<インタビュー>牧田直大―京大発の技術でiPS細胞由来心筋細胞の社会実装を
iPS細胞由来心筋細胞の早期実用化を目指して
京都大学出身の牧田直大さん。学部時代の専攻は土木工学で、そのまま大学院の工学研究科に進みました。ところが、あるきっかけから、代表取締役社長CEOとしてバイオベンチャー「株式会社マイオリッジ」を立ち上げます。現在24歳。果たしてマイオリッジとはどんな会社なのか、起業のきっかけや、事業への想い、難しさと面白さについていろいろ聞いてみました。
―「マイオリッジ」について教えてください。
京都大学発の特許技術を用い、iPS細胞由来心筋細胞を作製しているバイオベンチャーです。従来、iPS細胞から他の臓器へと分化誘導するために、複数のタンパク質や血清を使う必要があります。マイオリッジでは、高額なタンパク質を使わず、低分子化合物を組み合わせた培養液を使用するため、製造コストが低くロット間均一性に優れ、かつヒトの成熟心筋細胞に近い性質を持っています。
現在は大きく分けて3つの事業を展開しています。「iPS細胞由来心筋細胞の販売事業」、「分化誘導や研究受託、技術のライセンスアウト事業」、「再生医療製品の開発・製造・販売」です。自社で開発した培養技術や心筋凍結保存方法などの特許化も進めているところです。
―耳に残る社名ですね。
マイオリッジは心筋細胞、つまり心臓の筋肉を提供する会社。ですから、会社名には「筋肉」を入れたかったんです。ムキムキで強い心筋細胞を作ろう、と。筋肉を愛するプロフェッショナル集団ですね(笑)
「マッスル」では直接的すぎるので、生物学用語で筋肉を表す「マイオ」を会社名に入れようということになりました。他にマイオを社名に持つ会社があったため、最終的に「隆起」という意味を持つ「リッジ」をつけて、「マイオリッジ」になりました。ロゴマークは力こぶをイメージしています。
キャリアステージの変化のタイミングは身近にある
―iPS細胞の世界に飛び込むきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、ブラジリアン柔術でした。
僕が入学した当時、京都大学のキャンパス周辺には立て看板がたくさんありました。そこに、緑色の下地に黄色い文字で「ブラジリアン柔術初心者大歓迎」と書かれた看板があったんです。僕は中学生の時に柔道をしていて、大学に入ったら総合格闘技をやろうと決めていたので、これだ!と思いました。看板に書いてあった電話番号に思い切って電話をかけたら、その電話に出たのが現在マイオリッジの技術顧問を務めていただいている南一成先生だったんです。
出会いからずっと、南先生のことは格闘技の先生だと思っていました。先生は平日と休日合わせて週4回は練習をしていましたから。学部4年生の時に、「iPS細胞の研究をしているんだけど、アルバイトに来ないか?」と先生に言われて、そのとき初めて、先生がiPS細胞の研究者だと知ったのです。iPS細胞由来の心筋細胞の新技術を確立させた、すごい先生だったんですね。
―南先生の研究室では、どんなアルバイトをされていたのですか?
培養液を替えたり、心筋細胞を蛍光顕微鏡で見て変化のデータを取ったりしていました。データ管理にはエクセルを使っていたのですが、エクセルだとあまりにも時間がかかるし、取れるデータ量にも限りがありました。それなら自動で解析できるソフトウェアを作ろう、と思い立ち、3日間ほどでプログラムを書きました。出来上がった画像解析ソフトを先生に見せたら「これは便利だね!」と喜んでもらいました。
僕の専攻は土木で、研究室ではGPSを使って地殻変動を解析するといったプログラムを書いていました。ですから、プログラムを書く、システムを作る、ソフトウェアを開発するということは特別なことではありませんでした。僕が実験の手伝いをして内容を知ることができたからこそ、ニーズに合ったソフトを開発できたのだと思います。異分野が交わることで新しいものが生まれる面白さを知りました。
―牧田さんは学生時代から起業に興味があったのでしょうか?
いえ、起業するなんてまったく思っていなかったです(笑)学部3年生の時に就職活動をしましたが、大学院に進んで修士号を取ってから、国土交通省や大手鉄道会社に就職できたらいいなぁとぼんやり考えていたんですね。しかし、修士1年生のとある夏の日のことです。僕が培養液の交換をしていたら先生が横に立っていて、「牧田くん、ベンチャーを立ち上げようと思うんだけど、社長をやってみないか?」って突然聞いてきたんですよ。
ベンチャーを立ち上げることも、経営を任せられる人を探しているという話も初耳で、本当に驚きました。ですが、「やります」とその場で即答しました。南先生を尊敬していましたし、先生の研究に対する熱意や研究の意義、技術の将来性も感じていましたから。僕が即決したことで、今度は先生が驚いていましたね(笑)
―すごい決断力ですね!
