薬の反応をより確実に予測する3D培養
がん治療薬開発で注目される3D培養
抗がん剤の開発では、細胞や動物モデルを用いた前臨床研究で、ヒトに効くターゲットをいかに効率よく見出すかが課題となっています。
なぜなら、開発候補品の10%しかヒトで効果を発揮できていないからです(van der Worp et al., 2010)。これまで使われてきた単層の細胞や腫瘍モデルマウスなどが、必ずしもヒトの複雑な腫瘍微小環境を反映できていないことが一因と考えられています。
そこで、この問題を解決するために、3D(三次元)培養モデルが開発されました。ハンギングドロップ法などを用いた3Dモデルシステムでは、薬への反応がより生体に近づき、より早い段階で現実に即した結果を得ることができます。
この記事では、なぜ3D培養した細胞では薬への反応性がより生体に近づくのか、「薬剤耐性」と「表現型の異質性」という点から解説します。
3D培養は薬剤耐性メカニズムを再現できる
薬の開発では、より生体に近い状態で薬の毒性や効果を確認することが重要です。3Dモデルシステムで三次元的なスフェロイドとして細胞を培養すると、同じ細胞を単層で培養したときと比べて化学療法に対する抵抗性が高まり、薬への反応がより生体に近づきます。
シスプラチンなどの化学療法は、増殖する細胞にDNAダメージを誘導し、アポトーシスを引き起こすことで抗がん作用を発揮します。ところが、スフェロイドの内側に隔離された静止細胞の群れ(quiescent population)は、シスプラチンのような薬から守られています。このためスフェロイドの外側の細胞が死んでしまっても、再び細胞周期に入って増殖することができます。つまり、あまり早く治療を終えてしまうと、「守られている」細胞によって再発してしまう可能性があり、3D培養ではその耐性メカニズムを再現できるのです。
もちろん、薬剤耐性のメカニズムは、そう単純なものではなく、薬が十分に腫瘍に浸透しないだけではありません。3D培養した細胞では、複雑な反応も確認できます。例えば、白血病細胞株を骨髄間葉系幹細胞と2Dもしくは3Dの環境で共培養すると、ドキソルビシンはどちらの細胞にも同じくらい浸透します。しかし、3D培養では2D培養と比べてドキソルビシンに対するより高い耐性を示すことが報告されています(Aljitawi et al., 2014 )。
このほかにも、すい臓がん細胞株およびすい臓がんマウスから分離されたすい臓細胞は、2D培養と比べて3D培養では薬剤耐性を高める遺伝子やmicroRNAの発現が増加していることも明らかになっています(Longati et al., 2013)。
3D培養は表現型の異質性(phenotypic heterogeneity)をとらえることができる
薬への反応を考えるときに、表現型の異質性をとらえることも重要です。
同じ腫瘍の中の細胞集団でも、増殖率、遺伝子発現、分化に変化が起こることで、形や機能が変貌することがあり、これを異質性(heterogeneity)といいます(Marjanovic et al., 2013)。表現型が多様になれば、腫瘍の生理機能も多様に変化し、ターゲッティング型の薬が腫瘍を完全に殺すことが困難になります。
ここでも3D培養は活躍します。表現型および遺伝子型の異質性は、遺伝子の突然変異と、細胞間の競合による淘汰で発生するエピジェネティックな変化により起こると考えられています(Kreso et al., 2013; Marusyk and Polyak, 2013)。細胞の淘汰は、腫瘍の成長にともなう栄養不足によるストレスや薬による治療によって引き起こされます。3D培養モデルでは、腫瘍スフェロイドに酸素と栄養の勾配が存在するため、表現型の異質性を2D培養よりも簡便に検証することができます。
さらに、まだ議論の余地があるものの、がん幹細胞(以下、CSC)も表現型の異質性に影響していると考えられています(Borovski et al., 2011)。
ごく少数ですが、腫瘍細胞が幹細胞のような特徴を示し、例えば、増殖スピードが遅かったり、自己再生ができたり、多系統に分化することができる細胞が存在するといわれています(Schiavoni et al., 2013)。
このCSCは、まれに化学療法を生き残り、再度CSCの部分集合を含む新しい腫瘍を発生させてしまうことが、3Dスフェロイドモデルや化学療法を受けている患者において報告されています(Chitcholtan et al., 2012)。そして、単層培養と比べて、3Dスフェロイドとして成長させた腫瘍細胞株では、幹細胞の特性に関連する遺伝子の発現が増加していることが確認されています(Busse et al., 2013)。
CSCの存在が決定的に証明されたわけではないものの、これらの結果は、in vitro 3D微小環境モデルが腫瘍の薬剤耐性に関与する幹細胞様の細胞集団を作り出せることを示しています。
このように、3D培養は、in vivoにおける腫瘍の薬剤耐性メカニズムや、CSCの発生や生存に寄与する微小環境の再現をすることができます。また、臨床試験や動物モデルでの試験に進む前に、in vitroで多剤併用療法を検証したり、がんの進行のメカニズムを解明したりすることも可能になります。
3D培養は、この記事で紹介した薬剤の評価だけではなく、細胞の腫瘍の発生や形態、細胞の移動や分化を理解するのに有用であったり、in vivoの生理学的環境により近く腫瘍の微小環境を模すことができるという特徴があります。3D培養を導入し、ぜひそのメリットを研究に役立ててください。
(本記事はReasons Cancer Researchers Adopt 3D Cell Culture: A Review of Recent Literatureを一部抜粋および改変し、和訳しました。)
参考文献
Aljitawi, OS et al. (2014). Leukemia & lymphoma. 55(2): 378-391
Borovski, T et al. (2011). Cancer research. 71(3): 634-639
Busse, A et al. (2013). Clinical & experimental metastasis. 30(6):781-91
Chitcholtan, K et al. (2012). Journal of translational medicine. 10: 38
Kreso, A et al. (2013). Science. 339(6119): 543-548
Longati, P et al. (2013). BMC cancer. 13: 95
Marjanovic, ND et al. (2013). Clinical chemistry. 59(1): 168-179
Marusyk, A. and Polyak K. (2013). Science. 339(6119): 528-529
Schiavoni, G et al. (2013). Frontiers in oncology. 3: 90
van der Worp, HB et al. (2010). PLoS medicine. 7(3): e1000245
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