<研究最前線>分析技術で患者の負担を減らす治療薬物モニタリング

<研究最前線>分析技術で患者の負担を減らす治療薬物モニタリング

臨床現場で活躍する治療薬物モニタリング(TDM)

病院の薬剤部の業務は、医薬品の調剤や管理を行うだけではありません。注射薬や抗がん剤の調製、また、薬物血中濃度を測定して適切な投与設計も行います。東北大学病院薬剤部では、最新の高性能分析装置を多種類用いて治療薬物モニタリング(Therapeutic Drug Monitoring。以下、TDM)の臨床応用を進めており、研究をリードしています。同薬剤部では、基礎研究によって積み上げられてきた分析技術を、臨床の現場でどう応用しているのでしょうか。副薬剤部長である山口浩明准教授にお話を伺いました。

―治療薬物モニタリング(TDM)とはどのようなものでしょうか?

TDMは、治療効果や副作用に関係する因子をモニタリングしながら患者さんに合った薬物投与を行うことです。多くの場合、血中の薬物濃度を測定します。

具体的には、同じ量の薬物を投与しても、その効果は個人差がありますよね。また、抗がん薬や免疫抑制薬などは治療に有効な血中濃度範囲が狭く、確実に効果を発揮させたい反面、濃度が高すぎると副作用が出てしまいます。そのような厳密な治療濃度を求められる薬について、患者さんの血液サンプルを測定して治療に活かすのです。

免疫学的な測定(イムノアッセイ)と、HPLCや質量分析装置などの機器を用いた分離分析法が、TDMの主な測定方法です。イムノアッセイは、簡単な操作で素早く測定できるため多くの病院で使われていますが、代謝物や併用薬剤による影響で測定値がばらつくこともあります。また、これまで注目していなかった物質や新薬を新たに測定する場合は、イムノアッセイでは対応できません。そのため、一から分析メソッドを構築して機器を用いた分離分析法で行う必要があります。

TDMは検査部でも実施していますが、イムノアッセイでは測れないようなケースについては薬剤部で分析メソッドを作って臨床応用しているのです。

―TDM研究ではどのようなことを目指していますか?

いろいろありますが、ひとつは定量性の向上です。免疫抑制薬シロリムスを例にお話ししましょう。

シロリムスは治療に有効な血中濃度の範囲が狭いうえに、重篤な副作用も示す薬です。また、体内動態の個人差も大きいため、厳密に測定できる「液体クロマトグラフィー/エレクトロスプレーイオン化タンデム質量分析法(LC/ESI-MS/MS分析)」(※1)によるTDMが必要だと私たちは考えました。しかしながら、この研究を行った2011年の時点では測定結果が不安定で、充分な真度(※2)が得られませんでした。

その原因を調べていくなかで、リゾホスファチジルコリン(LPC)という物質が「イオン化抑制」を起こしていることが判明しました。イオン化抑制というのは「試料中にイオンが大量に存在した場合、測りたい物質のイオン化が抑制されてしまう効果」のことです。LPCはリン脂質であるホスファチジルコリンの脂肪酸がひとつ外れた分子であり、血中に多く含まれています。

(※1)サンプルをイオン化する「エレクトロスプレーイオン化(ESI)」を、液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析(MS)のインターフェイスとして利用した分析手法。
(※2)分析結果の真の値からの偏りの程度。真度(%)=測定値÷理論値×100

―LPCが原因だとわかれば次は取り除く方法の検討ですね。

リン脂質を取り除く充填剤をいろいろ試しましたが、HybridSPE-PPT(現在の製品名はHybridSPE-Phospholipid)を使って前処理を行うと最もよくLPCを除去でき、血中でも充分な強度のシロリムスのピークを得ることができました。現在はより時間が短縮できる新たな方法を目指し、さらなる改良を続けています。

研究課題は臨床の現場から生まれてくる

―臨床の現場で研究を行う魅力とはなんでしょうか。

目的が明確になることだと思います。病院にいると、どういう患者さんがどのような症状で苦しまれているのかを毎日目にします。ベッドから起きられなくなった患者さんが研究のおかげで元気に歩けるようになったら、うれしいですよね。そんな具体的なイメージを思い浮かべながら実験をしています。シロリムスについても、患者さんのニーズに応えるために研究を始めました。

このほか、薬物動態についての研究も行っています。特にトランスポーターを介した薬物相互作用に注目しているところです。薬物と内因性の化合物の相互作用は薬物動態を考える上で重要です。たとえば腎障害になると尿毒症物質が体の中に出てきますが、それらはトランスポーターを介して体外に排泄されます。その排泄のプロセスが薬物の排泄と競合することにより、薬物の血中濃度が上がって副作用が出やすくなってしまいます。

将来的にはトランスポーターによる輸送阻害や薬物との相互作用を事前に予測し、腎不全の患者さんに適した薬物投与設計の実現目指しています。

―TDMのこれからの課題について教えてください。

全国的に見ると、TDMが必要なのに実現できていないケースがまだまだあります。設備や導入機器の問題や、技術的な課題もあって、すべての病院では実施できません。より多くの患者さんにモニタリングを行えるようになれば、患者さんの治療効果を高め、副作用による負担を減らすことができます。そのためにも研究を進め、より使いやすく正確な分析方法を開発していきたいと思います。

プロフィール
山口 浩明(やまぐち ひろあき)
山形大学大学院医学系研究科 教授 / 山形大学医学部附属病院 薬剤部長
東北大学病院 准教授 副薬剤部長(インタビュー時)
1999年に東北大学薬学部薬学科卒業後、京都大学大学院薬学研究科へ進学し、2004年3月に博士(薬学)取得。2004年4月よりオランダ癌研究所にポスドクとして留学。2005年4月に東北大学病院薬剤部助手に就任した後、2007年に助教。2009年4月からは金沢大学附属病院で薬剤師として働き、2010年1月から2014年3月まで北海道大学大学院薬学研究院准教授を務める。2014年4月から2019年3月まで東北大学病院 准教授 副薬剤部長(インタビュー時)。2019年4月より現職。