<研究者インタビュー> 別所毅隆 次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」、トップランナーへの歩み

<研究者インタビュー> 別所毅隆 次世代太陽電池「ペロブスカイト太陽電池」、トップランナーへの歩み

染物屋と化学者の遺伝子が反応!色付のカラフルな太陽電池

スイス・ローザンヌ工科大学、ソニー先端マテリアル研究所、東京大学先端科学技術研究センターと、太陽電池研究で最先端をいく研究所を渡り歩いてきた別所毅隆先生(東京大学先端科学技術研究センター特任講師)は、現在、産学官が協同して行う新エネルギー産業技術総合開発研究機構(NEDO)のプロジェクトに参加し、次世代太陽電池の研究のトップランナーとして走り続けています。

産学官をつなぐ分野で活躍し続ける別所先生に、研究に対する思いや若い研究者に向けたアドバイスを聞きました。

―先生が太陽電池に興味を持ったのはいつでしたか?

小学校3年生くらいだと思います。『朝日年鑑』という雑誌を父が購入してくれて、よく眺めていたのですが、そこに太陽電池の記事が載っていました。太陽の光で発電できるなんて、そんな技術があるのかと驚いたのを覚えています。当時、私は小児喘息を患っていて、車の排気ガスが苦手でした。そのこともあって、クリーンなエネルギーの太陽電池が強く印象に残ったのだと思います。

―それで太陽電池の研究者を志したのですね。

正直にいうと、子供のときは飛行機のパイロットになりたいと思っていました(笑)。なぜそんなことを思っていたのか、今となってはわからないのですが、パイロットになる夢はずっと持っていました。

父が化学者だった影響もあったのか、大学は理系の道に進んだものの、自分が研究者になるというイメージをもてず、何をやりたいのかわからない日々を過ごしていました。実験は大好きでしたが、研究者として身を立てていくことを考えたこともありませんでした。

―とても早い時期にスイスに留学されているので、昔から研究者を目指されていたのかと……。

スイスに行ったのは、導かれた、そして運がよかったからだと思います(笑)。

学部の卒業研究を指導頂いた先生は金属の腐食が専門の方でしたが、「別所は太陽電池に興味がある」ということを覚えていてくださった。それで、「太陽電池を研究させてあげるから、自分で何をやりたいか調べてきなさい」と言ってくれたのです。

そこで太陽電池について自分で調べていくうちに「色素増感型太陽電池」の存在を知り、強く興味を惹かれました。色素増感型太陽電池というのは、紫外線しか吸収できない酸化チタンの表面に色素を吸着させて、可視光にも感度を持つようにした太陽電池です。光吸収特性の異なるカラフルな太陽電池を作ることができ、光透過性も演出できることから、さまざまなデザインの太陽電池を作ることができます。

デザインされた色素増感型太陽電池

実は私の父親は光に関する研究者で、祖父は染物屋でした。光と染色に関する技術の複合、これは自分に縁があると思い込んで、色素増感型太陽電池の研究を始めることにしました。このときはまだ自分がスイスに留学するとは思ってもいませんでした。

偶然が重なって決まった留学先は世界の最先端だった

なぜスイスのローザンヌ工科大学に行ったかというと、私が学んでいた芝浦工業大学の交換留学生制度の対象校だったからです。ローザンヌの名前を見つけたときは、どこかで聞いたことがある名前だなと思っただけでしたが、後日よく調べてみたら、色素増感型太陽電池を生み出したMichael Grätzel(マイケル・グレッツェル)教授がおられる大学だということがわかりました。

偶然に選んだ分野の第一人者が、偶然に交換留学生制度の対象校にいる。こんな偶然が重なるのなら、スイスに行くしかないと思い、修士1年のときに交換留学制度を使わせてもらって、グレッツェル研を訪ねました。

―修士1年で世界の最先端の研究室に飛び込んだのですね!

言葉もしゃべれないし、知識も足りない。研究者としてあまりにも未熟だったので、大変でした。ただ、運がよいことに、当時ポスドクとして日本人の研究者がグレッツェル研におられました。伊藤省吾先生(現在は兵庫県立大学教授)という方で、日本で色素増感型太陽電池研究のトップランナーの1人が、そこに在籍していたのです。おかげで、基礎的なことの説明を日本語で教えて頂き、高いレベルで研究を続けることができました。

グレッツェル研での実験はとても楽しくて、寝食忘れて研究をやり続けました。実験が好きだったことが幸いしたのと、周囲にいた方々が良い人ばかりでいつも親切に助けて頂いたおかげで、当時としては世界最高効率の色素増感型太陽電池を作製することができ、その後の研究を続ける自信になりました。

