製薬分野の最新トレンド「中分子創薬」とは

製薬分野の最新トレンド「中分子創薬」とは

創薬のパラダイムシフト

医薬品研究は極めて進展の速い世界であり、次々に新しいトレンドが訪れます。かつては、微生物を培養してその生産物から有効な物質を探す、「発酵創薬」が重要な地位を占めていました。しかし1980年代ごろからは、有機合成の手法によって化合物をフラスコ内で合成し、システマティックに改良してゆく「合成創薬」が主流を占めるようになります。

これらの手法はもちろん今も行なわれていますが、21世紀に入ってやや行き詰まり、分野によっては新しく認可される医薬の数が減少しているのが現状です。

これに代わって登場したのが、抗体医薬をはじめとしたバイオ医薬です。これらは、バイオテクノロジーを用いて生産された、抗体などのタンパク質を医薬として利用するものです(ウイルスや細胞を用いる治療法もバイオ医薬に含まれますが、現在のところタンパク質が主流を占めます)。

これらバイオ医薬には、がんやリウマチなど、今まで難病とされてきた疾患に対しても優れた効果を発揮するものが多く、医療を大きく変えつつあります。ほんの10年ほど前には、医薬品のベストセラー上位は合成医薬が占めていましたが、今やトップ10のほとんどがバイオ医薬に取って代わられています。

ただし、バイオ医薬には弱点もあります。遺伝子技術を用いて製造するため、コストが非常に高くつくこと、またタンパク質であるため経口投与ができないこと、サイズが大きいので細胞内には基本的に入っていけないことなどです。このためバイオ医薬の標的となりうるのは、細胞表面の受容体などに限定されます。治療可能な疾患も限られており、合成低分子医薬ほどの広がりを持ちえません。

中分子医薬のメリット

こうした現状を打ち破る新たな手法として、「中分子医薬」が脚光を浴びています。これまでの合成低分子医薬は分子量が約500以下、タンパク質では数万~数十万程度でしたが、中分子医薬は分子量500~2000程度と、両者の中間に位置します。

中分子医薬にはいくつかのタイプがあり、オリゴヌクレオチドを医薬として用いる「核酸医薬」なども盛んに研究されています。ここでは、ペプチド骨格を持った「ペプチド医薬」の展開をご紹介しましょう。

ペプチドも、この程度のサイズですと化学合成が可能であり、樹脂上でアミノ酸を連結させてゆく「ペプチド固相合成法」(Solid-Phase Peptide Synthesis, SPPS)が現在主流の合成方法となっています。この方法を開発したロバート・メリフィールド教授は、この功績で1984年にノーベル化学賞を受賞しています。

といっても、このサイズの化合物は生体膜を通過しにくく、細胞内にはなかなか入り込めないというのが今までの常識でした。また、分子が大きくなると一般に合成ステップが増え、製造コストが増大するのも問題です。

しかし、これらの課題を解決しうる化合物群が登場しました。いくつかのアミノ酸が大きな環状骨格を成した「環状ペプチド」がそれです。アミノ酸はタンパク質の構成成分ですから、環状ペプチドは一般に標的タンパク質に対する親和性が高く、高活性のものが作りやすいといえます。

また環状骨格であることによって、分子全体のコンホメーション変化は大きく制限されます。フラフラと頼りなく動く鎖状ペプチドよりも、しっかりと形の決まった環状ペプチドの方が、標的タンパク質に結合しやすく、また細胞膜を透過して細胞に入り込みやすいことは、感覚的にも理解していただけると思います。また環状ペプチドは、その特殊な形状のためにプロテアーゼのターゲットになりにくく、分解されることなく患部に辿り着くことが可能になります。

実際、11のアミノ酸が環状に結合したシクロスポリンは、分子量1200を超えるにもかかわらず良好な体内動態を示し、医薬品(免疫抑制剤)として広く活用されています。

ペプチドリームの技術

ただし、医薬品探索のためには多数の化合物を効率よく作り出す必要があります。しかし既存の有機合成の技術は、大環状化合物の合成を苦手としていました。この壁を乗り越え、多様な環状ペプチドのライブラリを高速に作り出すことに成功したのが、ペプチドリーム社の技術です。

その基礎となったのは、菅裕明教授(東京大)の研究です。菅教授は進化分子工学という技術を応用し、天然の20種のアミノ酸に限らない、好きなアミノ酸を連結させる手法を開発したのです。シクロスポリンの構成成分である、N-メチルアミノ酸やD-アミノ酸なども利用可能です。

さらに、互いに結合しやすい2種のアミノ酸(N-クロロアセチルアミノ酸とシステイン)をペプチド鎖に組み込むと、両者が反応して全体が大きな環を形成します。こうして、好きなアミノ酸から成る環状アミノ酸が合成可能になったのです。

さらに菅教授は、理論上1013種にも及ぶ環状ペプチドから、標的タンパク質に最もフィットする環状ペプチドを見つけ出す技術も確立しました。これにより、抗体なみの高い活性を示す環状ペプチドを、短時間のうちに見つけ出すことができるのです。

ペプチド創薬における各社の取り組み

ペプチドリームは、すでに世界各国の大手製薬企業と契約を結び、この技術を提供しています。提携企業の要望に応じ、特定の疾患に対して有望とみられる環状ペプチド化合物を創り出すというもので、米国のブリストル・マイヤーズ・スクイブ、英国のグラクソ・スミスクライン、日本の第一三共など、多くの企業がペプチドリームと手を組んでいます。

いくら強力な活性を持つペプチドができても、多数の患者に安定供給できねば医薬にはなりません。そこでペプチドリームは、こうした環状ペプチドの原薬を製造する合弁会社ペプチスターを、塩野義製薬・積水化学工業と共に設立しています。

また、この他にも新たなペプチド合成技術が発表されています。味の素社の「アジフェーズ」やJITSUBO社の「Molecular Hiving」は、ペプチド末端に疎水性部位を取り付けておく手法です。こうしたペプチドはある種の溶媒には可溶ですが、極性溶媒を加えると沈殿してきます。これを利用し、液相中で反応を行なった後、溶媒を変えてペプチドを沈殿させることで容易に精製ができます。いわば、液相合成と固相合成のいいとこ取りといえます。

さらにJITSUBOでは、ペプチド側鎖のアミノ基とヒドロキシ基を架橋することで環状ペプチドを作り出す、「Peptune」という技術を開発しています。低コストで自由度の高い環状ペプチドを合成する手法として、期待が集まっています。

このようにペプチド創薬は、新しい医薬ジャンルとして、急速にその形を整えつつあります。現在隆盛を極める抗体医薬の後釜となりうるのか、その研究展開が注目されます。