「高校化学グランドコンテスト」から生まれた暗闇で発電する太陽電池 高校生が挑む色素増感太陽電池(DSSC)

「高校化学グランドコンテスト」から生まれた暗闇で発電する太陽電池 高校生が挑む色素増感太陽電池(DSSC)

安田学園高等学校サイエンスクラブと仮説思考の実践

「本当に、暗闇で発電しているのだろうか?」

測定結果とにらめっこしながら、何度も実験条件を見直す高校生たち。第20回高校化学グランドコンテストでメルク賞を受賞した安田学園高等学校サイエンスクラブは、「キャパシタなしで暗闇で発電する太陽電池」という一見"矛盾した"テーマに挑み続けました。

彼らが手がかりにしたのは、色素増感太陽電池(DSSC)と電気化学現象「ドナン電位」。既存の教科書的な理解だけでは説明しきれない測定結果と向き合いながら、自分たちなりの仮説を立て、検証を重ねていくプロセスそのものが、この研究の最大の魅力です。

ドナン電位が実際に新しいエネルギー変換のソリューションにつながるかどうかは、現時点ではまだ分かりません。それでも、そうした視点から現象の解明に挑む姿勢が、次の一歩を生み出します。

本記事では、「化学の甲子園」とも呼ばれる高校化学グランドコンテストの舞台と、初めて設けられた「メルク賞」授与式の様子、そして受賞研究の着想から検証に至るまでの道のりを追っていきます。結果の"正しさ"だけでなく、仮説と実験を往復する探究のプロセスにこそ、次世代の科学者育成へのヒントが隠れています。

研究概要 ─ 「暗闇で発電する太陽電池」という挑戦

折坂唯斗さん(高校2年)と山口真ノ介さん(高校2年)の研究テーマは、「キャパシタなしで暗闇で発電する太陽電池」。再生可能エネルギーの主役として期待される太陽光発電には、「光がないと発電できない」という根本的な課題があります。

夜間や曇天時には発電が止まり、蓄電システムに頼らざるを得ません。しかし、蓄電池には設置コストや寿命・故障リスクといった課題もあります。そこで彼らは、「太陽電池そのものに暗闇でも電圧を維持できる仕組みを持たせることができれば、新しい解決策のヒントになるのではないか」と考え、研究をスタートしました。

研究の出発点は、「電解液を染み込ませた濾紙がキャパシタのように振る舞い、暗闇でも電圧を保持するのではないか」という仮説でした。しかし、実験を重ねるうちに、得られたデータはキャパシタの振る舞いだけでは説明しきれないことが分かってきます。

そこで着目したのが、電極間の電解質濃度差による「電解質濃淡電池」という視点、そして濾紙や酸化アルミニウムによるイオンの分配平衡、いわゆる「ドナン電位」が関与している可能性でした。

この現象の背景にあるメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、「説明しきれない現象に対して新しい仮説を持ち込んで検証していく」というプロセスにこそ価値があります。

高校化学グランドコンテストとメルク賞

20年続く化学教育支援プログラム

高校化学グランドコンテストは、2004年から続く日本最大級の高校生化学研究コンテストです。高校生および工業高等専門学校生(3年生以下)が行っている学習・研究活動を支援し、自主的な探究を通じて科学的な創造力を育むことを目的としています。

2023年度からは芝浦工業大学が主催となり、文部科学省、科学技術振興機構、日本化学会などが後援する産官学連携の教育支援プログラムとして発展してきました。「化学の甲子園」とも呼ばれる本コンテストには、毎年全国から多数のチームが参加し、独創的な研究成果を競い合います。

メルク賞の新設と選考基準

第20回大会では、Sigma-Aldrich®ブランド50周年記念として「メルク賞」が初めて設けられました。この賞は、次の3つの観点から選考されました:

  • 研究の視点:エネルギー問題、環境保全、健康増進など、世界が長期的に取り組むべき課題を捉えているか
  • 学際性:化学を基盤としつつ、物理・生物など他分野にもまたがる学際的な研究であるか
  • 科学的探究心:実験データに真摯に向き合い、客観的な視点で科学の探究に努めているか

