クロスカップリング反応の基礎
有機合成における重要な反応、クロスカップリング反応とは
有機合成化学において、炭素-炭素結合の生成は常に最重要なテーマです。ただし炭素と炭素を結合させるのは一般に難しく、多くの場合高温や強塩基などの強い条件を必要とします。こうした条件は化合物の他の部分にも悪影響を与えやすいため、複雑な化合物に対しては使いにくくなります。
いわゆるクロスカップリング反応は、そうした難点の少ない有用な合成反応です。これらは各種の官能基が存在する中でも問題なく進行し、反応条件も温和なので、化合物の他の部分を傷めません。このため、複雑な天然物や機能性化合物の合成にも広く用いられ、医薬品や機能性材料の工業スケール合成にも利用される優れた反応です。
クロスカップリング反応の形式は単純で、有機金属化合物と有機ハロゲン化物が、遷移金属触媒の存在下で結合するというものです*1。触媒としては、パラジウムやニッケルの錯体が最もよく用いられ、通常0.1~5mol%程度の触媒量で十分反応が進行します。近年では研究が進み、これ以外にもさまざまな基質が利用可能になっていますが、基本形は下に示す形の反応です。
クロスカップリング反応の歴史においてランドマークとなったのは、1972年に報告された熊田-玉尾-Corriuカップリングです。グリニャール試薬とハロゲン化アリールを、ニッケル錯体を触媒として結合させるもので、異なるユニットを選択的につなぎ合わせる「クロスカップリング」の概念を確立しました*2。
さらに根岸英一は、パラジウムを触媒とし、有機亜鉛化合物を用いる根岸カップリングを報告し、パラジウムの優位性を示しました。その後、スズを用いる右田-小杉-Stilleカップリング、ホウ素を用いる鈴木-宮浦カップリング、ケイ素を用いる檜山カップリングなどが続々と報告されています。また、アルキン類のカップリングには、触媒として銅塩とパラジウム錯体を併用する、薗頭カップリングが非常に有用です。
1990年代からは、ハロゲン化アリールとアミン類、フェノール類などをクロスカップリングさせる反応が大きく進展し、アリールアミンやアリールエーテルの合成に大きな進展をもたらしました。これらは開発者の名をとって、Buchwald-Hartwig反応と呼ばれます。
ノーベル賞受賞!鈴木-宮浦カップリングの利点
これら多彩なクロスカップリング反応の中でも最もよく用いられるのは、有機ホウ素化合物を用いて炭素-炭素結合を形成する、鈴木-宮浦カップリングです。通常は有機ホウ素化合物はパラジウム触媒に対して不活性ですが、有機アミン類や炭酸カリウムなどの無機塩基を加えることでクロスカップリングが容易に起こるようになります。これは単純に見えて、巨大なブレイクスルーでした。
一般に、炭素-炭素結合生成反応は、湿気や酸素が反応を妨害するため、これらを反応系から除くために高度な実験技術や器具を必要とします。しかし鈴木-宮浦カップリングはこのような制約がなく、水を溶媒としてさえ反応が進行します。また、基質となる有機ホウ素化合物は安定で長期保存ができ、廃棄物も水溶性で除去容易な上、毒性も低いなどの長所を併せ持ちます*3。クロスカップリング反応は溝呂木-Heck反応と共に2010年ノーベル化学賞の対象となりましたが、これら鈴木-宮浦カップリングの優れた特性が受賞の決め手になったといって差し支えないでしょう。
鈴木-宮浦カップリングで結合させる基質としては、アリール基、ヘテロアリール基やアルケニル基など、sp2炭素を持つものがよく用いられます。ハロゲン化アルキルやアルキル金属化合物も利用可能ですが、副反応を起こして収率が低下することがあるため、場合によって条件に工夫が必要になります。
猫の手も借りた開発?Buchwald配位子の登場
クロスカップリング反応の触媒としては、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)(Pd(PPh3)4)などの錯体が広く使われてきました。しかしBuchwaldとHartwigは、ホスフィン配位子の構造を工夫することによって、クロスカップリング反応の反応性を大きく高めることに成功しています*4, *5。塩化アリールや、立体障害の大きい基質など、旧来の配位子では反応しなかった基質も、これらの配位子を使えば温和な条件でクロスカップリング反応が進行します。
Buchwaldは、ビフェニル骨格を持ったホスフィン配位子が特にクロスカップリング反応に有効であることを示し、膨大な数の配位子を報告しています。それらにはDavePhos、JohnPhos、XPhosなどの名がつけられており、これはBuchwaldの研究室で開発に当たった研究者の名が取られたものです。RuPhosという配位子もあり、これはBuchwald教授の飼い猫Rufusの名にちなんだものなのだそうです*6。
ただしこれらのうち、用いたい基質に対してどれが一番有効であるのか、予測は簡単ではありません。そこで、これら配位子をまとめて検討できる、スクリーニングキットなども発売されています。
また、いくら条件を検討しても、触媒自体が空気酸化などで失活していれば、よい結果は決して得られません。失活した触媒は褐色などに変色しますので、ある程度までは見た目でも判断できます*7。クロスカップリング反応の操作自体は比較的簡単ですが、こうしたコツを知っておくことが、反応を成功させるために重要といえるでしょう。
参照元
*1, 2, 3, 4 「クロスカップリング反応 基礎と産業応用」 シーエムシー出版
*5 Mauger, C. C.; Mignani, G. A. Aldrichimica Acta 2006,39, 17
*6 最新の触媒化学:学術的な発見から産業への応用(ウェビナー)
*7 クロスカップリング反応のための Pd 触媒・配位子 アプリケーションガイド
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また、「クロスカップリング反応のためのPd触媒・配位子ガイド」は、Buchwaldリガンドも含む製品リストで、各反応への適合性チェックリストがついていて便利です。
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