<研究者インタビュー>丹羽節―有機化学で生命科学の新たな道を切り開く

<研究者インタビュー>丹羽節―有機化学で生命科学の新たな道を切り開く

異分野の研究者たちと交流を

理化学研究所生命機能科学研究センターでは、複数の異分野の科学者たちが協同してさまざまなプロジェクトが行われています。この記事では、有機化学の手法を駆使して新たなPETプローブの開発などに取り組んでいる理化学研究所生命機能科学研究センター分子標的化学研究チームの丹羽節副チームリーダーに、他分野と共同する面白さや有機化学の魅力についてお話を伺いました。

―異分野の研究者と交流するメリットについて教えてください。

メリットと言えるかどうかわかりませんが、単純に異分野のひとと話していると楽しいですね(笑)

僕のいるこの建物の中はほとんどみんな共同研究者という状態です。よく一緒にお酒を飲みに行ったりもします。ここに来たばかりのときは、知り合いがあまりいなかったのですが、お酒が好きな人が多かったので仲よくなるのは早かったです。自分の分野に近い化学の人ではなく、生物学者など他の分野の人に積極的に声をかけていきました。

他分野の人と気兼ねない席で話していると、化学で解決できそうな課題がごろごろ出てくるんです。また、視野が広がって、自分の研究していることも別の視点から研究意義を語ることができるようになります。

―他の分野の人となかなか交流が広がらなくて悩んでいる人にアドバイスを。

数打てば当たる方式でどんどん当たっていく方がいいと僕は思います。もちろん、他分野と交流したい人ばかりではないので、ときには面倒くさがられることもあるかもしれませんが(笑)様子をうかがっているよりは、動いた方がいいと思います。どこかに他の分野の人としゃべりたがっている人が、きっといるはずです。

僕も修士のときまでは、他の分野の知り合いはほとんどいませんでした。化学科の同期とはしゃべりますが、ほとんど研究室に引きこもり状態でした。でも、留学先のボストンで日本人のコミュニティがあって、そこでいろいろな分野の研究者に出会ったことが僕を変えました。そういうところにいる人たちなので、みんなちょっととがったことをやっていて面白い。話をしていると視野が広がっていきます。

いろいろな分野や業界に知り合いがいると、心強いですよ。今でも声をかければ共同研究がすぐにでもできるという人が何人もいて、私の支えになっています。

視野が広がるきっかけになったひとこと

―先生はもとから研究成果を応用していくことに興味があったのでしょうか。

博士課程までは純粋に化学の面白さを追い求めていました。切れにくいと言われている化学結合を切ったり、つながらないはずの原子同士を何とかしてつなげようとしたり、定説を覆すようなことに興味があって、研究をしていました。でも、博士課程の途中くらいで、この先、研究者としてやっていくために何か方向性が欲しいと思うようになりました。何かを目指して反応開発をしたいと考えたのです。

―それで留学先を決めたんですね。

いえ(笑)留学先はそこまで深くは考えていませんでした。今まで、いわゆる大御所のところばかりいたので、今度は若い先生がいいなと思い、ハーバード大学のTobias Ritterのところに行きました。当時、僕は28歳だったのですが、Ritterは6歳上でした。

Ritterのもとで研究をして数カ月くらい経った時に、僕がやろうとしていることを他の研究者が先にやって、Scienceに論文が発表されてしまったんです。それで、僕は今までやってきたことを見つめなおし、これから何をやろうかと考えることになりました。反応の種みたいなものはいろいろもっていて、組み合わせれば何か新しいものは作れそうだったのですが、そのときRitterに「それで世界は変わるのか」と言われたんです。

―世界が変わるかどうかなんて、研究をしながらあまり考えないような…。

はい、僕も考えていなかったので、これがハーバードの准教授かと思いました。もともとRitterの論文には、何かを合成したというだけでなく、PETプローブへの応用の可能性について詳しく書いてあったんです。でも、ただ受けがよくなるように書いてあるだけなのか、本気でやろうとしているのか、研究室に来るまでは判断がつきませんでした。実際に来てみると、本気でやろうとしていることがわかりました。「世界が変わるのか」という質問も素で出てくる人なんです。

