医薬品におけるフッ素の役割とは
よく使われている医薬品にはフッ素が入っている!
歯磨き粉やテフロンなど身近に使われているフッ素ですが、実は医薬品の開発でも鍵となる元素です。
2012年度の世界の大型医薬品売上ランキングでは、トップ10に入っている3つの低分子医薬品すべてにフッ素が含まれています。全体でみても、1991~2017年の27年間に発売された878種類の医薬品のうち143種類、実に16%にフッ素が含まれています。この記事では、医薬品におけるフッ素の役割について解説します。
<2012年度の世界の大型医薬品売上ランキングトップ10に含まれる含フッ素医薬品>
4位 サルメテロール/フルチカゾン※(喘息治療薬)
※フッ素はフルチカゾンに含まれている
5位 ロスバスタチン(高脂血症治療薬)
10位 シタグリプチン(糖尿病治療薬)
困ったときのフッ素だのみ
医薬品の開発では、より効き目(活性)が高く、安全性に優れた医薬品になるようリード化合物にさまざまな改良が加えられます。
このとき重要なことのひとつが、化合物を分解されにくくすることです。生体内ではシトクロムP450と呼ばれる代謝酵素により薬が代謝され、別の化合物へと変換されてしまいます。そこで、これらの代謝酵素にすぐに分解されず、代謝安定性の高い化合物にする必要があります。
また、薬の標的となる酵素や受容体とより強力に結合させることも必要です。標的となる酵素や受容体の立体構造を解析し、どの部分に電荷を帯びているか、どこにどのくらいの大きさのポケット(くぼみ)があるかなどを解析し、より結合しやすい化学構造にしていきます。
有機化学者はこれらの点を踏まえ、元素を置換したり、官能基を導入したりして、理想の化合物を作り上げていきます。このとき、有機化学者の間でささやかれるのが「困ったときのフッ素だのみ」。フッ素を導入すると活性が上がることが多く、フッ素は薬の効き目をよくしたいときによく使われます。その要因をみていきましょう。
なぜフッ素を導入すると活性が上がるのか
“Fluorine, a small atom with a big ego”(サイズは小さいが極めて個性豊かなフッ素)という言葉に表されるように、フッ素には特異な性質があり、活性を向上させる最も有効な手段の一つとなっています。
- 水素の次に原子サイズが小さい
フッ素原子のファンデルワールス半径(結合していない原子同士が近づける最短の距離)は水素と同じくらいであるため、化合物の一部の水素をフッ素に置換しても生体が区別することができず、同じ標的(酵素や受容体)に認識されます。これをミミック効果といい、この効果を利用してフルチカゾンなど20種類以上の含フッ素ステロイドが誕生しました。抗がん剤のフルオロウラシル(5-FU)にもこの効果が利用されています。
- 電気陰性度が強く、炭素と強く結合する
フッ素は、すべての元素の中で最大の電気陰性度をもつため強力に電子を引きつけます。また、炭素–フッ素結合は結合力が強く、酸化的代謝に対する安定性が向上するため(ブロック効果)、薬の効果が持続します。
- 疎水性が変化する
フッ素を導入すると疎水性が変化し、一般的に脂溶性が向上し体内に吸収されやすくなります。
含フッ素医薬品は、①のミミック効果により炭素ー水素結合を炭素ーフッ素結合に変換しても生体内では区別されないため、②や③の性質によって代謝的に安定な薬剤を生体内に送り込むことができるのです。
このようなフッ素の性質を利用し、各分野で幅広く含フッ素医薬品が開発されています。薬効別では、皮膚科用剤、抗菌薬、抗がん剤、神経系薬にとくに多く、2000年以降に発売されたものでは、代謝性疾患治療薬(糖尿病、高脂血症など)に積極的に用いられています。
また、医薬品に含まれるフッ素を、陽電子を放出する同位体「
ただし、一筋縄ではいきません。フッ素を含む天然化合物はごくわずかしかなく、そのほとんどが単純な構造をしていることから分かるように、フッ素は取り扱いが難しい元素です。有機合成に携わる化学者のたゆまぬ努力や技術革新の結果、難しいフッ素化反応が可能になり、多くの有効な含フッ素医薬品が誕生したのです。さまざまな可能性を秘めたフッ素の活躍、今後もさらに楽しみですね。
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