<研究最前線>ケミカルバイオロジー研究が拓く新技術―標的タンパク質分解

<研究最前線>ケミカルバイオロジー研究が拓く新技術―標的タンパク質分解

狙ったタンパク質を分解する新しい技術

サリドマイド催奇性の原因因子として見つかったセレブロンは、ユビキチンリガーゼを構成するタンパク質のひとつです。東京医科大学の伊藤拓水准教授は、セレブロンがサリドマイドの催奇性だけでなくがん細胞の増殖抑制のメカニズムにも関わることを発見しました。

さらに、セレブロンの性質を用いれば、狙ったタンパク質を分解することができると伊藤先生は語ります。新たな創薬の可能性も広がるセレブロンの利用について、詳しくお話をうかがいました。

参考:サリドマイド催奇性はどのようにして解明されたのか

―サリドマイドやサリドマイド誘導体であるレナリドミドとポマリドミドに続いて、先生が注目したのはCC-885という化合物です。これはどういう性質のものでしょうか?

これもサリドマイド誘導体で、レナリドミドに近い構造をもった化合物です。レナリドミドはイソインドリノンにアミノ基が結合したものとグルタルイミドから成りますが、CC-885はインソインドリノンに尿素が付加してメチルクロロフェニル基が連結しています。

図. セレブロンと結合するリガンドの構造(DBCLSより)

CC-885は急性骨髄性白血病の細胞株においてサブナノモルオーダーで抑制作用を示すという、サリドマイドやレナリドミドにはない性質をもっています。作用機序が解明されれば急性白血病の治療薬の開発につながる薬物です。この化合物を作った米国のセルジーン社が、私の所属研究室の教授である半田先生(当時は東京工業大学、現在は東京医科大学)に共同研究をもちかけ、私が担当することになりました。

CRISPR-Cas9系を用いてセレブロンを欠損した急性骨髄性白血病株を作製したところ、CC-885の増殖抑制作用がほとんどみられなくなったことから、CC-885の標的はセレブロンであることが確認できました。

次に、CC-885がセレブロンを介して分解している分子を探索し、GSPT1というタンパク質を同定しました。GSPT1はmRNAの終止コドンに結合する複合体のサブユニットで、酵母では細胞の増殖に欠かせないタンパク質です。CC-885がセレブロンを介してGSPT1を分解することで抗がん作用が発揮されることがわかったのです。

―セレブロンはリガンド(この場合はCC-885)によって分解する相手を変えるということでしょうか?

そのとおりです。CC-885が結合すればGSPT1を分解し、レナリドミドが結合したときは、イカロスやカゼインキナーゼ1αなどの腫瘍性タンパク質の分解を誘発し、抗がん効果をもたらします。

つまり、どのリガンドがどのタンパク質を分解するのかが明らかになれば、セレブロンは狙ったタンパク質を分解するツールになり得るのです。CC-885はセレブロンに結合するだけでなく、標的タンパク質GSPT1にも結合することで、少量で標的を分解することができることもわかりました。このように、分解したいタンパク質とセレブロンのようなユビキチンリガーゼの構成分子をつなぐことができれば、標的を効率よく分解できます。

こうしたアプローチに使用される分子は、PROTAC®(proteolysis targeting chimeras:タンパク質分解誘導キメラタンパク質)と呼ばれています。標的とユビキチンリガーゼをつなぐキメラタンパク質PROTAC(※)を人工的に作成し、細胞内から標的タンパク質を排除するのです。

(※)メルクではPROTAC分子設計のためのツールPartial PROTACを提供しています。

―標的タンパク質を阻害するのではなく、消してしまうというのは画期的な技術ですね。

新薬の標的になり得なかったタンパク質も、セレブロンの機能を使えば標的として設定することが可能になります。また、これまでは、標的に結合するだけで阻害も活性もしない化合物は役に立ちませんでしたが、PROTACを用いる場合は、結合するだけの化合物も重要になってきます。

