2ステップRT-PCRを行う前に検討すべきポイント
逆転写PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction:以下RT-PCR)は、DNAを増幅するPCR技術をRNAにまで発展させたものです。2つのプロセスから成り、最初のプロセスではRNAの逆転写を行ってRNAからcDNAを合成し、次のプロセスでcDNAを増幅します。
2つのプロセスをどのように行うかによって、RT-PCRには2つの方法があり、逆転写に続いて、増幅をそのまま同じチューブで行うのが「1ステップRT-PCR」です。これに対して「2ステップRT-PCR」では、逆転写と増幅を別々のチューブで分けて行います。
2ステップRT-PCRの利点は、逆転写、または増幅が難しいテンプレートをターゲットとする場合など、逆転写反応と増幅反応をそれぞれ最適な条件下で行うことができるという点です。
この記事では、2ステップRT-PCRを始めるにあたって、準備しておくべき装置や試薬、注意点について解説します。
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Point 1. サーマルサイクラーについて
RT-PCRに欠かせない装置が「サーマルサイクラー」です。広範囲の温度設定が可能で、プログラムにより温度調節を自動化できるものが市販されています。PCR反応では温度の上げ下げを繰り返すため、すばやく最適な温度を実現できることや、プライマーのアニールや転写のエラーを招かないよう、反応中の温度の揺れが少ないことが重要です。
また、サンプルの蒸発を防ぐために、サーマルサイクラーの蓋部分にも加熱機能があるものをお勧めします。
Point 2. 逆転写酵素について
RT-PCRの最初のプロセスでは、逆転写酵素(reverse transcriptase)というRNA依存性DNAポリメラーゼを用いてRNAからcDNAを合成します。さまざまな逆転写酵素が市販されおり、実験の目的や特性に従って適切な酵素を選ぶことが大切です。
逆転写酵素の選び方についての詳細は、RT-PCRを成功に導く5つの重要ポイントをご覧ください。
Point 3. PCR酵素について
RT-PCRの逆転写後のプロセスでは、耐熱性DNAポリメラーゼを用いてcDNAを増幅します。さまざまな酵素やキットが市販されており、目的に応じて選ぶ必要があります(表1)。標準的なPCR反応で用いられるTaq DNAポリメラーゼは3 Kbまでの配列の増幅に適した酵素です。この他にも、GC含量の多い配列に適したものや、25 kbまでの長い配列の増幅に適した酵素が市販されています。
(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p154、一部改変)
Point 4. テンプレートRNAについて
RNAテンプレートのクオリティはRT-PCRの結果に大きく関わります。最初の実験では、10 ng~5 μgのトータルRNA、または1~100 ngの精製されたRNAを使用します。
テンプレートRNAの調製の際は、以下の点に注意します。
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RNaseの除去
RNAの分解を防ぐために、できる限り新しいサンプルからRNA抽出を行います。サンプルの調製はできる限り短時間で行い、サンプルの性質に適したホモジナイズ法を選択するようにしましょう。
また、RNaseがコンタミネーションしないよう細心の注意を払う必要があります。用いる容器はすべてRNaseフリーで滅菌済のものを使用し、操作中はディスポーザブルの手袋を着用します。適宜、RNaseインヒビターを加えてください。 -
テンプレートの純度を上げる
目的の配列が効率よく得られるよう、できる限りテンプレートの純度を高くします。たとえばターゲットがmRNAの場合には、トータルRNAではなく精製したmRNAを用いることにより、増幅の可能性が高くなります。RNAの濃度が低い場合は、安定化のため、バクテリオファージMS2由来のRNA[RNA, MS2(製品番号:10165948001)]10 μg/mlを調製液に加えます。 -
酵素反応を阻害する物質を除去する
RNAの抽出過程で用いるエタノールやフェノール、SDSなどの化学物質は、逆転写や増幅反応を阻害することがあります。これらの物質がテンプレート溶液に残らないよう完全に除去してください。 -
精製後のRNAの保存方法
短期間ならば+2℃~8℃、長期間であれば‐70℃で保存します。
※RT-PCR実験で思い通りの結果が得られない場合、テンプレートRNAのクオリティに問題がある場合があります。その場合には、アガロースゲル電気泳動で確認することをお勧めします。正しく精製されたmRNAは、500 bp~8 kbの間(大部分は1.5 kb~2 kb)でスメア状に確認できます。真核生物のトータルRNAの場合には、18Sと28SのrRNAの明瞭なバンドが確認できます。
Point 5. プライマーについて
逆転写反応のプライマー
逆転写反応のプライマーは、実験の目的や方法によって異なり、以下の4種類に分けることができます。
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オリゴ(dT)nプライマー
3’末端にあるポリAテールに結合させて、完全長のcDNAを合成する目的で使います。 -
アンカーオリゴ(dT)nプライマー
5'側にあるポリAテールの開始点に結合させて、完全長のcDNAを確実に合成する目的で使います。 -
配列特異的プライマー
ターゲットの分子量が高い場合(5 kb以上)に使います。 -
ランダムヘキサマー
多種類のRNAから均等にcDNAを合成する場合に使います。
逆転写反応のプライマーの詳細は、RT-PCRを成功に導く5つの重要ポイントをご覧ください。
PCR反応のプライマー
実験結果を左右することもあるので、PCRで使用するプライマーの配列は、慎重に設計することが大切です。
設計には、プライマーの配列が反応に適しているかを確認することができる、専用のソフトウェアを利用すると便利です。インターネットで「Primer design」と検索すると、誰でも利用できる無料のソフトウェアを見つけることができます。例えば、「OligoArchitect™ Online」は、最大10000 bpのテンプレートに対応しており、リアルタイムに結果を得ることができます。
以上、2ステップRT-PCR実験を始める前に検討すべき重要なポイントについてご紹介しました。PCR実験は、テンプレートの特性や増幅したい配列の長さ、実験の特性により大きく条件が変わります。RT-PCRを行う際の条件検討の参考にしていただければ幸いです。
<参考文献>
Degen, Hans-Joachim, Ph.D.他. PCRアプリケーションマニュアル. 第3版,Roche Diagnostics GmbH, Mannheim,2006
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