膜タンパク質・膜貫通タンパク質の簡便な抽出方法
超遠心不要で効率的かつ円滑なタンパク質抽出
複雑なタンパク質混合物の精製はプロテオミクスにおいて重要な課題の一つです。そこで、再現性および信頼性高く、かつ簡便にタンパク質を抽出可能なツールとして有効なのがProteoExtract® Kit(以下、PEK)です。哺乳類細胞の全プロテーム及びプロテオーム画分の解析、あるいは哺乳類細胞の正常状態と疾患状態または疾患誘発状態の比較を行うディファレンシャル・プロテオミクス研究などに使用可能です。
PEKは用途に応じてC-PEK、S-PEK、M-PEK、TM-PEKの4種類があります。この記事では特に哺乳動物細胞および組織から膜内在性タンパク質または膜結合タンパク質を分離するNative Membrane Protein Extraction Kit(以下、M-PEK)と、GPCRなどの複数回膜貫通型タンパク質を界面活性剤を使うことなく抽出できるTransmembrane Protein Extraction Kit(以下、TM-PEK)について紹介します。いずれも超遠心が不要なため操作が簡便で、穏やかな環境で活性を保ったままタンパク質を抽出できる手法です。
M-PEKの特長
M-PEKは、哺乳類の細胞や組織から膜タンパク質を変性させることなく3〜5倍に濃縮し、選択的に抽出できるキットです。膜タンパク質に固有の疎水性によって分離するのではなく、細胞膜とタンパク質との実際の結合に基づいて抽出します。
接着細胞および浮遊細胞サンプル(細胞3x106〜5x106個)または哺乳動物組織サンプル(25〜50 mg)から2時間以内に膜タンパク質画分を分離することが可能です。超遠心不要で時間とコストを節約できるため、複数サンプルの同時処理に最適です。タンパク質の変性の恐れがある超音波処理や長時間のボルテックスも不要で、極めて穏やかな条件を使用するため、タンパク質を活性・機能を保持したまま非変性状態で抽出できます。
得られたタンパク質は、酵素活性アッセイ、非変性ゲル電気泳動、ウエスタンブロット解析、ELISA、膜タンパク質の翻訳後修飾を調べるためのアッセイ、膜内在性および膜結合タンパク質のSELDIプロファイリング、色素またはビオチンによるアレイ検出のための膜タンパク質のNHSエステル標識など、様々なアッセイに使用可能です。
M-PEKの使用事例
次の図はM-PEKを用いて膜タンパク質を抽出した例です。HEK293細胞をM-PEKを用いて抽出し、得られた可溶性画分と膜画分を用いています。2つの独立した実験から得られた画分を、同量ずつ、内在性アルカリホスファターゼ活性によってアッセイしました。左のグラフが可溶性画分、右のグラフが膜画分です。この結果は、GPIアンカー型膜結合酵素が選択的に分離され、活性状態で抽出されていることを示しています。
また、以下の図は、M-PEKにより細胞や組織から選択的に抽出した膜タンパク質を、膜結合および膜内在性タンパク質マーカーを使用し、イムノブロッティングで分析した結果です。M-PEK抽出が膜タンパク質を選択的に抽出していることがわかります。
出典:
J Sun, et al. (2005) Cochlear gap junctions coassembled from Cx26 and 30 show faster intercellular Ca2+ signaling than homomeric counterparts. American Journal of Physiology Cell Physiology 288, C613-C623.
Jiahua Tan, Ling Geng, Eugenia M. Yazlovitskaya, and Dennis E. Hallahan Protein Kinase B/AktDependent Phosphorylation of Glycogen Synthase Kinase-3ß in Irradiated Vascular Endothelium Cancer Res., Feb 2006; 66: 2320 - 2327.
TM-PEKの特長
TM-PEKは哺乳類細胞および組織から膜貫通型タンパク質を穏やかかつ効率的に抽出でき、界面活性剤を使用しない画期的な試薬です。
GPCR(G-タンパク質共役型受容体)または7-TM(7回膜貫通型タンパク質)は最大の膜タンパク質ファミリーであることが知られており、細胞間伝達から生理的なセンシング機構に至るまでの刺激反応経路に関与しています。また、GPCRファミリーは創薬の重要な標的であることが確立されており、TM-PEKはこれらのタンパク質をin vitroで機能解析できるユニークなツールといえます。
低分子量のタンパク質からきわめて高分子量のタンパク質まで、また、1回膜貫通型から複数回膜貫通型、さらに、大きなタンパク質複合体まで様々なタンパク質を抽出・濃縮可能です。
得られたタンパク質は酵素活性測定や電気泳動、ウェスタンブロットなど様々なアッセイに使用できます。
TM-PEKの抽出プロトコール
本抽出法は、2ステップの操作で膜および膜結合タンパク質を濃縮します。
まず、細胞またはホモジナイズした組織にExtraction Buffer 1を加えて膜透過処理をし、遠心分離により細胞質画分と膜(沈殿)画分とに分けます。その後、膜画分にExtraction Buffer 2とTM-PEK Reagent AまたはBを混ぜたものを加え、膜タンパク質を可溶化します。
抽出する目的タンパク質の性質によりReagent AとReagent Bのどちらかを選択することができます。Reagent Aはマイルドな可溶化剤で、壊れやすいタンパク質抽出に適しています。Reagent Bは抽出しにくい複数回膜貫通型タンパク質の抽出に適しています。初めて使用する際には、両方のバッファーで抽出効率を試してみると良いでしょう。
TM-PEKの使用例
以下の図は、TM-PEKを用いて膜画分に抽出されたアルカリフォスファターゼの活性を測定したものです。この結果から、活性を保持したまま抽出可能であることがわかります。
また、以下の図は、TM-PEKを用いてDMA-MB 468細胞から抽出された膜貫通タンパク質によるウェスタンブロットの結果です。まず、細胞プールをTM-PEKのExtraction Buffer 1で処理し、その後、TM-PEKのExtraction Buffer 2Aまたは0.5% Triton X-100で処理しました。各条件で抽出されたサンプルを10% SDS-PAGEゲルで泳動し、ニトロセルロースメンブレンに転写。これらをブロッキングし、抗EGFR抗体、抗Frizzled-4抗体、抗CELSR-3抗体でインキュベートした後、HRP標識された二次抗体と化学発光基質によって現像しました。
レーン1は0.5% SDSによる可溶化画分(総細胞溶解物、ポジティブコントロール)、レーン2は細胞質画分(TM-PEKのExtraction Buffer 1で処理したもの)、レーン3はTriton X-100で処理した膜画分、レーン4はExtraction Buffer 2Aで処理した膜画分です。
このようにTM-PEKでは一般的に可溶化が困難な膜タンパク質を、完全長で抽出可能です。
以上、M-PEKとTM-PEKを用いたタンパク質の抽出とその特長について紹介しました。キットを活用することで、困難な抽出を簡便に行うことができ、時間やコストの節約にも繋がります。ぜひ有効活用しましょう。
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