生体模倣ナノテクノロジーによる新境地:骨髄免疫細胞への高効率RNAデリバリープラットフォームの創出

生体模倣ナノテクノロジーによる新境地:骨髄免疫細胞への高効率RNAデリバリープラットフォームの創出

核酸医薬の新たな領域への挑戦

近年、遺伝子情報を基に疾患を治療する核酸医薬が、かつては治療不可能とされた病に対する新たな光として大きな期待を集めています。特定の遺伝子の働きを抑制するsiRNAや、タンパク質の設計図となるmRNAなどを利用した治療法は、すでに一部が実用化され、その驚異的なポテンシャルを示しています。しかし、その輝かしい成功の裏で、依然として大きな壁が立ちはだかっています。それは、薬剤を目的の細胞まで正確に、そして安全に届ける「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」の問題です。特に、血液細胞を生み出し、免疫システムの根幹を担う「骨髄」の細胞群へ薬物を送達することは極めて困難であり、核酸医薬の応用範囲を限定する大きな要因となっていました。

従来の技術では困難であった骨髄細胞への送達を実現するため、研究者たちは全く新しい視点からのブレークスルーを模索しています。既存の技術が主に肝臓への送達に最適化されている中、全身の免疫応答を司る骨髄の骨髄系細胞や、その源となる造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を標的とする技術は次世代医療において重要な役割を果たす可能性があります。技術が確立されれば、がん免疫療法や自己免疫疾患、さらには遺伝性の血液疾患に至るまで、広範な疾患領域に新たな治療戦略をもたらすことが期待されます。この困難な領域に取り組み、自然のメカニズムを模倣した新規ナノプラットフォームを構築した重要な成果が得られた研究を紹介します。

生体内の運び屋「リポタンパク質」を模倣したDDS

本研究の核心は、生体内に存在する脂質輸送担体として知られるHDL(高密度リポタンパク質)の主要構成タンパク質であるアポリポタンパク質A1(apoA1)を表面にまとわせた新規ナノ粒子「aNP(アポリポタンパク質ナノ粒子)」プラットフォームの開発に成功した点です。このaNPは、まるで体内の正規の輸送システムに擬態するかのように振る舞い、これまで薬剤が到達困難であった骨髄の奥深くに存在する骨髄系細胞や、あらゆる血液細胞の源流である造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)へと、搭載した核酸医薬を選択的に送り届けることを可能にしました。この成果は、従来のDDS技術では困難であった骨髄の免疫細胞および造血幹細胞への核酸医薬デリバリーを可能にした重要な進歩であり、造血系細胞を標的とする新たな治療戦略の開発に道を開くものです。

さらに特筆すべきは、このaNPプラットフォームが持つ驚くべき汎用性です。研究チームは、遺伝子発現を抑制するsiRNAだけでなく、遺伝情報の読み取り方を修正するアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)や、細胞内で特定のタンパク質を製造させるメッセンジャーRNA(mRNA)など、多種多様な核酸医薬の搭載と送達に成功しています。これは、単一の技術基盤で、遺伝子サイレンシング、スプライススイッチング、タンパク質発現制御といった異なる作用機序の治療戦略を展開できることを意味します。疾患の性質や治療目的に応じて搭載する情報を自在に入れ替えられる、まさに次世代のモジュール式DDSの誕生と言えるでしょう。

自然から学び、精密に設計されたナノ構造

この画期的な研究成果は、国際的な科学雑誌Nature Nanotechnologyに掲載された、ウィレム・マルダー(Willem J. M. Mulder)博士やロイ・ファン・デル・メール(Roy van der Meel)博士らが主導する論文「Nature-inspired platform nanotechnology for RNA delivery to myeloid cells and their bone marrow progenitors(骨髄系細胞とその骨髄前駆細胞へのRNA送達のための自然に着想を得たプラットフォームナノテクノロジー)」によって報告されました。アイントホーフェン工科大学やラドバウド大学医療センターといったオランダの研究機関が中心となり、この挑戦的なプロジェクトを推進しました。彼らの着想の源は、コレステロールなどの脂質を全身に運ぶ生体本来のナノマシン、リポタンパク質でした。