メルクは、1668年創業、350年以上の歴史を持つ世界で最も古い医薬・化学品企業です。ライフサイエンス、ヘルスケア、エレクトロニクスの3つの事業を柱とし、日本を含む世界中で科学の発展に貢献してきました。特にライフサイエンス事業では、研究開発の初期段階から製造プロセスまでを支援する数十万点の製品を提供しており、大学や企業の研究室で日々使用される試薬、分析機器、ラボ用品などを通じて、科学者たちの探究活動を支えています。

本コンテストへの協賛は SPARK™プログラムに則り科学教育支援活動の一環として、将来の科学界を担う若い才能を発掘・育成する取り組みの一つです。

※SPARK™プログラムとは?:次世代の科学者育成を目的とした教育支援活動です。若い才能の科学的探求と創造力を促進し、持続可能な未来の実現に貢献しています。

メルク賞授与式 ─ 若き研究者たちとの出会い

授与式当日の様子

最終選考会後に行われたメルク賞授与式では、安田学園高等学校サイエンスクラブの折坂唯斗さん(高校2年)と山口真ノ介さん(高校2年)が表彰されました。

式には、メルク株式会社の代表取締役社長、芝浦工業大学の山本学長補佐(グラコン実行委員長)らが出席。安田学園からはサイエンスクラブ顧問の添田先生、発表者の2人に加え、研究を支えた部員やOBも参加し、和やかながらも真剣な雰囲気の中で式は進行しました。

授与式では、メルクの歴史や事業内容、次世代育成への取り組みの紹介に続き、安田学園の生徒たちによるポスター発表とディスカッションが行われ、最後に賞が授与されました。

高校生研究者へのエール

メルク株式会社 代表取締役社長 杉瀬 純からは、次のようなエールとともに賞状が授与されました。

「皆さんの研究は、『暗闇で発電する』という従来の常識を揺さぶる挑戦です。これは、太陽電池という枠を超えた全く新しい電池の可能性を示しているのかもしれません。科学の歴史は、このような大胆な着想と、地道な実験の積み重ねによって進歩してきました。ぜひ、この探究心を持ち続けてください。」

評価されたのは、「完全に解き明かしたこと」ではなく、「矛盾に見える現象に対して、自分たちなりの仮説を立てて検証を重ねる」という姿勢でした。

高校生研究者インタビュー ─ 折坂さん・山口さんが語る探究のリアル

授与式後、折坂さんと山口さんに研究の道のりや、今後の展望について詳しく伺いました。

「仮説が外れた」瞬間と、そこからの展開

山口さん:
「キャパシタで説明できると思っていた段階では、正直、もう少し"きれいに"話がまとまる予定でした(笑)。でも、データをよく見ると時間変化の仕方が想定と違っていて、『これはキャパシタの話だけではないかもしれない』と考えるようになりました。そこから、電解質の濃度差やイオンの分布に注目するようになっていきました」

折坂さん:
「うまく説明できない結果が出たときは少し落ち込みましたが、"仮説が外れた"こと自体が新しいスタートラインだと考え直しました。教科書を調べ直したり、先生に相談したりするなかで、電解質濃淡電池やドナン電位というキーワードにたどり着いたんです。それまで名前だけ知っていた現象が、自分たちの目の前で起きているかもしれないと気づいたときは、とてもワクワクしました」

ドナン電位という仮説との出会い

折坂さん:
「濾紙や酸化アルミニウムを使った構造で実験をしていくうちに、イオンの動き方が変わることで電圧が長時間維持されているのではないか、と考えるようになりました。そこから、"もしかしたらドナン電位が関係しているのでは?"という仮説を立てました。ただ、現時点ではまだ仮説の段階で、どこまでドナン電位が効いているのかは検証の途中です」

