分子生物学実験の基本 滅菌操作をマスターしよう
滅菌とは
滅菌とは「全ての生物を死滅させるか、完全に除去すること」を指し、分子生物学実験において非常に重要な操作の一つです。大腸菌培養や細胞・組織の無菌培養を行う前には、培養する生物以外の細菌、酵母、カビ、マイコプラズマなどの微生物の混入による汚染(コンタミネーション)や、細胞同士の汚染(クロスコンタミネーション)を防ぐため、使用する培地や試薬、機器を可能な限り滅菌する必要があります。また、分子生物学的には、混入したDNAやRNAの変性・分解、核酸分解酵素などの失活といった効果も滅菌操作に期待されています。滅菌によって、微生物が死滅・除去された状態を「無菌」と呼び、これを保つことを無菌操作といいます。
滅菌の手段は、大まかに「熱を用いる方法」と「用いない方法」に分けられます。
最も身近で確実な手段は熱を用いる方法です。電気オーブンを用いた乾熱滅菌や、金属などを炎で熱する火炎滅菌、高圧蒸気を用いたオートクレーブ(高圧蒸気滅菌)などがあります。
RNAを扱う実験ではRNaseによる試薬や器具の汚染が問題となるため、RNaseフリー、つまりRNaseが完全に失活・除去された環境を用意する必要があります。乾熱滅菌や火炎滅菌ではRNaseを確実に除去することができますが、オートクレーブではわずかに残る可能性があるため、注意しましょう。
一方、熱を用いず微生物を物理的に除く方法としてはメンブレンフィルターを用いたろ過滅菌が一般的ですが、核酸やウイルスはフィルターを通過してしまうので注意が必要です。また、実験室レベル以上の方法として、γ線滅菌やガス滅菌(エチレンオキサイドガス)があり、それぞれ、ディスポのプラスチック器具の滅菌や、病院などで用いられています。
この記事では、実験室で一般的に用いられる滅菌方法として、乾熱滅菌、オートクレーブによる滅菌、火炎滅菌、ろ過滅菌について、それぞれの概要や特徴、注意点について解説します。
乾熱滅菌
乾熱滅菌は電気オーブンを用いた滅菌方法で、加熱条件は160〜170℃であれば120分間、170〜180℃であれば60分間、180〜190℃であれば30分間が目安です。RNase除去を徹底して行う場合は、2〜3時間加熱するのが安全です。
ガラス、金属器具など、高温でも問題ないものや、蒸気に触れてはいけないものの滅菌に用いられます。ビンのフタは通常、乾熱滅菌できませんが、デュラン瓶の赤キャップは使用可能です。
ピペットはピペット缶に入れ、ガラス器具や乳鉢、スターラーバー、スパーテルなどはアルミホイルで包み、オーブンに入れます。このとき、水滴が付いていることがないよう、器具は十分乾燥させてから入れましょう。また、器具に熱が均一にかかるよう、庫内に余裕を持って均一に入れます。ヒーターに近い金属部分は設定温度よりも熱くなることがあるため、綿栓などの可燃性のものは近くに置かないようにしましょう。スイッチを入れ、庫内が所定の温度に達してから、時間を測ります。滅菌が完了したらヒーターを切り、庫内が十分に冷えるまで待ってから中身を取り出します。
オートクレーブ滅菌
オートクレーブ(高圧蒸気滅菌器/高圧滅菌器)は巨大な圧力釜のような構造をした機器で、加圧によって水の沸点を上げ、高温の蒸気で加熱処理を行うことができます。この加熱処理のことを指してオートクレーブと呼ぶこともあります。水の沸点は1気圧で100℃ですが、2気圧で約121℃になります。一般的なオートクレーブ滅菌では、この121℃で15〜20分間の加熱処理を行います。
使用にあたって特に資格や許可は必要ありませんが、小型圧力容器に分類される機器なので注意して取り扱いましょう。
オートクレーブにかけることができるのは、130℃まで安定で、水に濡れてもよい器具や溶液です。主に、乾熱滅菌の温度(160℃以上)に弱いゴム製器具類、ガラス器具、耐熱性プラスチック器具、金属、オートクレーブ可能な培地、熱変性を受けない試薬の滅菌に用いられます。水溶液をオートクレーブにかけることはできますが、有機溶媒はオートクレーブしないようにしましょう。
オートクレーブ内でのコンタミネーションを防ぐため、廃棄物処理用のオートクレーブは滅菌用のオートクレーブとは別途に設置することが望ましく、同じ機器を用いる場合でも廃棄物処理と滅菌とは別々に行うようにしましょう。滅菌用のオートクレーブはこまめに洗浄し、液体が庫内に飛散した可能性があるときは必ず洗浄しましょう。
オートクレーブ滅菌の手順
まず、スノコ(底に敷く穴の開いた円盤)が少し浸る程度に水道水を入れます。このとき、超純水を入れると電気が流れにくく、空焚き防止機構が作動することがあります。その上からカゴに入れた器具や試薬を入れます。フタを正しい位置にセットし、ハンドルを締めて固定します。安全弁の重石が正しく乗せられていることを確認し、排気コックを閉じ、タイマーをセットして加熱を始めます。
徐々に機器内の温度が上がると、排気ホースから蒸気が出てきますが、しばらくすると弁が自動的に閉じて内圧が上昇します。蒸気漏れがある場合はフタを少しきつく締め、それでも止まらない場合は運転を中止しましょう。運転中は機器を動かさないようにし、振動で安全弁の重石が外れた場合には、ピンセットなどで重石をつまみ、乗せ直してください。
