<研究最前線>触媒で編み出す100年来の新体系

<研究最前線>触媒で編み出す100年来の新体系

新たな体系を作りたい

2018年、有機化学分野の若手研究者に与えられるベイダー賞の受賞者の一人に、佐藤弘規博士(当時テキサス大学オースティン校)が選ばれました。佐藤博士はこの成果を引っさげ、2019年より名古屋大学のトランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)の博士研究員として、新たな一歩を踏み出そうとしているところです。今回はその佐藤博士に、受賞対象となった研究と、今後の展望について伺いました。

―受賞対象となった研究について教えて下さい。

0価のルテニウムを触媒として用いた、[4+2]型などの環化付加反応です。形式的には、環化付加反応で基質として働くオレフィンやアルキンなどの不飽和化合物の代わりに、飽和な1, 2-ジオールを用いたような反応です。実際には、1, 2-ジオールから不飽和結合への水素移動を経て、ルテニウム触媒による環化が起こると考えています。

―非常にユニークな形式の反応ですが、どのように発見されたのでしょうか?

私の留学先であったテキサス大学オースティン校のKrische研では、こうした水素移動を伴う炭素-炭素結合生成反応を多数開発していました。環化付加型の反応も、私が行く3年ほど前に原型となる研究が行なわれていましたが、あまり面白くないと思われたのか、それ以上研究はされていませんでした。しかし、私はこれは面白そうと思いました。

―面白いと思われたのはどのあたりでしょうか?

Diels-Alder反応をはじめとした環化付加反応は100年近く研究されてきていますが、1, 2-ジオールのような飽和化合物を用いる例はほとんどありません。これは新しい反応の体系になりうると思いました。そこで、今まで有機金属化学分野でよく使われていた基質を試してみたところうまく行くものが多く、総説(Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 3012-3021)を書けるほどになりました。環化付加反応という非常に昔から研究されてきた分野に一石を投じられたのではと思っています。今後、ジオール部分の代わりに他の化合物を使うなど、誰かがこの体系をさらに拡げてくれることを期待しています。

芳香環構築への展開

―応用展開をどのように進めていますか?

この反応は、分子内に臭化アリール部位を含んでいても影響せず進行します。また、[4+2]型付加環化反応の生成物は、酸処理で容易にベンゼン環へ変化します。これらを利用し、多環式芳香族炭化水素(PAH)の構築(Chem. Sci., 2018, 9, 7866-7873)や、芳香環のみでできたケージ状骨格の形成に成功しています(J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 2455-2459)。

―論文に出ない苦労などありましたか?

PAHなどは、Krische研究室ではほとんど手がけたことがなかった化合物でした。このためどのような分子がおもしろいのか、合成が難しいのか、といったサイエンスの部分から始まり、PAH化合物の精製や分析といった技術的なことまで全くノウハウがなく、このジャンルの先駆者であるKlaus Müllen先生や伊丹健一郎先生の論文をずいぶん調べました。質量分析に必要なMALDI-TOF/MSは研究室にはなく、生物系の研究室にあるものを使わせてもらったりなど、あちこち駆けずり回りながらデータを集めねばならなかったのは大変でした。

有機合成の未来

―ところで、有機合成というジャンル自体が行き詰まり気味なのではないか、全く新しいものが出てこなくなっているのではないか、といった声を近年聞くようになりました。このあたり、どう感じていらっしゃいますでしょうか。

有機合成の使いみちを、天然物合成や医薬品合成に限ってしまった場合、大きなブレイクスルーはないかもしれません。であれば、今まで有機合成が使われていなかった分野に挑戦していくべきかと思います。たとえば電池など、今まで無機化合物しか使われていなかった分野に、有機化合物で参入していくというのがそのひとつでしょう。パイを奪い合うのではなく、広げていく仕事をしたいと思っています。

―最近は、有機合成分野にも人工知能(AI)の活用が広がっていますが、どう受け止めていますか?

AIが反応を全部予測してくれると楽ですね(笑)。AIが研究者の仕事を奪うという脅威論もありますが、むしろうまく使いこなすことで、研究者ができることを広げてくれるのではと思っています。反応や試薬のデータベースの普及が、研究を効率化してくれたのと同じと思います。

―この先やってみたいことは?

新しい反応、新しい化合物をやってきたので、次はやはり新しい物性ということで、すでに研究を進めています。未知の領域に挑むのは楽しいのですが、やはり今までの自分のバックグラウンドと照らし合わせて、物性や超分子のエリアになると思います。

―新たな研究拠点として、伊丹健一郎先生の研究室を選ばれました。

研究をするのはどこの国でもよかったのですが、何しろ私のPAH研究はいわば我流で、後追いの仕事でした。やはり領域をリードする仕事をしたいと思うので、それにはパイオニアである伊丹先生の研究室だろうと。最先端の手法や発想を学びたいと思っています。

―伊丹先生も「スーパースターの卵」と述べるなど、佐藤さんに大いに期待されているようです。我々も今後の研究成果を心待ちにしております。

シグマアルドリッチのルテニウム触媒

ルテニウム触媒は、クロスカップリング、C-H結合活性化、アルケンおよびアレーン活性化、およびトリフルオロメチル化などの反応を促進する光レドックス触媒  や、オレフィンメタセシス反応の Grubbs触媒など、幅広い用途で活用されています。シグマアルドリッチでは 数多くのルテニウム触媒 の取り扱いがあります。また、 触媒に関する技術的なお問合せ も受け付けております。

 

プロフィール

佐藤 弘規(さとう ひろき)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)博士研究員
1990年生。2013年3月東京大学理学系研究科化学専攻 理学部化学科卒業(中村栄一 教授)。2018年12月テキサス大学オースティン校化学科博士課程修了(Prof. Michael J. Krische)。2016-2018年 独立行政法人日本学生支援機構 海外留学支援制度(大学院学位取得型)。2019年1月から現職。2019年4月より日本学術振興会特別研究員(PD)。

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