<研究者インタビュー>つながり、発信し、研究する―後編―
光反応の可能性
―諸藤先生は、大学での最初の研究テーマとして、光レドックス反応を選ばれました。ブログの「研究者の研究」で、この分野の大家であるデヴィッド・マクミラン教授の仕事を分析していますが、将来こうした反応を自分も手がけてみたいという思いはあったのですか?
心のどこかでそれはあったでしょうね。会社にいたときから、大学に戻る可能性を5%くらいは考えていたので、そこでやるならこのテーマだろうと思っていました。通常の触媒ではエネルギー的にダウンヒル型の反応しかできませんが、光反応はそこを打破できるのが魅力です。
研究室のリーダーである狩野直和教授は、高原子価の典型元素化合物の研究で知られた先生です。その積み重ねてきた知見と、光レドックス反応を組み合わせる形でアイディアを考えてみました。5配位のシリカート型化合物に対して光レドックス触媒を用いることで、ラジカル種を発生させて反応を行なうというものです。シリカートとしては、Martinのスピロシランという化合物をベースとして用いることを考えており、一段階でシリカートが合成できることと、ケイ素部位を回収して何度も使えることがポイントです。
―目標とするところは?
典型元素の化学は奥が深く、面白い構造がたくさん作られていますが、反応開発などへの応用はまだまだ未開拓部分があると思っています。遷移金属触媒はもちろん強力ですが、それらにはない典型元素ならではの可能性を引き出していきたいですね。
クラウドファンディング成功の舞台裏
―さて、研究資金について、クラウドファンディング(※、以下CF)を行なわれ、成功されました。有機化学分野では初めてだったとのことですね。
(※ウェブを通じ、不特定多数の支援者を募って資金調達を行なう仕組み。ここでは、目標額に到達した場合は、支援額に応じて各種の謝礼(リターン)が支援者に返されるが、目標額に到達しなかった場合は全額が支援者に返金される方式が利用された)
何しろ前例のないことですので、自分が失敗すると、後に続く人に迷惑になりかねないという思いはありました。学内でもおそらく初めてのことでしたが、事務方も思った以上にポジティブに受け止めていただき、大学のウェブサイトでの広報など積極的な支援をいただきました。
その結果、CF開始初日に50万円の目標額に到達、最終的に155万9000円のご支援をいただきました。アカデミスト(今回利用した学術系CFサイト)では史上最速の目標額到達だったそうです。
本当にありがたく思っています。
―大成功でしたね。他に、人目を引きそうな研究テーマが多数あった中、一般にはわかりにくい研究テーマの諸藤先生が成功を収めたのは、非常に示唆的であると思います。秘訣は何だったのでしょうか?
リターンの設定には、他の学術系プロジェクトだけでなく、一般のCFの例なども調査しました。あと、ブログなどで名を知ってもらっていたことが大きかったでしょうか。主催したオフ会で会った人、会社の元同僚、研究室の後輩など多くの人から支援をいただきました。また秘訣というわけではありませんが、有機化学で初めての試みということで、ご祝儀的な意味合いも大きかったと思います。
―信頼を培ってきた結果ですね。ただCFでは、事前に研究内容を公開しますので、他の研究者に先行されてしまう可能性はないでしょうか?
それはあると思います。そこで今回の研究テーマには、これで負けるなら仕方ない、というテーマを選んだつもりです。もし特許を取得するのであれば、事前に情報公開すると障害になる可能性がありますので、その点を考慮する必要はありそうです。
発信の責任
―これからCFに挑む人にアドバイスをお願いします。
とにかくカジュアルにやってみてほしい、ということですね。障害になりそうと思っていたことが、意外にそうでもなかったりもしますし。CFについての本をずいぶん読んで調べたのですが、「よいと思った”人”に支援は集まる」ということのようです。なのでリターンの設定には、今後の人生で何としても恩を返していくことと、支援者とその後もよき仲間になることを意識しました。彼らが今後何かする時には、私も喜んで支援する。そんなよい関係を作っていきたいし、それこそがCFの一番のよさだと思います。
―単なる資金集めのツールではないということですね。将来してみたい研究はありますか?
現在は反応開発が好きで取り組んでいますが、反応に重心をおいた材料開発を行なってみたいということは思っています。この反応だからこそ引き出せる性能、この反応だからこそできる量産化、そういうものができれば素晴らしいですね。
―若手研究者にメッセージをお願いします。
炎上なども怖いので、研究情報の発信に消極的な人が多いと思います。しかし実際には非常にメリットが大きいので、自分なりのスタイルで何らかの情報を発信するのはアリだと思います。またメリット以外に情報発信を勧めたい背景は、特に化学分野が、研究内容について一般向けに十分に発信されてこなかったということです。個人的には、研究者も税金で研究をしている以上、「自分が面白いと思うからいいだろう」で終わるのでなく、自分が何を面白いと感じているかを、必死にみんなに説明したほうがいいと思っています。
―これからの研究者像を考える上で、非常に示唆的なお話であったと思います。どうもありがとうございました。
<プロフィール>
諸藤 達也(もろふじ たつや)
学習院大学理学部化学科 助教
1988年生。2016年1月京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻修了 博士(工学)(吉田潤一 教授)。2016-2018年 花王株式会社。2018年4月から現職。
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