山口さん:
「ドナン電位について調べてみると、100年以上前から知られている古典的な現象なのに、今のエネルギー技術の文脈で改めて見直されているところもあるようで、"温故知新"的な面白さを感じました。ただ、私たちの実験結果がどこまできれいにドナン電位で説明できるのか、他の要因はないのか、といった点は、これからもっと丁寧に詰めていく必要があると思っています」

※本研究における「ドナン電位」は、現象を説明するためのひとつの仮説として検討されている段階です。エネルギー変換の実用的ソリューションとして確立されたことを示すものではありません。

メルク賞受賞の感想

折坂さん:
「全国からレベルの高いチームが集まる大会なので、まさか受賞できるとは思っていませんでした。授与式で企業の歴史や事業内容の話を聞いて、自分たちの研究で使っているN-3色素のメーカーであるメルクに興味がわきました。"自分たちの実験と世界のサイエンスがつながっている"と実感できたのが嬉しかったです」

山口さん:
「専門家の方々から、直接コメントや質問をいただけたのが印象的でした。"得られたエネルギーの時間変化が電解質の濃淡で起きている点が非常に興味深い"といったフィードバックや、『新しい概念を説明するような独自のネーミングをつけても面白いのでは』というアイデアもいただいて、"自分たちの仮説をもっと磨いていきたい"という気持ちが強くなりました」

今後の研究への意欲

折坂さん:
「今回は主に電圧の挙動を追いかけていましたが、今後は電流値も測定して、どの程度の電力が取り出せるのかを定量的に評価したいです。また、長時間測定後に電解液が乾燥しても発電が見られたことから、カリウムイオンによる全固体電池が形成されている可能性も感じています。このあたりのメカニズムを、より詳しく解き明かしていきたいです」

山口さん:
「授与式で、『ドナン電位を最大化する最適な色素や材料を探してみてはどうか』というアドバイスをいただきました。さまざまな材料を試す機会があれば、仮説が本当に正しいのか、あるいは別の説明が必要なのかを、自分たちなりに確かめていきたいと思っています」

将来の夢

折坂さん:
「今回の経験を通じて、"分からないことと向き合う楽しさ"を改めて実感しました。大学では化学か物理を専攻して、将来は研究者としてエネルギー問題や環境問題の解決に貢献できるような仕事をしたいと考えています」

山口さん:
「僕も、科学の力で社会課題を解決する仕事に就きたいと思っています。研究者を支える製品やサービスを通じてサイエンスに貢献するという形もあると知って、進路の選択肢が広がりました。今回の研究はまだ途中経過でしかありませんが、この経験を将来につなげていきたいです」

受賞研究の詳細 ─ キャパシタからドナン電位へ

ここからは、安田学園サイエンスクラブの研究について、より技術的な詳細を見ていきます。

実験の着想:キャパシタという最初の仮説

研究の出発点は、「電解液を染み込ませた濾紙がキャパシタのように振る舞い、暗闇でも電圧を保持するのではないか」という仮説でした。キャパシタ(コンデンサ)は電荷を蓄える素子であり、充電後に一定時間電圧を保持する性質があります。

色素増感太陽電池(DSSC)に濾紙と電解液を組み込むことで、光照射時に発生した電荷がキャパシタのように蓄えられ、暗条件下でも電圧が維持されるのではないか――これが当初の作業仮説でした。

データとの格闘:キャパシタでは説明できない

しかし、実験を重ねるうちに、得られたデータはキャパシタの振る舞いだけでは説明しきれないことが分かってきます。特に、電圧の時間変化のパターンが、典型的なキャパシタの放電曲線とは異なっていました。

そこで彼らは、電極間の電解質濃度差による「電解質濃淡電池」という視点に着目。正極側にアルミナ(酸化アルミニウム)を塗布するなどの工夫を加えた実験を実施しました。その結果、暗条件下でも一定の電圧を比較的長時間維持できる現象が観測されました。

ドナン電位という新しい視点

この現象の背景として、濾紙や酸化アルミニウムによるイオンの分配平衡、いわゆる「ドナン電位」が関与している可能性が高いのではないか――というのが、彼らの現時点での仮説です。