研究室には、異なる分野の優秀な人たちがたくさんいました。コンピュータサイエンスや、有機合成、無機合成、光学、昔F1のエンジニアをやっていたという方も。そうした環境に身を置くと、自分の枠を超えた発想が与えられます。私が未熟でも、研究結果をきちんと解釈してくれる研究者がいて、こんなふうに考えたら面白いよと提案してくれたから、自分の能力を超えたところで成果として形が残されたと思います。とても恵まれた環境でしたね。

―その後、ソニー先端マテリアル研究所で研究員をされていますが、企業で研究する魅力やアカデミアとの違いについて教えてください。

企業の魅力は、設備が充実していることと、人が多いので役割分担できるということです。検討したいことが大量に出てきたときに、それらを短期間で精度高く検証することができるのが強みですね。一方、人数が多いとコミュニケーションが取りづらくなるというデメリットもあります。資料作成に多くの時間を取られがちなのも、アカデミアとの違いかもしれません。

―先生が研究をしていく上で大切にしていることは何でしょうか?

研究結果を正確に理解することです。出てきたデータが研究対象の本質に近づく面白いデータなのか、そうでないのか。それを見極めることが非常に重要です。本質とは関係ないデータなのに理解が足りなくて深入りしてしまうと、その先には良い結果は待っていません。研究者の時間は有限ですから、そこの判断力を磨くことはとても大切だと思います。

―どうしたらその判断力が身につくのでしょうか。

理解力や洞察力が優れている研究者の近くにいることが一番だと思います。優秀な先生たちが、どのような仕方で毎日を過ごしていて、どのような考え方をしているのか。それを目で見て、肌で感じること。

私がお世話になっている瀬川浩司先生(東京大学教授)には、何度も驚かされました。このデータからこういう見方・受け取り方ができるのかと、視野の広さに驚嘆です。知識量や研究者としての勘や嗅覚に加えて、洞察力が卓越しているのだと感じます。月に1回でも2か月に1回でも、世界の最先端で活躍している研究者に会える環境にいると、成長は加速するのだと思います。

―先生がいま注目している研究者はどなたでしょうか?

1人目はHenry Snath博士です。グレッツェル研にいたときに出会った研究者で、私と3つか4つしか年が変わらないのですが、現在、オックスフォード大学で教授をされています。ペロブスカイト太陽電池を初めて発表した『Science』の論文の著者の1人です。

まだ若いのに、世界で最も優れた大学のひとつであるオックスフォードで教授を務めていることは尊敬に値します。教授になるには、自分1人の能力だけでなく、他の人とうまく協同して研究を進めていく力も必要になります。そういった意味でも優れた研究者だと思います。

2人目はEdward Sargent博士です。量子ドットという材料を活用した太陽電池の最先端を走っている研究者で、カナダのトロント大学で教授をされておられます。直接の知り合いではないのですが、論文を読んだり講演会で話を聞いたりするたびに、この人は素晴らしいなと感じる研究者の1人です。論文の書き方がすごくきれいで秩序立っているのです。いつも論文を見ながら勉強させてもらっています。

―最後に、M-hubを見ている若い研究者に何かアドバイスをお願いします。

チャンスが来たときは、飛び込むことを恐れないでください。若いときの経験は、成功も失敗もありません。やりたいことが見えたら、勇気を出して一歩踏み込んでみてください。きっと、新たな世界が開けると思います。

<研究者のおすすめ本コーナー> 別所毅隆 編

司馬遼太郎『竜馬がゆく』は好きな本のひとつです。本書には、司馬遼太郎の仕事観が色濃く出ています。仕事というのは「事に仕える」と書きますが、自分のやっている物事に対して、自分が仕えるような姿勢で取り組む必要があって、誠心誠意、逃げずに、しっかりと実直に取り組む。そういう態度で臨んでいないとそれは仕事ではないのだと感じています。

(さらに、本の話題にからめ、編集部から、メルク発行の材料科学に関する情報誌『Material Matters』についてうかがったところ「ネットで材料について調べていると、よくPDFで引っかかってくるのでよく利用させてもらっています。一般に公開されているので便利ですよね」という感想をいただきました!)

プロフィール

別所 毅隆(べっしょ たける)
東京大学先端科学技術研究センター特任講師。博士(工学)。
1980年生。2009年3月芝浦工業大学大学院工学研究科博士課程修了。2009年7月スイス・ローザンヌ工科大学客員研究員、2011年10月ソニー株式会社先端マテリアル研究所研究員を経て、2015年10月から現職。

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