<研究者インタビュー>佐々木敦朗―留学で見つけた、自分の新たな可能性

<研究者インタビュー>佐々木敦朗―留学で見つけた、自分の新たな可能性

夢をかなえるために必要なこと

「日本とアメリカの両方でラボを持ちたい」。佐々木敦朗(あつお)先生はそんな夢を抱いてアメリカに留学しました。

情報も少なく孤立した留学生活でしたが、さまざまな苦労や紆余曲折を経てその夢が現実になっていきます。

2012年にはUniversity of Cincinnati College of Medicineで研究室を開設し、さらに2018年10月からは慶應義塾大学にもラボを持つことに。留学出発時の夢をついに叶えた佐々木先生に、留学を通して学んだことや、その軌跡について詳しく話を聞いてきました。

失敗から始まった留学生活

―佐々木先生は自らの留学スタート時の経験を書籍『研究留学のすゝめ』(UJA編集)で失敗例として紹介していらっしゃいますね。

これから留学される方には同じ失敗をしてほしくないので赤裸々に書きました(笑)。留学したばかりの頃、私は、朝4時に家を出てラボのベンチにはりつき、死に物狂いで実験していました。おかげで、1年7ヶ月で論文を出せたのですが、周りからは何の反応もなかったのです。気づけばラボの人たちから敬遠されて、孤立していました。語学も上達せず、2年経ってもろくに会話もできない状態でした。

PIになるには論文が必要です。でも、だからといって、ラボの人たちと交流する時間や、セミナーや学会に行ってインプットする時間も惜しんでひたすら実験ばかりしては駄目だったのです。

―このままではいけないと気がついたきっかけは何だったのでしょうか?

友人から「僕が佐々木さんだったら、リスクを恐れず、もっと周りの人たちと一緒にいろんなプロジェクトをやりますよ」と言われたことです。日本にいたときも、大学院時代の恩師の吉村昭彦先生(現在は慶應義塾大学医学部教授)から「いろんな人と助け合い、研究するようになると世界が開ける」という内容のメールをいただいたことがありました。尊敬する研究者ふたりから同じことを言われて、ようやく目が覚めたのです。

自分の実験だけして論文を出せばいいというやり方は甘えだと気づきました。実は私は人と喋るのが苦手で。さらに当時は英語に自信がなかったので、実験に集中することでごまかしていたのかもしれません。

つながりから生まれる思わぬ恩恵

―UJAの会長をしている佐々木先生が人と喋るのが苦手だったなんて意外です。なぜ変わることができたのでしょうか。

ハーバード大学のLewis Cantley博士の研究室に異動する機会を得て、ボストンに引っ越したことがきっかけです。Cantley博士は僕にとり素晴らしいロールモデルでした。新天地で、心機一転。サンディエゴでの反省を活かして積極的に周りの人とも交流をしようと思いました。そして、母の教え「起こったことは良いことよ」「身軽・気軽・尻軽にいきんさい。運命が開けるよ」を大事にしようと思ったんです。今では家訓としています。

そのうちに、少しづつ変化が起こってきました。安田圭さん(現在はBoston University School of Medicine、Assistant Professor)が主催していた「プロ研究者への道の会」というサイエンスの勉強会を知りました。

時を同じくして、ボストンで中村能久さん(現在はCincinnati Children's Hospital Medical Center、Assistant Professor)や梶村真吾さん(現在はUCSF、Associate Professor)、古橋眞人さん(現在は札幌医科大学講師)という同世代の研究者と出会いました。彼らとサイエンスについて夜通し語り合い、今までにない刺激を受けました。

こんな素敵な集まりをまた開きたい。そうしたみんなの想いが重なり、中村さんが自宅を開放されてジャーナルクラブを始めました。そして、そのうちに自分たちの研究を発表するように。これが段々発展していって、海外日本人研究者ネットワーク(UJA)の元となった「いざよい勉強会」が生まれました。いざよい勉強会は、メンバーそして世話人の方々の情熱を原動力として今も続いています。

―研究をしながらUJAの運営も同時に行うバイタリティはどこから出てくるのでしょうか。

大変なこともありますが、それ以上に、素晴らしい仲間との日本のサイエンスの明日への取り組みはやりがいも大きく、私にとって喜びなんです。一人ではとても思いつかないことも、仲間と話し合うと、驚くようなアイデアが出て次々に解決したり新しい展開へと繋がっていきます。もしかすると、我々UJAの原動力の一つかもしれないですね。

留学すると研究面だけでなく、生活面でもハプニングだらけです。しかも自分一人では解決できない問題が多いので、人に頼らざるを得ません。日本では無口な人でも積極的に人に話しかけて頼みごとができるようになります。

ちなみに私の場合は、留学以前は過去に起きたことをクヨクヨと後悔しがちだったのですが、留学をしてからはずいぶんポジティブになりました。日本では周りの人の目を気にしすぎるところがありましたが、アメリカで暮らすうちにあまり気にならなくなりました。海外生活での大変なことも振り返ってみると、研究者としても一個人としても自分が成長する大きな糧になったと思います。

志を共有し何でも笑って話しあえる仲間との活動は私にとり最高に幸せなことです。いざよい勉強会もそうですが、UJAでは年齢や職位などの垣根をとりはらい、「〜さん」やニックネームで呼び合います。私は対外的には「UJA会長」ですが、実はUJA内では「UJA快調」と呼ばれているんです(笑)。それくらいフランクな集まりなので、よろしければ、「佐々木さん」や「敦朗さん」で呼んでくださいね。

日本とアメリカの両方にラボを持つメリットとは

―では、早速フランクに呼ばせてください(笑)敦朗さんはどうしてアメリカと日本の両方でラボを持ちたいと思ったのでしょうか?

