<研究最前線>塩見 美喜子-“動く遺伝子”から生殖細胞のゲノムを守る仕組みを解き明かしたい

<研究最前線>塩見 美喜子-“動く遺伝子”から生殖細胞のゲノムを守る仕組みを解き明かしたい

東京大学大学院理学研究科教授の塩見美喜子先生は、生殖組織(卵巣・精巣)で特殊なDNA配列である「トランスポゾン」による遺伝子破壊からゲノムを守るための”品質管理”の仕組みを研究されています。非常に複雑な品質管理について、お話を伺いました。

生殖細胞ゲノムの品質管理

-まず、トランスポゾンについて教えてください。

トランスポゾンは元々ウイルスだと考えられている外来性DNA断片ですが、進化の過程でゲノムの中に取り込まれてきました。ヒトゲノムでは約45%もの領域を占めるトランスポゾンは、自身を、あるいは自身のコピーを作成し、別のゲノム領域に挿入する性質があります。そのため、“動く遺伝子”ともよばれています。この性質は、生物に新しい形質をもたらし、環境適応など進化に貢献してきました。

ところが個体レベルでは、トランスポゾンが“動く”ことで遺伝子を破壊し、特に生殖細胞においては不妊を引き起こす可能性があります。トランスポゾンの多くは断片化しており、よって動く活性を保持していませんが、高い転移活性を持つものも少なからず存在します。そこで有性生殖を行う生物は、トランスポゾンの挿入によって生殖細胞のゲノムが破壊されることを防ぐ仕組みを獲得しました。それを私たちは“品質管理”という例えを用いています。

-具体的にどのような仕組みなのでしょうか?

トランスポゾンは、DNAトランスポゾンとRNAトランスポゾン(レトロトランスポゾン)に大きく分類できます。DNAトランスポゾンは、自身をゲノムから切り出し、別のゲノム領域に侵入します。レトロトランスポゾンの場合は、まず、トランスポゾンからRNA(転写産物)が作られ、そのRNAを元にDNAが作られます。つまりコピーが作られるのですが、このコピーされたDNAが別のゲノム領域に挿入されるのです。

これらトランスポゾンの転移活性を抑える仕組みとして「piRNA」があります。piRNAは、トランスポゾンRNAと相補的に結合できる小さなRNAです。piRNAはPIWIタンパク質と一対一で結合し、piRISCと名付けられた複合体を形成してトランスポゾンRNAと結合することで、転写や翻訳を抑えるのです。この仕組みは多くの生物で保存されており、もちろん我々ヒトもその仕組みを持っています。

こうして生殖組織ゲノムの品質管理を行っているのですが、piRNAがどのように作られるのか、piRISC が実際どのような補因子とともにトランスポゾンの発現および転移を抑制するのか、その全容は明らかになっていません。その仕組みを解明するため、私たちは研究を続けています。

piRNAクラスタはpiRNA遺伝子に相当するDNA領域。トランスポゾンの断片に富む。piRNAクラスタの転写産物は、細胞質でpiRNAへとプロセスされる。その後、PIWIタンパク質と結合しpiRISCを形成する。piRISCの中には核に局在するものと細胞質に局在するものがある。核局在型piRISCはトランスポゾンのRNAに結合して転写を抑制する。細胞質局在型piRISCはトランスポゾンのRNAに結合して、それを切断する。切断されたRNAはその後分解へと導かれる。これは転写後抑制反応である。

-いつからこの研究をされているのですか?

2005年ごろから研究を続けています。それ以前は、piRNAと似たような仕組みで全身の細胞で遺伝子発現を抑制するRNA干渉という現象のメカニズムやmicroRNAの生合成の仕組みを研究していました。これら機構の分子機序がある程度明らかになってきた一方で、生殖細胞に特化したpiRNAやPIWIタンパク質についてはあまり研究が進んでいなかったこともあり、今の研究テーマに移行しました。

-モデル生物には何を用いていますか?

主にショウジョウバエを用いています。ショウジョウバエは生化学的・分子生物学的解析が容易で、遺伝学で用いられてきた歴史もあり、研究する上で汎用性が高い生物です。piRNAの研究ではマウスを使うこともありますが、管理のしやすさやコスト面ではやはりショウジョウバエのほうに分があります。

また、ショウジョウバエの卵巣や精巣を直接解析するだけでなく、私たちは卵巣内で生殖細胞を取り囲む体細胞を細胞株として樹立することに成功し、培養細胞における解析も行っています。ただ、生殖細胞そのものを培養するには至っていません。そこで、唯一の卵巣生殖細胞由来の細胞株であるカイコの培養細胞BmN4も用いています。

何かの研究を進めようとするとき、材料として何を使うかという点に関しては非常に注力するところです。piRNAの研究、特にその分子メカニズムを解明する基礎研究では、ショウジョウバエとカイコが現在この領域を牽引しているといっても過言ではありません。

