飲料水におけるPFAS問題:規制の最新動向と品質管理で押さえるべき分析方法

飲料水におけるPFAS問題:規制の最新動向と品質管理で押さえるべき分析方法

近年、環境中に蓄積したPFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)が、人々や環境に悪影響を及ぼすとして世界的に問題視されています。とりわけ、私たちの口に入る「飲料水」は、PFASが蓄積する代表的な場所のひとつです。そのため、飲料・食品メーカーや化学メーカーでは、飲料水中のPFAS濃度を把握するための分析が急務となっています。

本記事では、飲料水中のPFAS問題がなぜ注目されているのか、分析上の3つの課題、そしてそれら課題を解決するメルクのソリューションについて解説します。

なぜ今「飲料水におけるPFAS問題」が注目されるのか

現在、日本各地で水環境のPFAS汚染が報告されています。環境省や神奈川県が実施した水質検査では、各地の河川水や地下水などから、PFASの中でも特に懸念されているPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)およびPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が、国の暫定目標値(50ng/L)を超える量で検出されました。*1さらに、暫定目標値を大幅に超える最大5,500 ng/LものPFOSおよびPFOAが検出されたとの報告もあります。*2

PFASで汚染された河川水や地下水は、最終的に水道水やミネラルウォーターとなって人々の口に入り、その健康を脅かす可能性があります。実際に、国内外で水道水を介したPFASへの暴露事例が複数報告されていることから*2*3、飲料水中のPFAS濃度を正確に把握することは極めて重要だといえます。

特に、飲料・食品メーカーや化学メーカーでは、以下の理由から飲料水中のPFAS分析を強く意識する必要があります。

飲料・食品メーカー

製品の製造工程に使用する飲料水の安全性を確保するため、自主的なPFAS分析が必要です。特に、ボトルウォーター(ミネラルウォーター)を製造・販売する企業では、自社の採水源がPFASで汚染されていないか厳重にチェックする必要があります。実際、大手飲料メーカーが自主的に採水源のPFAS濃度を分析する動きも進んでいます。

化学メーカー

過去にPFASを製造・使用してきた化学メーカーは、製造工程からの排水に含まれるPFASが環境へ流出し、近隣の水源を汚染するリスクに注意する必要があります。そのため、工場周辺の地下水などに対して自主的な水質検査を実施し、環境への影響評価やリスク管理を徹底することが重要です。

飲料水におけるPFAS規制の最新動向

現在、飲料水中のPFASに対する規制や目標値の設定が世界中で進められています。2025年4月時点での主要国・機関の最新動向は以下のとおりです。*4 *5

国・機関 対象 内容
日本(厚生労働省) 水道水 PFOSおよびPFOAの合計値:50 ng/L(暫定目標値)*6
日本(消費者庁) ミネラルウォーター類 ・現状は規制なし
・2025年3月現在、殺菌「あり」の製品について、水道水と同様の規制を設ける方針で検討中 *4
EU(欧州委員会) 人間の消費を目的とした水(water intended for human consumption) 全PFAS:500 ng/L
特定20物質合計:100 ng/L *7
米国(EPA) 飲料水(規制対象は水道水のみ) PFOS、PFOAそれぞれ:4.0 ng/L *8
WHO 飲料水 WHO 飲料水 PFOS、PFOAそれぞれ:0.1 μg/L(100 ng/L)
全PFAS:0.5 μg/L(500 ng/L)
(暫定ガイドライン値)

飲料水中のPFAS測定における3つの課題

飲料水中のPFASを規制値レベルで測定するには、いくつかの技術的なハードルがあります。

超微量レベルでの検出が必要

飲料水中のPFAS規制値はng/Lオーダーと非常に低濃度であるため、このレベルで確実に検出・定量できる分析手法と機器が不可欠です。

一般的な飲料水中のPFAS分析では、検出感度を上げるために何らかの「前処理」が実施されます。例えば、固相抽出(SPE: Solid Phase Extraction)カラムを用いてサンプルを濃縮・精製しておくといった方法です*9 。SPE工程を実施後に液体クロマトグラフ-タンデム質量分析法(LC-MS/MS: Liquid Chromatography / Tandem Mass Spectrometry)で各PFASを分離・定量することで、ノイズ(妨害成分)を極限まで低減しつつ、分析感度を高めることができます。さらに、各工程で使用される機器自体の高性能化も欠かせません。

「前処理を含む多段階の分析手法」と、「各分析段階で使用される機器の高性能化」。この2点が組み合わさってはじめて、信頼性の高い超微量分析が可能となるのです。

前処理および分析時に短鎖PFASが失われやすい

PFASは1万種類以上存在し、鎖長や構造(直鎖状、分岐状、フッ素化度など)が多岐にわたります。このうち、規制やモニタリングの対象となるのは主要なPFASのみですが、実際の飲料水にはそれ以外のPFASも含まれます。

