(CUA、CUC、CUG、CUU)に規定され縮重しています。縮重している各コドンは生物種ごとに使用頻度が異なり、使用頻度とtRNA発現量には正の相関があると考えられています。コドン使用頻度データベースは、かずさDNA研究所のCodon Usage Database (http://www.kazusa.or.jp/codon/)が有名です。

タンパク質発現実験においては、コドン使用頻度が翻訳効率および収率のボトルネックになる場合があります。この問題を解決するには、次の二つの選択肢があります。

①発現宿主のコドン使用頻度に合わせて標的遺伝子配列を最適化する
②発現宿主内で発現量が少ないtRNAを補充する

このうち①は、かなりの労力を要しますが、②はそれほど難しい手段ではありません。もっとも簡単な解決策は、Rosetta 系ホスト(下表)の使用です。Rosetta系のホストが保有している pRARE系のプラスミド上にはtRNAをコードする領域があり、大腸菌でほとんど使用されないtRNAの発現量が高く保たれています。

Rosetta系補充コドンの表

<代表的な Rosetta 系タンパク質発現用ホスト>

いずれもIPTG 存在下で T7 RNA ポリメラーゼを発現可能な発現用ホストです。

  • Rosetta(DE3) Competent Cells:大腸菌でほとんど使用されない6種類のレアコドンに対するtRNAの発現量が高いため、完全長のタンパク質を得やすいという特性があります。

  • Rosetta 2(DE3) Competent Cells:大腸菌でほとんど使用されない7種類のレアコドンに対するtRNAの発現量が高いため、完全長のタンパク質を得やすいという特性があります。

  • Rosetta-gami B(DE3) Competent CellstrxBおよびgor522 変異によりジスルフィド結合生成能が高く、ジスルフィド結合形成率が低いタンパク質のフォールディング効率の改善が期待できます。大腸菌でほとんど使用されない 6 種類のレアコドンに対するtRNAの発現量が高いため、完全長のタンパク質を得やすいという特性もあります。ラクトース透過酵素lacY1 に変異を持つため、IPTG 濃度依存性の発現量変化を示します。

  • Rosetta-gami 2(DE3) Competent CellstrxBおよびgor522変異によりジスルフィド結合生成能が高く、ジスルフィド結合形成率が低いタンパク質のフォールディング効率の改善が期待できます。大腸菌でほとんど使用されない7種類のレアコドンに対するtRNAの発現量が高いため、完全長のタンパク質を得やすいという特性もあります。

基底発現の抑制

プラスミドクローニング用ホストとは異なり、タンパク質発現用ホスト内のT7 プロモーター下流の遺伝子は、IPTG非存在下であってもわずかに転写されています(基底発現)。大腸菌内に存在しないタンパク質の発現は、微量であってもホストに少なからずストレスを与えます。とくに発現タンパク質が毒性を発揮する場合は、基底発現がプラスミドの不安定化やホストの増殖阻害を引き起こし、収率低下の要因となります。そのようなときは、基底発現を可能な限り低く抑制する、下記の手法を検討してみるとよいでしょう。

<グルコース含有培地の利用>

DE3溶原化株は、培地へ0.5〜1%のグルコースを添加すると、グルコースが優先的に分解される期間、lacUV5プロモーターからのT7 RNAポリメラーゼの発現が抑制される性質を持っています(クローニング用ホストではグルコース添加の効果はありません)。発現用ホストとしてDE3溶原化株を使用する場合は IPTG添加前の前培養段階では、グルコース含有培地を用いて基底発現を抑制するとよいでしょう。

<T7lacプロモーターの利用>

T7lacプロモーターを持つpETベクターをDE3溶原化株に導入すると、lacリプレッサー LacOが、lacUV5プロモーター下流のT7 RNAポリメラーゼだけでなくT7lacプロモーターも同時に抑制します。そのため、標的タンパク質の基底発現が野生型T7プロモーターを持つpETベクター(pET-3a-dなど)よりも低く保たれます。

<pLysSあるいはpLacI保有ホストの利用>

T7リゾチームをコードするプラスミドpLysSは、同様のタンパク質をコードするプラスミドpLysEとは異なり、細胞の増殖にあまり影響を与えません。pLysS 保有菌株では、T7リゾチームによるT7 RNAポリメラーゼの分解により、標的タンパク質の基底発現が抑制されます。また、pLysS保有株は凍結融解や0.1% Triton-Xの添加でT7リゾチームによる溶菌が起こるため、発現タンパク質の抽出効率の向上も期待できます。

一方、LacリプレッサーをコードするプラスミドpLacI保有菌株では、細胞内 LacI濃度が高く保たれるため、T7 RNAポリメラーゼの発現が抑制され、標的タンパク質の基底発現が抑えられます。

<低コピー数ベクターの利用>

pETcocoは、0.2%グルコース存在下で細胞あたり平均1コピーに保たれる低コピープラスミドです。1コピーに保たれたpETcocoでは、突然変異(組換え、欠失)発生率と基底発現が無視できる程度になります。pETcocoを利用したタンパク質発現では、培地へのL-アラビノース添加により細胞あたり約40 コピーにプラスミドを増幅後、IPTG 添加によって目的遺伝子の発現を誘導します。

<非発現宿主とバクテリオファージ CE6 の組み合わせによる発現誘導>

非発現宿主(非DE3溶原株)は標的遺伝子の基底発現がおこらず、上記のどの方法でも維持できない極めて毒性の高いタンパク質をコードしたプラスミドを維持可能です。非発現宿主にバクテリオファージCE6を感染させてT7 RNAポリメラーゼを導入すれば、T7プロモーター下流の高毒性タンパク質の効率的な発現誘導が実現します。

以上、pETシステムを使ったタンパク質発現誘導を成功させるポイントについて詳しく見てきました。発現誘導がなかなかうまくいかないときや発現量が足りないときには一度、各ポイントを順番に確認してみてはいかがでしょうか。意外なところに解決の糸口があるかもしれません。

参考文献

Hirel P. H. et al., 1989, PNAS 86(21), p.p.8247-8251. (PMID: 2682640)
Lathrop B. K. et al., 1992, Protein Expr. Purif. 3(6), p.p.512-517. (PMID: 1336691)
Kagawa N., 2013, " 生化学者のひとりごと ", http://kagawap450.blogspot.jp/2013/01/iptg.html
Tobias J. W. et al., 1991, Science 254(5036), p.p.1374-1377. (PMID: 1962196)
Henaut A. & Danchin A., 1996, ” In Escherichia coli and Salmonella typhimurium Cellular and Molecular Biology”, p.p.2047–2066.
Nakamura Y. et al., 2000, Nucleic Acids Res. 28(1), p.292. (PMID: 10592250)