ドナン電位は、半透膜や多孔質材料を挟んでイオンの分布が偏ることで生じる電位差です。濾紙や酸化アルミニウムの層が、イオンの移動や分配を制御し、その結果として暗条件下でも電圧が維持されているのではないか、という考え方です。

ただし、ドナン電位がどの程度この電圧維持に寄与しているのか、また今後どのようなエネルギー変換技術として具体化しうるのかについては、現段階では未解明な部分も多く、さらなる検証が必要です。

※本研究は、高校生による探索的な研究であり、ドナン電位が実用的なソリューションとして確立されたことを示すものではありません。むしろ、「説明しきれない現象に対して新しい仮説を持ち込んで検証していく」というプロセスにこそ価値があります。

用語解説:色素増感太陽電池(DSSC)とドナン電位

ミニ解説:色素増感太陽電池(DSSC)とは?

色素増感太陽電池(Dye-Sensitized Solar Cell: DSSC)は、1991年にスイス連邦工科大学のマイケル・グレッツェル教授らによって開発された第三世代太陽電池です。シリコン系太陽電池に比べて、

  • 製造コストが比較的低い
  • 薄型・軽量・フレキシブルに作りやすい

といった特長があり、研究・開発が続けられています。

基本構造は次の通りです:

  • 透明導電性ガラス電極:光を通しながら電気を取り出す「窓」
  • 酸化チタン(TiO₂)多孔質膜:色素を吸着させる半導体層(スポンジ状の足場)
  • 色素分子:光を吸収し電子を放出する「光アンテナ」
  • 電解質溶液:イオンを運ぶ媒体
  • 対極(白金電極など):酸化還元反応を促進する触媒

光が色素に当たると、色素分子が励起されて電子を放出し、その電子が酸化チタンを通って外部回路に流れることで電力が得られます。

安田学園サイエンスクラブの研究でも、このDSSCがベースとなっています。

次世代電池関連のカタログはこちら

ミニ解説:ドナン電位とは?

ドナン電位は、1911年にフレデリック・ジョージ・ドナンによって報告された電気化学現象です。半透膜を挟んで電解質溶液が存在し、一方に膜を通れないイオン(固定荷電)がある場合、イオンの分配が偏ることで電位差が生じます。

イメージとしては、「イオンの通行ルールが異なる2つの部屋のあいだに、電気的な段差が生まれる」ような状態です。

安田学園の研究では、濾紙や酸化アルミニウムの層を通じてイオンの移動や分配平衡が変化し、その結果として暗条件下でも電圧が維持されている可能性があるのではないか、という仮説が検討されています。ただし、この解釈がどこまで成り立つのか、他の要因がどのように関与しているのかについては、今後の詳細な検証が必要です。

おわりに ─ 若い探究心と長期的なコミットメント

実験データは、ときに教科書通りには振る舞いません。安田学園サイエンスクラブのように、「なぜ?」を起点に仮説を立て、検証を重ねていく姿勢こそが、科学の次の一歩を生み出します。

ドナン電位という古くから知られる電気化学現象を手がかりに、暗闇で発電する太陽電池の可能性を探る――このような探索的研究から、いつか新しい技術の芽が生まれるかもしれません。

「好奇心」と「探究心」を持ち、『なぜ?』という問いから実験し、データに向き合う若い研究者たちの姿勢こそが、科学を前進させる原動力です。メルクは、SPARK™プログラムなどの科学教育支援活動を通じて、今後も次世代の挑戦を支えていきます。

同じカテゴリの人気記事ランキング

下記フォームでは、M-hub(エムハブ)に対してのご意見、今後読んでみたい記事等のご要望を受け付けています。
メルクの各種キャンペーン、製品サポート、ご注文等に関するお問い合わせは下記リンク先にてお願いします。

メルクサポート情報・お問い合わせ

*入力必須

    お名前 *

    メールアドレス *

    電話番号 *

    勤務先・所属先 *

    お問い合わせ/記事リクエスト内容 *