ここで「はい」と言っておかないと、先生は他の人に声をかけるだろうととっさに考えたのです。だから、詳しいことは、後から考えようと思っていました。人生を振り返ると、このように誰かのやりたい事に巻き込まれることが多いのですが、それがいい方向に作用しているなと感じます。「巻き込まれ力」とでも言いますか。起業することも経営者になることも想像していなかったわけですが、巻き込まれたおかげで貴重な体験ができています。受け身の姿勢ですが、受け身だからこそ、何事にも真摯にポジティブに取り組めるのだと思います。
バイオベンチャーとは、社会実装に向かう一つの手段
―牧田さんが経営者として心がけていることは何ですか?
たくさんありますが、ひとつ挙げるとしたら、発言には気を付けています。資金調達のためのプレゼンテーションで、大失敗したことがあるんです。一人の投資家に「年末ジャンボ宝くじみたいだね」と言われたときに、僕が未熟だったこともあって勢い余って「そうですね!」と答えてしまって。
そんなことを言うのは代表として失格だと叱っていただきました。個人投資家やベンチャーキャピタルは、マイオリッジの未来に期待して投資をしてくださるわけですから、宝くじなんて言ったらダメなんです。それ以降、特に事業に関する発言には気を付けています。
―牧田さんはとても若くして経営者になられたわけですが、会社の中でもかなり若いほうですよね。
はい、2番目に若いです。社会人経験がないまま代表になったので、まだまだ力不足なことが多いです。しかし、必要になれば社内のメンバー、社外の方々がサポートしてくれます。頼ったら助けてくれる人がいる、とても恵まれた環境にいると思います。たくさんのことを学びながら、ひとつずつスキルアップしていきたいですね。
社員に対して心がけているのは、「責任と権限の一致」です。その人がどの範囲でどのようなことができるのかという権限と、何をしなければいけないのかという責任を一致させることを意識しています。それを意識し続け、風土として根付かせることができれば、組織としてうまく回っていくと考えています。
―経営のやりがい、モチベーションはどのようなところにありますか?
南先生の技術から生まれたマイオリッジの心筋細胞だけでなく、iPS細胞全体が実用化に向かっています。新しい技術が社会実装されていく、この流れを僕が止めてはいけないという責任感はあります。身に余るほどの大事な事業を任されていると思っています。プレッシャーもありますが、その分、やりがいも大きいです。
何十年、何百年という歴史を持つ会社を尊敬しています。歴史の長さは、社会に価値を与え続け、役に立ち続けてきたことを意味するわけですから。それは並大抵の努力ではないと思います。マイオリッジもそうした歴史ある会社にしていきたい、この想いがモチベーションになっています。
―若手の研究者に、バイオベンチャーで働くということについて、おすすめできるポイントがあれば教えてください。
バイオベンチャーの世界にいると、新分野に挑戦している意欲ある人との出会いが増えます。大手企業の方とやりとりするときも、マイオリッジに興味を持ってくださる方はこれから始まる新規の部署に所属されていることが多いので、とてもアクティブです。「おもしろそうだね!やろう!」と、興味を持って大きなポテンシャルで進めてくれることが多いですね。このように、さまざまな人に刺激を受けながら、世の中の役に立つ新しい技術を広めていく仕事は、やりがいがあり、自分を成長させてくれます。
僕は研究者としてこの世界に入ったわけではないので、答えになるかはわかりませんが、選択肢をいくつかもっておくことは、研究者にとって必要なことではないかと思います。アカデミアの道だけでなく、起業で研究する道もあるし、バイオベンチャーで働くという道もある。研究以外のところで自分の能力を生かす道もあると思います。どの選択肢がいいかは人それぞれの考え方がありますが、複数の選択肢があると視野が広くなって自分らしい生き方ができるのではないかと思います。
やりたいと声をあげれば、助けてくれる人は必ずいます。自分発のアイデアですべてを引っぱっていく必要もないですし、研究者が必ずしも社長である必要もないと思います。僕も巻き込まれながら、いまのポジションにいるわけですから。
バイオベンチャーが、研究者がやりたいことをやるためのひとつの有力な選択肢になっていけばいいですね。
プロフィール
牧田 直大(まきた なおひろ)
1993年8月11日生まれ。京都大学工学研究科中退。在学中に、マイオリッジの技術顧問である京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の南一成氏(現大阪大学)の研究室にてiPS細胞の研究支援を行う。2016年3月に京都大学を卒業後、取締役CTOである末田伸一氏(京都大学iPS細胞研究所所属)と共に、南氏の研究成果を創薬支援や新薬開発に役立てるべく、同年8月に株式会社マイオリッジを設立。
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