がん細胞の特性を知るための3D培養
3D培養でがん細胞の特性を知る
抗がん剤の開発では、これまで2D(二次元)の平面培養で成長させた細胞株を用いてさまざまな研究が行われてきました。しかし、2D培養は生体内の環境とは大きく異なり、複雑な腫瘍微小環境を反映できていないことが問題となっています。
そこで、この問題を解決するために、3D(三次元)培養モデルが開発されました。ハンギングドロップ法などを用いた3D環境で培養した細胞は、がん細胞の本来の特性を再現することができます。
この記事では、3D培養された「リアルながん細胞」の特性を、形態や細胞の移動、分化という観点から解説します。
3D培養では腫瘍の発生と形態を学ぶことができる
3D培養で細胞を増殖させると、増殖率や形態が変化し、腫瘍の発生と形態を学ぶことができます。以下に、それぞれ見ていきましょう。
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増殖率
2D培養では、がん細胞は平面の上で比較的一定の速さで増殖します。しかし、同じ細胞を3D培養すると、部位により増殖率が異なってきます。具体的には、三次元的な細胞のコロニー(以下、スフェロイド)の外側でより早い細胞分裂が起こります(Lin and Chang, 2008)。
そのメカニズムとしては以下の3つが考えられています。
・スフェロイドにおける酸素/栄養/成長因子の濃度勾配(Lin and Chang 2008)
・細胞外マトリクス(以下、ECM)由来の細胞間におけるシグナリングの変化(Kim et al., 2011, Tibbitt and Anseth, 2012)
・間質細胞からの影響(McMillin et al., 2013)
この結果、3D培養を行うと、全てではないものの、いくつかのがん細胞株では増殖率が緩やかになることがあります(Chitcholtan, et al., 2013; Longati et al., 2013; Lee et al., 2013; Zschenker et al., 2012)。
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形態の変化
2D平面上での細胞培養は、接着できる表面がひとつしか存在しないため、細胞の一端のみが固相に接着でき、逆側は細胞と接触できない環境を強要することになります。そのため、細胞の極性が固定されてしまい細胞の形状が変化し、最終的には細胞の機能が変化してしまいます(Baker and Chen, 2012)。
3D培養した腫瘍細胞株では、それらの細胞が由来する腫瘍の種類を彷彿とさせる形態になります(Lee et al., 2013)。例えば、OAW42卵巣上皮がん細胞を3D培養すると、十分に分化した(グレード1)漿液性卵巣腫瘍をよく模した形態となります。さらに、いくつかの腫瘍で見られるような石灰化した円形状の構造である砂粒腫が含まれていることが確認できます。一方で、2D培養では、そのような組織学的な変化は見られませんでした。
また、Matrigel®などのECM系ハイドロゲルを用いた3D培養への反応の違いから、各臓器に発生する悪性腫瘍の性質の違いや微小環境が細胞にどのように影響を及ぼすかを観察することもできます。
具体例を挙げると、Matrigelで包埋された前立腺がんおよび乳がんの培養細胞株は、スフェロイド状もしくは星細胞状のいずれかの形態を示し、浸潤細胞となります(Harma et al., 2010)。ところが、子宮内膜がんや大腸がんの細胞株を用いた同様の実験では、浸潤を予測できる形態をとることはできませんでした(Chitcholtan, et al., 2013; Luca et al., 2013)。
このように、3D培養は腫瘍の形態を学び、似たような組織、またそうでない組織で発生する腫瘍の系統の違いを理解するために有用です。
3D培養で細胞を増殖させると遺伝子の発現と細胞の挙動が変化する
3D培養のもうひとつのメリットは、細胞の移動や分化を検討できることです。
3D培養で成長した細胞は、単層で培養されたときと比べて、多様な遺伝子発現パターンを示します(Myungjin Lee et al., 2013; Luca et al., 2013)。また、ECMと間質細胞の相互作用により細胞内のシグナルトランスダクションが変化し、独特な転写因子の活性化を認めます(Bellis et al., 2012)。
前述の通り、3D培養した細胞はこれらの遺伝子発現の変化により、細胞の形態や増殖率、薬剤耐性が変化し、よりリアルながん組織となります。このような遺伝的な変化はやがて、腫瘍の進行度と密接にかかわる細胞の移動や分化に影響を及ぼします。
実際に、正常なヒト気管支上皮細胞を2D培養すると、コンフルエントな単層を形成するまで増殖を続けますが、Matrigelを使った3D培養では、腺房という内腔を含む特徴的な腺構造に分化することが観察されています(Wu et al., 2011)。また、何種類かの異なる肺がん上皮細胞株でMatrigelを使った3D培養を行うと、播種した細胞数に対してより多くのスフェロイドを形成します。
このように、3D培養で成長した腫瘍細胞の性質の違いは明白であり、3D環境で細胞を増殖させるだけで、正常の細胞とがんへ形質転換した細胞を区別できる可能性があります(Fessert et al., 2013)。また、細胞の移動を検討するときに、これまで使われてきたBoyden chamberシステムや単層スクラッチアッセイよりも、Matrigelを使った3D培養では、臨床という観点でより意義がある検討を行うことができるのです(Burgstaller et al., 2012)。
3D培養のリアルながん細胞は、このほかにも薬の反応がより生体に近づいたり、in vivoの生理学的環境により近く腫瘍の微小環境を模すことができるという特徴があります。3D培養のリアルながん細胞を活用すれば、これまでとは違った発見ができるかもしれません。
(本記事はReasons Cancer Researchers Adopt 3D Cell Culture: A Review of Recent Literatureを一部抜粋および改変し、和訳しました。)
ECM系ハイドロゲル
詳細は「3次元細胞培養技術の種類とその特徴」で解説しています。
参考文献
Baker, BM and Chen CS. (2012). Journal of cell science. 125(Pt 13): 3015-3024
Bellis, AD et al. (2013). Biotechnology and bioengineering. 110(2): 563-572
Burgstaller, G et al. (2013). PLoS one. 8(5): e63121
Chitcholtan, K et al. (2013). Experimental cell research. 319(1): 75-87
Fessart, D., H. Begueret, et al. (2013). The European respiratory journal. 42(5): 1345-1356
Harma, V et al. (2010). PLoS one. 5(5): e10431
Kim, SH et al. (2011). The Journal of endocrinology. 209(2): 139-151
Lee, MJ et al. (2013). Laboratory investigation. 93(5): 528-542
Lin, RZ and Chang HY. (2008). Biotechnology journal. 3(9-10): 1172-1184
Longati, P et al. (2013). BMC cancer. 13: 95
Luca, AC et al. (2013). PLoS one. 8(3): e59689
McMillin, DW et al. (2013). Nature Reviews Drug discovery. 12(3): 217-228
Tibbitt, M. and Anseth KS. (2012). Science translational medicine. 4(160): 160ps124
Wu, X, et al. (2011). American journal of respiratory cell and molecular biology. 44(6): 914-92
Zschenker, O et al. (2012). PLoS one. 7(4): e34279
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