実験設備に関しては、日本でもアメリカでもそれほど差はなくなっています。ですが、情報に関してはアメリカのほうがかなり早く入ってくることがあります。日本の学会で話題になっていることが、実はアメリカで5年前に終わった話だったということがありました。最先端の情報に常に触れていられることは、アメリカでラボを持つ利点の一つです。

一方で、日本がイニシアティブをとって、様々な分野をリードしていく未来も信じています。日本人の再現性のある丁寧な仕事や謙虚で勤勉な姿勢は、サイエンティストとして本当に素晴らしいです。また、純粋な興味からとことん追いかけていく気質と、それをよしとする風土が日本には強く受け継がれています。こうした資質は、異文化にいい形で触れると、「科学」反応を起こし大成長をもたらすと私は考えています。日本とアメリカにラボを持っていれば、両方のいいとこ取りができ、日本のサイエンスにも大きく貢献できるのです。

そうしたなか、2017年の12月に、慶應義塾大学の曽我朋義先生に「日本に帰ってきませんか?」とお誘いを受けました。「兼任できるのなら」とお返事したところ、本当に実現しました。大変感謝しています。

―自分の望みを率直に人に話すことで、チャンスが回ってくるんですね。以前のインタビュー記事で夢を叶えるために「あること」をやっていると拝見したのですが、M-hub読者にも教えてもらえますか?

レター用紙に箇条書きで夢を書き込んだリストを作っていて、それが今は3ページほどになっています。この夢リストは、毎朝、声に出して読むんです。周りに家族がいても読みます。最初は恥ずかしかったのですが、今はもう私も家族も慣れっこです(笑)。

頭の中で考えるだけでなく、紙に書き出すことと声にして発音するのが大事だと思っています。お金もかからないし、いつでもどこでもできるのでおすすめです。今までも結構叶ってきました。先ほどお話しした「日本とアメリカの両方にラボを持つ」というのも、このリストに書いた夢のひとつでした。「目標」という言葉に近い夢といってもいいかもしれません。

夢のような夢の一つは、「素晴らしい仲間とともに世界1千兆人の人々の健康と豊かな人生に貢献する」ことです。あとは、30年続けようと言って始めたいざよい勉強会、そしてUJAを、30年と言わず、300年続いていくプラットフォームへみんなと発展させ、時空を超えて未来の友人達と繋がっていくことです。

「夢」のリストを読み上げている先生

生物進化の歴史の鍵を握るGTPに魅せられて

―最後に敦朗さんの研究について教えてください。

簡単に言うと、私たちは細胞のエネルギーの研究をしています。細胞のエネルギーといえばATPが有名ですが、私はGTPの魅力に取り憑かれています。

GTPは環境や栄養状態が良い時に上昇して、細胞を増やしたり動かしたりするために使われます。GTPの増減を制御するメカニズムは現在のところまだわかっていませんが、私たちはそこの尻尾を掴んでいます。手繰り寄せてくると、だんだん面白いものが出てきます。GTPはATPと匹敵するくらい生命現象に絡み合っているようです。

また、ヒトを含めてさまざまな生物の細胞を調べることで、GTPセンサーがいつ現れたのかという起源も調べています。進化を軸にみていくと、生命の多様性とそれを生み出した途方もない時間と、生命の素晴らしさに心が揺さぶられます。GTPは細胞の機能を調べる意味でも、生命の進化の歴史を考える上でも非常に興味深い研究対象です。そのような対象に出会えたのは幸運だと思います。

運命の相手に出会うためには、やはりいろいろな人と話をしたり、さまざまな経験をしたりして、複数の見方ができるようになることが大切だと思います。とらえ方一つで、起こったことは良いことになります。読者のみなさんも、好奇心のアンテナを常に張って、夢を持って身軽・気軽・尻軽にアクティブに行動されてみてください!

プロフィール

佐々木 敦朗(ささき あつお)
University of Cincinnati College of Medicine、Associate Professor。広島大学客員教授。慶應義塾大学・先端生命科学研究所特任教授。海外日本人研究者ネットワーク(UJA)会長。現・慶応大の吉村昭彦博士のもと学位を取得し、カリフォルニア州立大・サンディエゴ校のRichard Firtel博士の研究室およびハーバード大医学部の Lewis Cantley博士の研究室にてポスドク研究を行った後、2012年より米国シンシナティ大学で研究室を開設。2016年より広島大学客員教授、2018年より慶應義塾大学・特任教授を兼任。村井純子特任准教授とともに世界5大陸を結ぶラボを立ち上げている。
ラボHPは http://www.thesasakilab.org/index_j.php

<研究者のおすすめ本コーナー>佐々木敦朗編

  • 宇宙創生』サイモン・シン(新潮文庫)
    英国のジャーナリスト、サイモン・シンが描く宇宙創成の謎に迫るノンフィクションです。科学者たちの挑戦の歴史や人間ドラマが生き生きと描かれ、様々な視点からの学びもあって感銘を受けました。

  • 人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン(新潮文庫)
    大好きな友人、谷内江望さんから教えてもらった本です。科学史の本なのですが、宇宙の始まりから太陽系ができて地球が今の状態に至るまでの過程をわかりやすく物語っています。科学者たちがどのように自然の謎を解明していったかがよくわかりますよ。