一連の反応を丁寧に解析

-2018年に『nature』に掲載された論文(https://www.nature.com/articles/nature25788)について教えてください。

カイコの卵巣生殖細胞由来の培養細胞におけるpiRNAの生合成の仕組みの一端を解明したものです。piRNAはまず前駆体が作られ、プロセシングを受けて中間産物が作られた後、成熟piRNAがpiRISCとなりトランスポゾンRNAと結合できるようになります。この過程において、どのような因子がどのように関わっているのかを明らかにしました。

カイコ生殖細胞由来培養細胞におけるpiRNA生合成のモデル。カイコではPIWIタンパク質としてSiwiがあり、piRNA前駆体(青色の糸)を切断してできるpiRNA中間体とSiwi-Papi複合体が結合する(上段左)。さらにZucchiniタンパク質(Zuc)がpiRNA中間体を切断し(上段中央)、成熟したpiRNAがトランスポゾンRNA(紫色の糸)を認識できることでトランスポゾンRNAを切断する(下段右)。同じ仕組みを介して今度はpiRNA前駆体を認識するRNA断片を作る(下段中央から左)

-非常に複雑ですね……。

この図に書かれてないものを含め、20程度の因子が関わっていると考えられています。なぜこんなにも多くの因子が存在して複雑な仕組みとなったのかと思ってしまいます。複雑にすると、1つの因子に異常が起きただけで機能が失われてしまうので得策ではないように思えるのですが、何か理由があるのでしょう。それは未だにわかっていません。

-論文にまとめるまでに、どれくらいの時間がかかりましたか?

実験を始めてから結果をまとめるまでに数年かかりました。実はこれについては先行研究の結果と完全に一致しないところがあり、そのあたりも含めてまとめた論文でもあります。先行研究の報告が限られた条件下で起きるもので、私たちの報告はより一般で起きる現象なのかもしれません。その点においてもインパクトが大きかったのかな、と思います。また、生殖組織で起こる一連の反応を一つ一つ丁寧に生化学的解析によって追うことができた点も大きく評価されたのだと思います。

-ジャーナルの編集部とのやり取りはどうでしたか?

最初から好意的に扱っていただき、マイナーリビジョンで済みました。『nature』の割にはスムーズにいきましたね(笑)。

次の世代の研究者や学生に望むこと

-今回はカイコの卵巣由来の細胞においての研究成果ですが、精巣においても、あるいは他の動物でも共通の仕組みなのでしょうか?

そうだと考えられていますが、あまり研究がなされていないのが実情です。例えばショウジョウバエの場合、100匹のメスから卵巣を採取すれば様々な解析ができますが、精巣は小さいので500匹も必要になるため、それを集めるだけでも一苦労で、よって精巣におけるpiRNA研究は現在ほとんど行われていません。なお、マウスはオスだけがこの仕組みを用いており、精巣の発生・分化、精子形成のどの段階でどの因子が発現し、機能するかを理解する研究が進められています。面白いことに、マウスと違い、ヒトは男性も女性もpiRNA機構を持っています。piRNA機能の欠損は、不妊の原因となると考えられ、その治療や診断薬の開発という観点からも、今後さらに研究が進むことが期待されています。

また、再生能力の高さで有名なプラナリアは、幹細胞を大量に保有することで高い再生能力を保持しているのですが、そこでもpiRNAによるトランスポゾン制御を行って幹細胞能を維持しています。その仕組みがなくなると再生能力を失い、切断されると死に至ります。トランスポゾンの機能を抑えるという意味でpiRNAの存在が共通していることも面白いところです。

-piRNAそのものが興味深いだけでなく、医療に応用される可能性もあるのですね。

ただ、そのためには相当な時間がかかると思います。また、piRNAによるトランスポゾン制御機能がすべて明らかになったわけではありません。提唱されているモデルはこれまでの研究成果をつなぎ合わせたパッチワークのようなもので、まだ空白の場所が残されています。私個人のゴールは、その空白をすべて埋めて分子機構の全容を解明することです。

-次の世代の研究者や学生に対してどのようなことを望んでいますか?

特に最近の学生は、「がんを研究したい」「アルツハイマー病について研究したい」という人が多くいます。それはそれで素晴らしいことなのですが、基本的なことを知らずに臨床応用に近い研究を行うと、何をしているのかわからなくなるのではないかと考えています。

私がよく学生に言っているのは、「ベーシックなところを、きちんとmolecule(分子)で見る目を養うこと。そのスキルをしっかり使うことができれば、どのような応用分野においても自分のやりたいことにつながる」ということです。やはりベーシックサイエンスが大事だということを伝えたいと思います。

<プロフィール>
塩見美喜子(しおみみきこ)
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授
1962年生。1994年 農学博士(京都大学)。2003年 医学博士(徳島大学)。1994-1999年 米国ペンシルヴァニア大学ハワードヒューズ医学研究所 研究員。1999年 徳島大学ゲノム機能研究センター助手、2000年に講師、2001年に助教授(その後准教授)。2008年慶應義塾大学医学部准教授。2012年から現職。2018年EMBO Associate Member。

参考:http://www-siomilab.biochem.s.u-tokyo.ac.jp/index.html