タンパク質の凝集を防止する非界面活性剤NDSBのすすめ
タンパク質実験のお助けパウダーNDSB
せっかく苦労してタンパク質を精製したのにNMRスペクトルを測定してみたら、サンプルが凝集していて分離したシグナルが得られなかった…そんな経験はありませんか? また、タンパク質の濃縮をしていたら途中で凝集して失敗した人もいるかもしれません。そんなときに役に立つのが界面活性剤に似た機能をもつNDSBです。 この記事では、構造生物学の専門家である群馬大学教授・若松馨先生の寄稿文をもとに、タンパク質実験のお助けパウダーNDSBの性質や使い方のコツについて説明します。
こんな時に使ってみたい――NDSBが使える実験リスト
NDSBはタンパク質の凝集を防ぎ、安定性を向上させる化合物です。開発当初は、未変性タンパク質の等電点電気泳動実験で用いられてきましたが、近年では可溶化・結晶化・安定化など、広範囲の分野で有用な試薬として知られています。 では、具体的にNDSBがどのような実験で役に立つのかを見ていきましょう。
①低イオン強度下でタンパク質の変性・沈殿を防止する
高濃度の塩で核から抽出した核タンパク質をイオン交換クロマトグラフィーで精製するためには脱塩する必要がありますが、脱塩してイオン強度が低下すると核タンパク質は沈殿してしまいます。このとき、透析バッファーに1MのNDSBを添加しておくと、沈殿を防止することができます。NDSB-201を用いた場合、可溶性の核タンパク質の回収率は無添加時の37%から95%にまで上昇するという報告があります。NDSB-211の場合は88%まで上昇するそうです。
②タンパク質の熱や酸による変性を防止する
酵素のように熱や酸が加わると機能を発揮しなくなるタンパク質にNDSBを加えておくと、変性を防止することができます。NDSB-195を添加すると、ブタ心臓リンゴ酸脱水酵素の熱変性温度が20℃以上も上昇したという報告があります。また、βガラクトシダーゼは酸性(pH4.6)でインキュベーションすると、中性に戻しても活性が低下してしまいますが、酸性にしたときにNDSB-195や-201を加えておくと、活性の低下を抑制できます。
③膜タンパク質の抽出効率を向上させる
plasmacytoma細胞の膜画分を界面活性剤で可溶化するときに1MのNDSB-201を添加しておくことで界面活性化剤による膜タンパク質の可溶化率が上昇するという報告があります。またNDSBは抽出された膜タンパク質の抗原性を保持する作用もあります。ただし、すべてのタンパク質の抽出効率が上がるわけではなく、むしろ抽出効率が下がるタンパク質もあるので注意が必要です。
④タンパク質のリフォールディングを促進する
NDSBはタンパク質のリフォールディングを促進します。リフォールディングは、凝集体形成として起こるため、NDSBを添加して凝集を防止すると、その代わりにリフォールディングの促進が起きると考えられています。 例として、卵白リゾチームは1.1 mg/mLという高濃度ではリフォールディングをさせても2%しか活性が戻りませんが、1.3 MのNDSB-201、-221、-256を加えておくと30%まで活性が戻ります。
⑤タンパク質の結晶化を促進する
NDSBは結晶化にも有用です。NDSBが0.5~1M程度の濃度になるようにバッファーを調整してタンパク質溶液に用います。例として、P3-X63-Ag8細胞のミクロソームのタンパク抽出において、NDSB-201の添加によって抽出効率が顕著に向上したという研究結果が報告されています。
NDSBの特徴とタンパク質凝集を防ぐメカニズム
NDSBには次のような特徴があり、特定の条件下では界面活性剤を使うよりも有利にタンパク質実験を進めることができます。
①両性イオンである
通常の生化学的pHの環境で、NDSBは1分子内に正電荷と負電荷の両方をもつ両性イオンです。プラスとマイナスの両方の電荷を同じ数だけもっているため、正味の電荷はゼロになります。そのため、イオン系界面活性剤よりもタンパク質の変性を起こしにくく、非イオン系界面活性剤よりも強力な凝集防止作用があります。
②pHを変えない
NDSBはバッファーのpHを変えずイオン強度も上げないため、イオン交換クロマトグラフィーや電気泳動を妨害しないという長所があります。
③ミセルを形成しない
NDSBは疎水基が小さく疎水的結合力が乏しいため、ミセルを形成しません。そのため、透析やろ過で容易に除去できます。 NDSBがタンパク質の凝集を防ぐメカニズムについては、以下のような可能性が考えられています。
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両性イオンのNDSBが電荷中和効果を発揮してタンパク質が静電的に結合して凝集するのを防いでいる
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タンパク質の疎水性部分に結合することで、疎水性同士が集まって凝集してしまうのを防いでいる
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タンパク質の構造が不安定な部分へ結合することで構造を安定化させ凝集を防止する
ほかにもいくつかの仮説がありますが、実はまだNDSBがタンパク質の凝集を防ぐメカニズムは完全には解明されていないのです。さらなる研究の発展が期待されます。 それでは次にNDSBを実際に使うときの選び方と使用上の注意点を紹介します。
NDSBの選び方と使用上の注意点
NDSBにはいくつかのバリエーションがありますが、ファーストチョイスとしてはNDSB-195がおすすめです。NDSB-195は化学的に安定性が高く、UV吸収性も極めて弱いという長所があるからです。次におすすめなのが、NDSB-201です。NDSB-201は比較的安価で有用なNDSBです。ただし、光と塩基に対して分解性があること、強いUV吸収性をもつため、これらの点には注意する必要があります。また、目的のタンパク質との相性によっては、ほかのNDSBのほうがうまくいくこともあるでしょう。 NDSBを使用するときは、以下のことに注意しましょう。
使用濃度
まず 0.5 Mから始めることをおすすめします。0.5 Mで充分な効果が観察できれば濃度を徐々に下げていきましょう。まだ、「0.5 Mで改善が見られたが、もうちょっと何とかしたい」という場合は 1.0 M、1.5 Mと上げていきます。ただし、0.5 Mで全く効かなければ,その時点であきらめて、他の方法を検討した方がよいでしょう。
NDSBを添加するタイミング
一旦形成された凝集体に NDSBを加えても、可溶化しない場合があります。その場合でも、凝集体ができる前にNDSBを入れておくと濃縮したあとも沈殿が生じないことが多いようです。貴重なサンプルを扱う場合は、濃縮前から入れておいた方がよいでしょう。
結晶化に必要な濃度
タンパク質の結晶化を促進するために必要なNDSBの濃度は 375 mMという報告や600 mMという報告があるため、0.5 Mから始めるのが適当でしょう。NDSBを添加するとタンパク質の溶解度が上がるため、沈殿剤の濃度も上げる必要があります。NDSBを加えていない時に比べて、1.3~2.0倍の濃度が必要です。 以上、NDSBの性質と活用法を紹介しました。タンパク質が凝集して困っているという方は、一度試してみてはいかがでしょうか?
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