<研究最前線>平山祐-細胞内の「危険物」鉄イオンを追跡せよ

<研究最前線>平山祐-細胞内の「危険物」鉄イオンを追跡せよ

「フリーの鉄」の危険性

よく知られている通り、鉄はヘモグロビンや各種酸化還元酵素に含まれ、生体において不可欠な役割を演じています。このため人体内には常に4~5グラムの鉄が存在しており、最重要なミネラルのひとつです。

しかし一方で鉄イオンは、タンパク質に結びついていない状態では酸化力・還元力が強く、細胞に傷害を与えてさまざまな疾患の原因ともなりうることが知られています。

岐阜薬科大学の平山祐准教授は、この「レドックス活性鉄」を検出する蛍光プローブを開発し、各方面から注目を受けています(論文「Fluorescent probes for the detection of catalytic Fe(II) ion」)。その意外な発見の経緯、思わぬ分野への応用などを語っていただきました。

―平山先生が研究されている「レドックス活性鉄」とはどのようなものですか?

生体内の鉄イオンは、ヘモグロビンに結びついて酸素を運搬したり、シトクロムP450などの酵素の補因子として機能したりするなど、その多くはタンパク質に結びついた形で存在しています。しかしごくわずかな量は、タンパク質に保護されず、酸化還元を受けやすい形で存在しており、場合によって酸化ストレスなどの原因にもなります。こうした鉄イオンを、レドックス活性鉄と呼んでいます。

―レドックス活性鉄は、単純にタンパク質から漏れ出た鉄イオンなのでしょうか?

いえ、体内で生理作用を担う、必要な存在です。ただし少しでも濃度変動を起こすと、活性酸素を発生させて細胞傷害を引き起こし、がんなどの遠因ともなります。

―鉄は不可欠の栄養素ですが、危険物でもあるんですね。

共同研究している医学部の先生は「女性は貧血を起こしやすいのである程度鉄分が必要ですが、男性は意識して摂る必要はない」とおっしゃっていました。食事から自然に得られる量だけで十分で、サプリメントなどで過剰な鉄分を摂るのはかえって良くないとのことです。

訪れたブレイクスルー

―レドックス活性鉄イオンの追跡は重要ということですが、どのような経緯でこの分野に入られたのでしょうか?

実はきっかけは偶然です。2010年ごろ、生体内で硫化水素がシグナル分子として働いていることが判明し、話題になっていました。そこで、これを検出できる化合物を創ろうとしたわけです。

強い蛍光を放つローダミンBという試薬のアミン部分を酸化し、N-オキシドとした化合物RhoNox-1を設計しました。この化合物では、N-オキシドの電子求引性によって共役系が切れ、蛍光は失われています。そこに還元力がある硫化水素が来ると、このN-オキシドが還元されて元のローダミンBを遊離し、蛍光を発するようになるだろうという考えです。

その結果、弱いながら硫化水素との反応性を示す蛍光が観測されました。そこで、他の生体物質が影響しないか調べてみたところ、鉄(Ⅱ)イオンによって非常に強い蛍光を発することがわかったのです。

鉄(Ⅱ)イオンがN-オキシドを効率よく還元し、ローダミンBが発生すると考えられます。しかも、鉄(Ⅲ)イオンや他の金属イオンには全く反応しないことがわかり、これは非常に優れた鉄(Ⅱ)イオンの蛍光プローブになるという感触を得ました。この過程はとてもワクワクしましたね。

―こうした偶然の発見を捕まえるのは、研究者の重要な能力ですね。ところでなぜローダミンBを選んだのですか?

実は、オープンキャンパスの際に、高校生への演示実験用に買っておいた試薬をただ酸化して使ってみたところ、うまく行ってしまったのです。その意味で、非常にコストパフォーマンスのよい研究ですね(笑)。その後、他の蛍光試薬を同様にN-オキシド化することで、性質の異なるプローブを創り出しています。

異分野への展開

―その他、このプローブはどのように研究展開していますか?

たとえば、ミトコンドリア内だけで光るプローブを作製しました(論文「A mitochondria-targeted fluorescent probe for selective detection of mitochondrial labile Fe(II)」)。ミトコンドリアに親和性が高いトリフェニルアルキルホスホニウム部位を、RhoNox-1に結びつけたものです。ヘムは、ミトコンドリア内でプロトポルフィリンⅨに鉄が挿入されて作られますが、そのプロトポルフィリンⅨの合成を阻害すると、ミトコンドリア内に鉄イオンが蓄積することが示せました。

また、2012年に「フェロトーシス」という、鉄イオンが関与する新たな細胞死の形態が報告されましたが、まだ詳細は未解明です。最近我々は、研究室で開発した3種の試薬を組み合わせることで、フェロトーシスの際にリソソーム及び小胞体で鉄イオン濃度が異常に上昇することを確認しました(論文「Organelle-specific analysis of labile Fe(II) during ferroptosis by using a cocktail of various colour organelle-targeted fluorescent probes」)。オルガネラレベルでフェロトーシスの機構に迫ったのは、これが初めてになります。

―ケミカルバイオロジーというのは、このように化合物をツールとして、生命現象を解明していく分野ということなのですね。

2つの大きな流れがありまして、ひとつはおっしゃられたような、ケミカルツールで生命現象を解明していくアプローチ。もうひとつはケミカルジェネティクスと呼ばれるもので、化合物ライブラリを用いてスクリーニングを行ない、細胞の表現型の変化を観察することで、新たな生命現象を見つける、あるいは解明していくというものです。

―開発されたプローブは、鉄イオンを追跡する非常に有力な武器ですが、その他の応用はあるのでしょうか?

医学部など異分野の研究者にも、たくさん我々の試薬を使っていただいています。珍しいところでは、ある材料分野の研究者から、劣化検査に使いたいということで共同研究の申し出をいただきました。このように、全く思いもよらぬ可能性を引き出していただけるのは、コラボレーションの醍醐味ですね。

―シンプルで優れた試薬は、応用の可能性も広いということですね。その他、この研究の目指す大きなゴールはどのあたりでしょうか?

鉄の量のコントロールは生体にとって重要なのですが、今はサプリメント(主にクエン酸鉄)で摂取するとか、キレーターで除去するといった、いわば乱暴なアプローチしか行われていません。トランスポーターに作用する化合物を創って、精密に鉄の量をコントロールできるなら、それは医薬にもなりうると思っています。鉄イオンを見ることはできるようになってきたので、今度はそれをコントロールしてみたい、そして医薬創出に結びつけたい、というのが現在の目指すところです。

プロフィール

平山 祐 (ひらやま たすく)
岐阜薬科大学 薬化学大講座 薬化学研究室 准教授。
1980年生。2009年3月京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(山本行男 教授)。2008-2010年 日本学術振興会特別研究員(DC2およびPD)。UC BerkeleyのChristopher J. Chang研究室での博士研究員を経て、2010年より岐阜薬科大学薬化学研究室 助教。2016年より現職。

岐阜薬科大学 創薬化学大講座 薬化学研究室のHP