PFASの物理化学的性質の違いは、分析にも影響を与えます。特に注意すべきなのが、鎖長が4~6程度の「短鎖PFAS」です。短鎖PFASは、SPE工程とLC-MS/MS工程の両方の測定において工夫が必要となります。*10 *11

外部PFASによるコンタミ(汚染)のリスク

PFASは身近な製品にも使用されてきたため、分析室内にもPFASの発生源となる器材や資材が数多く存在します。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製のチューブや容器、アルミホイル、試薬などです。

飲料水中のPFAS分析では、ng/Lオーダーの極めて低い検出感度が求められます。そのため、試料調整から分析までのあらゆる段階において、外部からのPFAS混入を徹底的に防ぐ必要があります。

メルクのカラムで、飲料水中の27種類のPFASを一括・高感度分析

メルクでは、前述の3つの課題を解決すべく検討を重ねました。その結果、弱アニオン交換固相抽出(WAX SPE: Weak Anion eXchange Solid-Phase Extraction)と超高速液体クロマトグラフ-タンデム質量分析法(UHPLC-MS/MS: Ultra High-Performance Liquid Chromatography / Tandem Mass Spectrometry)を組み合わせ、1Lの飲料水サンプルから鎖長・構造の異なる27種類のPFAS(※回収率が低下しやすい短鎖PFASを含む)を一括かつ高感度で分析する手法を確立しました。

分析対象には、中国の新しい国家基準「GB 5750.8-2023」で規定される11種類のPFASに加え、米国EPAのガイドラインで重視される複数のPFASも含まれており、主要なPFASを包括的にカバーしています。

本分析事例の成果は以下のとおりです。

  • 定量下限(LOQ):2.97〜4.92 ng/L(上記表の規制値に比して十分低い値を達成)
  • 回収率:79.0〜83.4%
  • 相対標準偏差:1.6〜4.6%

以下に、本分析事例の各工程で用いられたメルク製品をご紹介します。前処理工程(WAX SPE工程)と分析工程(HPLC-MS/MS工程)とを連携させることで、信頼性の高い高感度・高精度な分析システムを構築しています。

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本記事では、飲料水におけるPFAS問題の背景や最新の規制動向、分析における技術的課題、その課題を解決するメルクのソリューションについて解説しました。

飲料水中のPFASはng/Lオーダーで管理されるため、超微量レベルでの分析が求められます。また、短鎖PFASの回収率低下や外部コンタミへの対策も分析時の大きな課題です。これらを解決するには、前処理工程と分析工程を連携させた、信頼性の高い高感度・高精度な分析システムの構築が不可欠となります。

メルクでは、今回ご紹介した飲料水の分析事例(WAX SPEとHPLC-MS/MSを用いた27種類のPFAS分析)について、具体的な実験条件、検証データ、使用機器リストなどを詳細にまとめたアプリケーションノートをご用意しています。飲料水中のPFAS分析を検討する上で実践的かつ有用な情報が記載されていますので、ご興味のある方は以下からダウンロードしてご活用ください。

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*1)有機フッ素化合物(PFAS)に関するQ&A(神奈川県)

*2)(案)評価書 有機フッ素化合物(PFAS)(食品安全委員会)

*3)全国でPFASの検出相次ぎ、政府が対応策「水の安全確保」へ実態把握と対策急務(Science Portal)

*4)ミネラルウォーター類中のPFOS及びPFOAの規格基準の設定について(消費者庁 食品衛生基準審査課)

*5)PFAS規制とPFAS分析の知っておきたいポイント(M-hub)

*6)「水質基準に関する省令の一部改正等について」の留意事項について(厚生労働省)

*7)”Treatment of drinking water to remove PFAS (Signal)”. European Environment Agency.

*8)"Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS) Final PFAS National Primary Drinking Water Regulation".EPA United States Environmental Protection Agency.

*9)工業用水・工場排水中のペルフルオロオクタンスルホン酸及び ペルフルオロオクタン酸試験方法(JIS K 0450-70-10:2011)

*10)Yitong Pan, Damian E. Helbling, Revealing the factors resulting in incomplete recovery of perfluoroalkyl acids (PFAAs) when implementing the adsorbable and extractable organic fluorine methods. Water Research 244, 120497(2023).

*11)Björnsdotter, M.K., Yeung, L.W.Y., Kärrman, A. et al. Challenges in the analytical determination of ultra-short-chain perfluoroalkyl acids and implications for environmental and human health. Anal Bioanal Chem 412, 4785–4796 (2020).

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