研究チームは、HDLが骨髄のHSPCと直接相互作用するという知見に着目し、その主成分であるapoA1をナノ粒子の表面に配置することで、骨髄への指向性を付与するという巧みな戦略を立てました。粒子の内部には、負に帯電した核酸と複合体を形成するイオン性脂質を組み込み、核酸を安定的にコア部分へ封入することに成功しています。さらに、リン脂質コレステロールトリカプリリンといった構成成分の比率を精密に調整することで、粒子のサイズや形状、安定性、そして最終的な遺伝子導入効率を最適化できることを発見しました。これは、自然のシステムを単に模倣するだけでなく、ナノテクノロジーによってその機能を凌駕しようとする野心的な試みです。

ライブラリーからの最適解探索と治療効果の実証

研究チームは、72種類もの異なる脂質組成を持つaNP-siRNAのライブラリーを体系的に構築するという、網羅的なアプローチを取りました。aNP-siRNAライブラリーの構築において、Avanti Research™およびSigma-Aldrich™の高純度な脂質成分の精密な配合により、再現性の高い実験結果と安定したナノ粒子特性を実現することができました。そして、クライオ電子顕微鏡による形態観察や動的光散乱法を用いた物性評価、さらには培養細胞での遺伝子サイレンシング効果の測定を通じて、各候補粒子の性能を徹底的に評価しました。この膨大なデータの中から、物理的に安定でin vitroにおける評価で活性の高い30種の有望な候補を選抜し、最終的にライブラリーの多様性を代表する8種をマウスによるin vivoでの機能スクリーニングに供しました。その結果、骨髄の造血幹細胞や前駆細胞において極めて高い遺伝子抑制効果を示すaNP18という最適解を見事に同定したのです。

この最適化されたaNP18の実力を示すため、研究チームはこれをがん免疫療法へと応用しました。固形がんの組織内では、CCR2という受容体を発現する免疫抑制性の単球が骨髄から呼び寄せられ、免疫抑制的な腫瘍微小環境を形成することが知られています。そこで、このCCR2遺伝子の発現を抑制するsiRNAをaNP18に搭載し、がんモデルマウスに投与したところ、骨髄、脾臓、血液中の単球においてCCR2の発現が著しく低下しました。その結果、腫瘍内に浸潤するCCR2陽性の免疫抑制性マクロファージの数が有意に減少し、骨髄からの免疫抑制性単球の流入を制御できることが実証されました。これは、aNPプラットフォームが持つ具体的な治療ポテンシャルを鮮やかに示した実例と言えます。

骨髄ターゲティングDDSが切り拓く医療の未来

本研究が達成した最大の功績は、生体由来成分であるアポリポタンパク質A1の機能を巧みに利用することで、従来のDDS技術では極めて困難であった骨髄の免疫細胞およびその前駆細胞への高効率な核酸医薬デリバリーを可能にした点にあります。このaNPプラットフォームは、組成を変えることで性能を自在に調整できる「モジュール性」と、生体成分を基盤とすることによる高い「生体適合性」を両立しており、繰り返し投与が必要な慢性疾患の治療においても大きな利点を持ちます。これは、核酸医薬の応用範囲を肝臓から免疫システム全体へと劇的に拡大させる、まさにパラダイムシフトと呼ぶにふさわしい成果です。

この革新的なaNPプラットフォームは、今後の医療に計り知れないインパクトを与える可能性を秘めています。がん免疫療法においては、腫瘍微小環境を改善する新たなアプローチを提供し、既存の治療法との併用による相乗効果も期待されるでしょう。また、免疫関連疾患に対しては、免疫細胞を標的とした治療的免疫制御が可能になると期待されます。さらには、特定の遺伝性疾患に対する造血幹細胞での遺伝子編集や、多様なワクチン応用など、幅広い治療応用への発展が期待されています。この生体模倣ナノテクノロジーは、未来の個別化医療を実現するための、重要な基盤技術となることが期待されます。

参考文献

本記事はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC BY 4.0のもとで下記の論文を参考にして作成しています。

Hofstraat, S.R.J., Anbergen, T., Zwolsman, R. et al. Nature-inspired platform nanotechnology for RNA delivery to myeloid cells and their bone marrow progenitors. Nat. Nanotechnol. 20, 532–542 (2025).

https://www.nature.com/articles/s41565-024-01847-3

 

関連アプリケーション紹介

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Avanti Research™ は、50 年以上の経験と豊富な製品ラインアップを背景に、高純度・高品質な研究用試薬を提供しているブランドです。複合治療薬や次世代 mRNAワクチン向け薬物送達および幅広いライフサイエンス研究に使用される脂質、アジュバント、器具の包括的ポートフォリオを提供しています。

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