がん研究で3D培養を行うメリット
がん治療薬開発の課題
抗がん剤の開発候補品のうち、ヒトでの治療効果が認められるものはどのくらいあるのでしょうか。実は意外と少なく、研究者たちの悩みの種となっています。
抗がん剤の開発では、ヒトに投与する前の前臨床研究でさまざまな病態モデルを使い、発症メカニズムの研究とその治療法のスクリーニングが行われています。
研究者たちが考案した多様なモデルにより、がんの発症や進行について多くのことが明らかになり、画期的な治療薬が誕生してきました。
一方で、モデルを用いてin vitroやin vivoでのさまざまな評価をクリアしているにもかかわらず、開発候補品の90%がヒトで治療効果を発揮できていません。第3相臨床試験に進み、安全性と効果を証明される化合物となると、ほんの5%程度です(Hutchinson and Kirk, 2011)。
つまり、従来の前臨床研究は多くの時間の浪費とコストを生み、究極的には効果的な治療法の発見を遅らせているのです(van der Worp et al., 2010)。
そこで登場したのが、3D(三次元)培養です。抗がん剤開発における、これまでの前臨床モデルの問題点と3D培養の利点について解説します。
これまで使われてきた、がんのモデルの問題点
理想的な前臨床のモデルとはどういうものでしょうか。ひとつには、比較的安価でハイスループットのスクリーニングに応用できることが挙げられます。そして、何よりも大切なのが、ヒトの腫瘍により生理学的に近い様相を反映することです。では、これまで多用されてきたがんのモデルはこれらの条件を満たしているのか、見ていきましょう。
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細胞株
最も単純で、よく用いられるがんのモデルは、ヒトや動物の腫瘍より得られ、培地の中で培養された平らな単層の細胞株です。
この二次元的な(2D)培養では、細胞は人工的なプラスチックやガラスといった固相に接着しており、他の細胞とは外縁で触れあっているのみとなります。また、酸素、栄養、排出物の勾配は存在しないため、細胞の環境は生体とは異なり、均一となっています。
細胞外マトリクス(以下、ECM)でコーティングされたディッシュを用いた培養や、2種類以上の細胞を一緒に培養する共培養は、より生体内に近い状態となりますが、平らな表面では細胞が立体的な構造を形成するのを妨げてしまいます。つまり、プラスチックの表面に平らな層として成長した細胞は、生体内の微小環境を反映していないのです。
腫瘍細胞株を2Dで培養することで、これまでがんのメカニズムに関して膨大な量の知識を得られたことは確かです。しかし、第3相臨床試験の段階で95%が脱落するという結果(Hutchinson and Kirk, 2011)を見れば、抗がん剤の開発モデルとしては不十分であると考えられます。
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動物モデル
動物モデルは、ヒトの腫瘍が一個体全体の中でどのように作用するかを見ることができます。主に腫瘍細胞を移植したり、ヒトに近い腫瘍を発生するよう遺伝子発現を操作したりしたマウスが使われています。
一見、このようなモデルはヒトの病気を模しているように思えます。しかし、広くスクリーニングに使われているこの高額な動物モデルを用いても、抗がん剤の開発に失敗してきました(Aggarwal et al., 2009; Hait, 2010; van der Worp, et al., 2010)。さらに、脳や腎臓、皮膚など、がんによっては適格な動物モデルが現状、存在していません(Steele and Lubet, 2010)。
動物モデルの失敗の理由はまだ完全には明らかになっていません。失敗の理由を追求することで、病の進行プロセスの理解を深めることができる可能性はありますが、現時点ではこれらのモデルは投資に見合うだけの治療法を生み出していないことは明らかです。
3D培養の可能性
そこで、臨床試験に臨む前に実施する、探索とスクリーニングのためのin vitro実験と、効果と安全性の検討に用いる in vivo実験の間のギャップを埋めるために、3D培養モデルが開発されました。
in vitroで腫瘍を再現するには、腫瘍を構成する全ての要因を再現することが必要です。生理学的環境下では、細胞は常にECMやほかの細胞とコミュニケーションをとりながら、細胞遊走やアポトーシス、転写の制御、受容体の発現といった複雑な生物学的機能をコントロールしています。しかし、2D培養では、これらの細胞とECMの間の複雑なシグナルのやりとりが再現できません。
ハンギングドロップ法を用い三次元的に培養された細胞は、この問題を解消します。そのメリットは大きく以下の5つです。
- 細胞の増殖率や形態の変化により、腫瘍の発生を理解できる
- より生体に近い状態で薬への反応を確認することができる
- 表現型の異質性をとらえることができる
- 細胞の移動や分化を理解することができる
- in vivoの生理学的環境により近く、腫瘍の微小環境を模すことができる
もちろんヒト臨床試験を実施する前に、動物モデルを使って有効性や毒性の評価をすることは必要です。しかし、げっ歯類とヒトでは生理機能が違うため、ヒトの複雑な腫瘍微小環境を反映できていないことがあります。
一方で、3D培養のメリットを生かした前臨床試験を行えば、がんの理解を深め、何よりも2Dスクリーニングでは見つけることができなかった、より生理学的に効果のあるターゲットを見つけ出すことができます。
3Dモデルシステムの確立は、より早い段階で現実に即した結果を得ることができるため、実験に費やされる時間とコストを必ずや大きく節約してくれるのです。
ラボのレパートリーに、3D培養を加えてみるのはいかがでしょうか。コストを節約しながら、より早く新しい発見をすることができるかもしれません。
(本記事はReasons Cancer Researchers Adopt 3D Cell Culture: A Review of Recent Literatureを一部抜粋および改変し、和訳しました。)
参考文献
Aggarwal, BB et al. (2009). Biochemical pharmacology. 78(9): 1083-1094
Hait, WN. (2010). Nature reviews drug discovery. 9(4): 253-254
Hutchinson, L and Kirk, R. (2011). Nature reviews clinical oncology. 8(4): 189-190
Steele, VE and Lubet, RA. (2010). Seminars in oncology. 37(4): 327-338
van der Worp, HB et al. (2010). PLoS medicine. 7(3): e1000245
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