このように自分の発見が応用され、多くの人に使われるようになったことは研究者として非常にうれしい経験でした。研究の成果が論文上に留まらず、多くの人の研究の参考になったり、実験ツールや医薬品が生まれたりするなんて、研究を始めたときは全く想像していませんでした。

ケミカルバイオロジーが切り拓く新たな可能性

CC-885は人工的に合成した、細胞には存在しない化合物です。これがなければセレブロンの意外な一面を知ることはできませんでした。生命現象について、わかっていないことはまだまだありますが、このように化合物が引き起こす反応も調べていけば、まだいくらでも新しい発見が可能だと思います。手つかずの鉱脈や油田が存在しているようなものです。

これからは異分野融合が重要になります。ケミカルバイオロジーも異分野融合ですし、これからは情報科学も駆使していく必要があります。これは若い人の得意分野でしょうから、情報科学の知識をもった人が分子生物学で活躍してほしいと思います。

―伊藤先生はどうして今の分野を選んだのでしょうか。

自分のやりたい道を選んできたというよりは、出会った人の影響が大きいです。もともと生物学に強い興味があったわけではありません。中学生のときは社会科が好きで、歴史が得意でした。

高校生になってから、意外に簡単で楽しいと感じたのが数学でした。社会科も相変わらず好きでしたが、数学が面白くなったので理系の進路に進むことになり、父親のすすめで東工大を受験することにしました。

生物の勉強をしていないのに、生命理工学部を選んでしまったのも人からの影響です。たまたま行った予備校の受験合宿で東工大の生命理工学部の人に出会い、「これからの生物学はDNAが解読されて物理や数学ができる人が活躍するんだ」とそそのかされました(笑)

もともと歴史で暗記をしたり年表などで体系づけて理解することは得意だったので、生物も同じような方法で知識を吸収していきました。

大学の研究室選びのときも特にやりたいことはありませんでしたが、半田宏教授に出会って、この人のもとで勉強してみたいと思い、この道に入りました。それからセレブロンを発見し、今に至っています。

こうして振り返ってみると、出会ったものを楽しんできた結果が今の私をつくっています。出会ったものを面白くするしかないし、たとえそれが嫌なものだったとしても後悔では終わらせない。昔に戻りたいと思うのではなく、明日はさらに良い日だと思える人生でありたいですね。

―最後にM-hub読者にメッセージをお願いします。

研究者というのはいつでも勉強し直すことが求められる職業です。私は数学が得意だったのに、生物の実験ばかりしているうちに若い人に及ばなくなってしまいました。これからは情報科学の技術は欠かせませんから、自分より若い人から教わる必要があります。今、20代の人も、40代や50代になったら同じことが起こります。次の世代の20代から教わる必要が出てくるのです。

技術はどんどん進化していきます。またポジションが変われば求められることも変わっていきます。どれだけ優れた成果を過去に出しても、それだけにしがみついていたら必ず生き残れなくなるでしょう。

常に勉強し直さなくてはいけないということは、逆にいえば、まだまだ自分を成長させることができるということです。私は全く勉強ができなかった過去があるので、昔の自分と今の自分を比べるとうれしくなります。

他人と比べて落ち込むことはほとんどありません。どれだけ努力しても一生勝てないような人が存在するのは当たり前です。なぜ自分はそんな人に生まれなかったのかと考えるのではなく、自分のような人間が、こんな人と話せる場所まで来られたことを素直に喜びます。ここまで来られたのなら、まだまだ先へ行けると自分を鼓舞するのです。

研究の道は厳しい世界なのは間違いないですが、私がここまで生き残れてきたのは、新しい出会いに自分を全力投球していったからかもしれません。前向きにポジティブに、自分を信じて研究を続けてください。

<プロフィール>
伊藤 拓水(いとう たくみ)
東京医科大学医学部准教授。
2010年東京工業大学大学院生命工学研究科にて博士号取得。同年同大学ソリューション研究機構ソリューション研究員、2012年同大学生命理工学研究科特任助教。2013年より東京医科大学講師を経て、2016年より現職。

PROTAC® is a registered trademark of Arvinas Operations, Inc.

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