設定時間が過ぎると徐々に温度と内圧が下がり、100℃近くで排気弁が開きます。常圧になり温度が100℃以下まで下がったらフタを開け、器具や試薬が持てる程度に冷めてから取り出します。
少量を正確に計り取るマイクロピペッター用のチップなどは、オートクレーブ滅菌後、乾燥させてから使用しましょう。
液体をオートクレーブ滅菌する場合
液体はガラス容器に入れてオートクレーブします。このとき、フタを解放した状態(緩めた状態)で行う場合と、密閉した状態で行う場合があります。
フタを解放した状態で行う場合、容器は通常の耐熱ガラス容器であれば何を使っても構いませんが、試料が汚れるという潜在的危険性と、揮発性物質(塩酸、酢酸、アンモニア、炭酸塩など)が蒸発で失われるという欠点があります。容器のフタにはアルミホイルを被せておくと、加熱後、フタに直接手を触れず締めることができます。ビンが熱いうちにフタを締めるとビン内部が陰圧になり蓋が開かなくなるので、十分に冷めてからフタを締めましょう。
液体培地を滅菌する場合も解放系で行います。フタはアルミホイル、発砲シリコンの栓、綿栓、試薬ビンのフタを緩める、などが用いられます。基本的には通常の溶液と同様に行い、オートクレーブ後はフタがきちんと締められているか確認してから、冷暗所に保管します。
寒天培地をオートクレーブする場合は、寒天を粉末で加え、寒天の溶解はオートクレーブ中で行います。オートクレーブ後、底に濃厚な寒天液が沈殿するため、それを手で振って均一にします。容器が45〜55℃まで冷めたら、必要に応じて熱不安定な添加物(抗生物質、IPTGなど)やオートクレーブ後に加えるべき塩(マグネシウム塩、カルシウム塩、リン酸塩など)を無菌的に加えます。すぐに使用しない場合は、45〜55℃で保温します。
容器を密閉してオートクレーブする場合は、必ず耐圧ビンを用います。青キャップのデュラン瓶(または相当品)がよいでしょう。ただし、1リットルを超える大型になると破損しやすくなるので注意が必要です。液は瓶の規定量を超えて入れないようにし、炭酸水素ナトリウムを入れる場合は液量を瓶の半分程度としましょう。
溶液をオートクレーブ処理する場合、事故を防ぐため、以下の点に注意しましょう。まず、釜に釜容量の35%を超える液体を入れてはいけません。運転中に釜が破裂する可能性があります。また、オートクレーブ後は強制排気せず、自然に圧力、温度が下がるようにし、十分に冷めてから取り出しましょう。溶液温度が100℃以上の状態でフタを開け閉めしたり振動を与えたりすると突沸を起こす可能性があります。特に、寒天が入っていると冷めにくく、このような事故が起こりやすくなっています。
火炎滅菌
ガスバーナーやアルコールランプ、電気バーナーを用い、炎で熱することによって、器具表面についている有機物を灰化・分解します。この滅菌方法は、無菌操作時に手や物、空気が触れたところに付着したと思われる微生物を滅菌する、細菌を操作する白金耳および白金線の先端を無菌にする、スパーテルやピンセットをRNaseフリー状態にする、などの目的に用いられます。主に金属の滅菌に使われますが、ガラスやテフロンにも使用可能です。
火の上部は温度が高く(酸化炎)、下部は温度が低い(還元炎)ので、火炎滅菌を行う際は上部の酸化炎の部分を使用しましょう。
なお、消毒用アルコールを噴霧し、蒸発していないうちに火炎滅菌すると引火することがあるので注意しましょう。また、火炎滅菌したところに手が触れて火傷したり、熱いままのピペットを細胞懸濁液に入れて細胞にダメージを与えてしまったりしないよう気をつけましょう。
フィルター滅菌(ろ過滅菌)
少量の液体や、熱に不安定な溶液、生体高分子、有機溶媒を滅菌する際にはろ過滅菌が適しています。
フィルターの材質にはナイロン、PVDF、PES、セルロースアセテートなどがあり、親水性と有機物の吸着性を基準に、目的やサンプルに合わせて選択します。ポアサイズ(穴の大きさ)は、不溶性物質の除去には0.4〜0.8 μmで十分ですが、微生物を除去する場合には0.22 μm以下のものを使用しましょう。また、マイコプラズマを除去する場合は0.1 μmのポアサイズのフィルターを用いる必要があります。
ろ過滅菌は、クリーンベンチ内で行います。シリンジタイプを用いる場合、まずはシリンジ(注射筒)で試料を吸います。このとき少量の空気も吸っておきます。フィルターの入ったジャケットを開けて、フィルターにシリンジを挿入したら、ピストンで液を押し出し、サンプルをろ過します。ろ液は滅菌容器に取ります。液を全て押し出すと最後に空気が残りますが、フィルターに空気が触れたところでロックされ、それ以上押し込めなくなります。ここでさらに押し込める場合にはフィルターに漏れがあったということになるので、新しいフィルターでろ過をやり直しましょう。
以上、4つの滅菌操作について解説しました。滅菌操作は手順を誤ったり注意を疎かにしたりすると、コンタミネーションや事故の原因となります。特に、繰り返し行って慣れてきた頃に失敗しやすいので、初心を忘れず丁寧に実施するよう心がけましょう。
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