<研究者インタビュー>琵琶湖からアマゾンへ 。「環境DNA」がかなえた夢

<研究者インタビュー>琵琶湖からアマゾンへ 。「環境DNA」がかなえた夢

熱帯魚が決めた進路

魚類生態学分野の調査といえば、生物個体を捕獲して分析を重ねる手法が一般的です。そこに住む生物を詳しく調べることで、生態の謎を解き明かしていくというアプローチは一見してもっとも合理的であるようにも思います。しかし、そうした方法とは一線を画する、全く新しい手法がここ数年で注目を浴びるようになってきました。それが「環境DNA」です。

「環境DNA」がユニークなのは、生物のサンプルを捕獲しない点にあります。では、どのようにして生態を調査するのか。答えは、水です。河川・海・湖など、生態調査したい場所の水を採取し、そこに含まれるDNAの解析によって水の中に住む生物の種類や数を明らかにするのです。

編集部も聞いているだけでワクワクした2時間の取材。環境DNAの開発と立ち上げに初期から携わり、現在も最先端を走り続けている龍谷大学理工学部環境ソリューション工学科講師・山中裕樹先生にインタビューしてきました。

―先生が魚の生態学を研究しようと考えたのはいつくらいでしょうか?

中学生のときです。当時、犬が飼いたくて親にねだったら反対されて(笑)「鳥でもいいから!」とすがったら、「鳥もダメ」と。最終的に「魚ならいいよ」と言ってもらったので、熱帯魚を飼い始めました。そこから魚好きになって、高校生のときには魚の研究者になろうと考えていました。

この時に飼っていた熱帯魚がアマゾン川が原産だったんですね。それでアマゾン川で研究をしたいと夢を描くようになりました。以来、アマゾン川にはずっと憧れていて。「旅行ではなく、絶対研究で行く!」と心に決めていました。

実は去年の秋、その夢が実現したんです。憧れのアマゾン川に行けることが決まった時は、本当にうれしかったですよ。

―実際に訪れてみて、アマゾン川はどうでしたか?

行けたのは中流のマナオスという町だけなのですが、想像を絶する迫力でした。アマゾン川の河口の一番大きな中洲は九州くらいのサイズがある、と知識では知っていたのですが、河口から1000kmも上流のマナオスでも、その大きさに圧倒されました。さらに、ここにも島のように大きな中洲がいくつもあるのですが、それぞれの中に湖があるんです! すべてが信じられないようなスケールでした。

ようやく念願がかないましたが、もし「環境DNA」に出会っていなければ来れなかったかもしれません。この巨大な川で生き物を捕獲して調査するのは簡単ではありません。技術を身につけたり準備を整えたりするのに膨大な時間がかかります。

ですが、環境DNAなら、水を汲むだけでアマゾン川の生態系を調べることができます。まだアマゾン川ではこの手法による大規模調査は行われていないので、どのような結果が出るか楽しみです。

―環境DNAに出会う前はどのような研究をされていましたか?

学部のときは遡上するアユの生態を調べていました。川を上がってくるアユを漁師さんに少しずつ分けてもらい、季節変化などを研究するのです。また、大学院で学位をとるまでは、琵琶湖でタモと呼ばれる、長い棒のついた網で魚を獲って調べていました。

このような魚を直接調べる方法も、もちろん意義のある大切な研究なのですが、ひとりでできることには限界があると感じていました。

そんな中、環境DNAという新しいアイデアに出会った。現在ではその技術も確立してきて、水を採取するだけで生態調査ができるようになりました。このおかげで、環境調査など、社会に応用できる可能性が広がったように思います。

研究者に大切なのは礼儀正しさ

―研究者として心がけていることがあれば教えてください。

仲間を多くもつことですね。「こんなことがこの前実験データ出てきたんだけど、なにかできないかな」と、お酒を飲みながら気楽に話せるような相手がいると発想が広がるのではないでしょうか。研究のためにと身構えるのではなく、気楽に外向きに楽しんで人と付き合っていくといいと思います。

誰の助けも必要なくひとりで成功できる天才は一握り。これからの研究者に必要なのは、人としての礼儀正しさだと思います。研究の世界も一般社会と同じように、人と人との付き合いの中で新しいものが生みだされていきます。同じテーマや同じ研究室の中だけにとどまらず、若い研究者の皆さんにはぜひ視野を広げてみてほしいです。礼儀正しく真面目に研究に打ち込んでいれば、仲間は増えていくと思います。

例えば、研究者同士のネットワークの中にいると、ちょっとしたときに思い出してもらえて、プロジェクトに誘ってもらえることがよくあるんですね。突出した能力や特技があればそれだけで誘われるかもしれませんが、同じくらいの能力の人たちのなかから共同研究者を選ぶ場合、人柄や長く付き合っていける人かどうかという基準で声をかけると思います。研究者も人間ですから。

懸命に仕事をして礼儀正しく人と付き合っていれば、困ったときに何とかしてやろうという人も現れてきます。研究者に限った話ではないですが、自分の過去を振り返るとそうしたことが大事だと強く思いますね。

―「環境DNA学会」の立ち上げにも携わっていらっしゃいますね。

立ち上げの中心であり、旗振り役になっていただいているのが、現学会長の近藤倫生先生(東北大学大学院生命科学研究科)です。「せっかくいい技術が生まれてきたのだから、質を落とさないように世の中に普及していきたい」という近藤先生の考えに共感し、人が集まっていきました。私もその一人。こうした学会を作ることで、技術の普及のみならずその質を保証する役割を果たすことも可能なのでは、と期待しています。研究者が作った技術だからこそ、その利益が研究の世界に還ってくるよう、みな一丸となって取り組んでいきたいですね。

9月29-30日には環境DNA学会の第1回目の大会が開催されます。

―今後の活動についてお聞かせください。

滋賀県の産業界と環境DNA学会をつなぎ、「環境DNA」を実社会で使えるような状況にしたいと思っています。実は、私は滋賀県出身で、長年、滋賀県や琵琶湖のためになる研究をしたいと考えてきました。ここ数年は滋賀県の行政に働きかけ、環境調査の解像度を改善させる提案もしています。まだまだかもしれませんが、生まれ故郷への恩返しに、少しずつ手応えを感じ始めているところです。

<研究者のおすすめの本コーナー> 山中裕樹編

 中高生くらいのときに開高健さんの『オーパ!』を食い入るように読んでいました。アマゾン川の魚を釣り歩く紀行本。文字だけでアマゾン川の魚たちを想像できます。それから、『論語の人間学』(守屋洋・著)も愛読書のひとつです。原文では難解な『論語』をわかりやすく解説しています。「礼儀」について考えるようになったのはこの本がきっかけかもしれません。ほかにも勇気が湧く言葉、叱咤激励してくれる言葉が数多くあり、折に触れて読み返してます。

プロフィール

山中 裕樹(やまなか ひろき)
龍谷大学理工学部 環境ソリューション工学科講師。博士(理学)。
滋賀生まれ。三重大学生物資源学部生物資源学科卒業。京都大学理学研究科生物科学専攻修士課程および博士課程修了。博士(理学)。2007年総合地球環境学研究所プロジェクト研究員、2010年龍谷大学理工学部実験助手を経て2013年から現職。
環境DNA学会の立ち上げに関わる。
研究室URL:http://www.est.ryukoku.ac.jp/est/yamanaka/index.html