それで僕も、ペーパーは出せるけど世界は変わらないよなあ…なんて考えるようになりました。

―では先生は、今は世界を変える研究を目指しているのでしょうか。

世界というとあまりにも大きいですが、僕の開発した方法で他分野の世界をがらっと変えてみたいですね。今までツールがなくてできなかったことを、化学で解決するようなことをやってみたいです。

複数の研究室を経験するメリット

―先生にとって留学は視野が広がるきっかけのひとつになったと思いますが、若い研究者のみなさんにも留学をおすすめしますか?

そうですね。留学すると見えることが圧倒的に違ってきます。でもそれは、海外だからというよりは、ラボを変えたからということが大きいです。研究室によって考え方や哲学が全然違うということを知れたことがよかったです。

論文1つにすごく時間をかけて練り上げてからしか出さないというラボもありますし、とにかくやったことに関する論文を全部出させるラボもあります。そういう研究室の雰囲気や教授の考え方の違いを知ると視野が広がっていきます。海外留学は難しいという人も、国内で研究室を移ってみるだけでもよい経験になると思います。

―進路に悩んでいる院生のみなさんに何かアドバイスをお願いします。

僕もまだ悩んでいますが(笑)、修士のときはぼんやりと博士までは行きたいなあと思っていました。博士課程の途中で、進路を考え始めました。研究は続けたかったので、企業に就職するか、留学か、国内で大学のポストを探すか迷いました。企業に行って目的志向で研究するのも、それはそれで楽しいだろうなと思っていました。

それで、当時の隣のラボの先生に相談したら、35歳までは何とかなるから好きなように選ぶべきだと言われて、「肩の力を抜いて考えてもいいんだ」と思ったんです。

学振に受かって1年留学できることになったので、とりあえずアカデミアの道を続けようかなと思い留学しました。そこからはいろいろあり、運よく今の場所にいるわけですが…アドバイスになってませんね(笑)

これと決めてしまわないで、選択肢を狭めないようにできるだけ残したまま来たということは言えるかもしれません。今も、研究分野をPETプローブの開発だけに絞ってしまわないようにしています。PETだけやっていると、PETを研究できる設備がある研究所にしか移動できず、その先の進路がかなり限られてしまうためです。

いろんな考え方やいろんな進路がありますので、たくさんの人に会って話を聞いてみるのがいいと思います。SNSや交流会などで同世代の研究者とつながって情報交換するのもおすすめです。

―最後に、有機化学の魅力を教えてください。

この世にないものをつくれることでしょうか。有機合成をやっていたら当たり前のことなのですが、他の分野の課題の解決に役立っている様を見ると、これはこの分野の魅力なのかなと実感します。PET化学をやる人はまだ少ないので、もっとたくさんの研究者が参入してきてほしいですね。

プロフィール

丹羽 節(にわ たかし)

理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)分子標的化学研究チーム副チームリーダー

1981年生まれ。東京大学理学部化学科卒業、同大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了、京都大学大学院工学研究科材料化学専攻博士後期課程修了。

日本学術振興会特別研究員およびアメリカ合衆国ハーバード大学化学・生物化学科博士研究員などを経て、2010年早稲田大学理工学術院先進理工学部化学・生命化学科 助教。2013年理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター(CLST) 分子標的化学研究チーム 研究員、2016年同副チームリーダーを経て、2018年から現職。

<研究者のおすすめ本コーナー>丹羽節 編

丹羽先生「理科に興味を持つきっかけになったのは、子どもの頃によく読んでいた図鑑のような大きな本でした。てこの原理から始まって、様々な物理現象がユーモラスに描かれていました。大学に入った後は、異分野の教科書をパラパラ見るのが好きでした。本ではなくウェブサイトですが、有機化学に興味がある人は『ケムステ』や『有機化学美術館 』がおすすめです。これは『有機化学美術館へようこそ』という本にもなっています。」