<研究者インタビュー>時の評価に耐える研究を

<研究者インタビュー>時の評価に耐える研究を

ロールモデルとなった師

―小松先生がケミカルバイオロジーの分野を目指したきっかけは?

薬学部を選んだのは、世のためになることをしたかったというのが大きな理由です。長野哲雄先生の研究室を選んだのは、情熱的な指導ぶりもありましたし、友人に誘われたからでもあります。その後、ジョンズ・ホプキンス大学の井上尊生先生、スクリプス研究所のCravatt先生のもとに留学に行った他は、ずっと同じ研究室に所属しています。長野先生はすでに教授職からは引退され、現在は浦野泰照先生が研究室を引き継がれていますが、長野先生、浦野先生共に、創薬研究の力で医療、創薬に貢献するということを本当に真剣に考えておられ、今いつも励まされています。

―アカデミアを目指そうと思ったきっかけはありましたか?

自分は会社には向いていないと、どこかで思ったのでしょうね。研究に向いているというよりは、研究以外のことに向いていないと思ったというのが正確かもしれません(笑)。また、やはり長野先生の影響は大きいです。研究哲学においても、学生の指導などについても、「あのようになりたい」と心から思える先生です。

―研究のインスピレーションを得るのはどんな時ですか?

やはり研究室で、雑談をしている時にふっと浮かぶことが多いと思います。ゲルをサイの目に切る発想も、学生と話している時に出てきました。また、学会で違うジャンルの実験系など見ていると、思わぬヒントが得られたりもします。なので、あまり関係ない分野のポスター発表を眺めて回るのが好きですね。

―そうした友人や環境があることが、非常に重要ですね。

最近行なっている共同研究は、「さきがけネットワーク」という研究制度から生まれたものです。これは、「さきがけ」に採択された研究者が、期間終了の後に違う分野のパートナーを見つけて申請することで、1年半期間を延長して共同研究ができるというものです。パートナーとなった渡邉力也さんとは、「さきがけ」を管轄している科学技術振興機構(JST)の方が「こういう研究をしている人がいるから、話をしてきては」と紹介して下さった縁で知り合いました。思いもかけなかったコラボレーションですが、非常に刺激になっています。

―そうした目利きのできる方がおられるのですね。どのような成果が出ていますか?

共同で、酵素の検出限界を大幅に上げる研究を進めています。先ほど言った通り、現在の技術で検出できる酵素は0.1ng程度にとどまってしまいますので、酵素の分子数に換算すると1億分子ほどを必要としますが、これを1分子あれば検出できるようにするというものです。具体的には、非常に微小なチャンバーを作って、希釈したサンプルを加えることで、ひとつのチャンバーに理論的に1分子だけが入るようにするという方法論を使っており、たとえ1分子でも、酵素が多数の蛍光プローブを変換すれば、検出が可能になります。

我々の側も、赤・青・緑に蛍光を発する蛍光プローブを同時に利用することで、複数の酵素を検出できる方法を考案しました。また、蛍光プローブの分子にカルボキシ基を付加させて水溶性を上げる工夫を合わせて、感度を大幅に向上させることに成功しました。がんの早期診断につながると期待しています。

―素晴らしいコラボレーションですね。

渡邉さんと、飲み会で「こういうことができないか」という話で盛り上がったことがあったのですが、その後すぐにデバイスを作っていただき、そのまま新しい共同研究が始まったことがありました。実行力があって、とても尊敬する研究者です。ちなみにその仕事は3ヶ月ほどで論文になり、驚いたことを覚えています(笑)。最近では、ひとつの分野で完結するほどサイエンスが単純ではなくなっていますので、オープンマインドでどんどんいろいろなことをやっていくことができればと思っています。

万古の心胸を開拓す

―いま、注目している分野はありますか?

やはり人工知能(AI)は気になります。スマートに使いこなしていて感心する論文もありますが、最初からAIに頼る研究が増えてしまうと、自分で考える力のない研究者が育つことになってしまわないか心配になります。とはいえ必須の技術になるのは間違いないですし、何よりこれから研究をスタートする世代の人が、AIを自然に取り入れた新しい形の研究を始められる可能性があるというのは、とても羨ましく思うところです。

その他、生物物理学分野も注目しています。生物学者、化学者、物理学者はそれぞれ違うレベルで生物を見ていて、我々がしているのはせいぜい2つの分野の隙間を埋めることくらいです。私が主におこなっている「ケミカルバイオロジー」の研究は、化学と生物の間に跨っていますが、ここに物理の視点が加わると、より本質的なものの見方ができるのではないかと思います。例えば、このタンパク質にリン酸基が結合した(化学)、構造が変化して新たな相互作用が生じた(物理)、細胞のシグナル伝達が起きた(生物)という現象をそれぞれ個別の視点からのみで論じるのでなく、細胞の中で起きることとして包括的に記述する学問はできないか、と考えたりします。そうした時、生物物理学分野との協働は、非常に強力なのではと思っています。

図.生物に対する生物学者、化学者、物理学者の見方の違いと学問領域(小松先生作成)

―小松先生が目指す研究者像はどのようなものですか?

そうですね……。自分自身のアチーブメントよりも、他人にどういう影響を与えられるかが重要と思っています。少々気恥ずかしいのですが、「一世の智勇を推倒し、万古の心胸を開拓す」という言葉を座右の銘にしています。西郷隆盛が好きだった言葉だそうです。

―どういう意味合いでしょうか?

自分の一代での評価は重要ではなく、後世の人々にも影響を広く与えるようなことを成すべきだ、という意味です。論文というものは後世に残ってしまうものですから、いま多少評価されることよりも、後々の人が読んで「これは意義のある論文だ」と感じてもらえる研究―そういうものを送り出せる研究者が、今の理想像です。

<プロフィール>
小松徹(こまつとおる)
東京大学大学院薬学系研究科 薬品代謝化学教室 特任助教
1981年生。2009年 東京大学 大学院薬学系研究科 博士課程 修了(長野哲雄教授)。2008-2009年 日本学術振興会 特別研究員(DC2)。2009-2010年 日本学術振興会 特別研究員(PD)(井上尊生助教授/米国 Johns Hopkins大学)。2010年 日本学術振興会海外特別研究員(Benjamin Cravatt教授/米国 Scripps研究所)、2010年から現職。2013-2016年 独立行政法人 科学技術振興機構(JST)さきがけ 個人研究者兼務。