<研究最前線>HILICカラムがもたらすメタボロミクス多検体解析の革命
なぜZIC®-pHILICなのか
健康調査を通じてバイオバンクを構築、次世代型医療の創出を目指して様々な研究がされている東北大学東北メディカル・メガバンク機構。同機構の三枝大輔先生は、クロマトグラフィーの手法を用い、患者から採取した生体試料中のバイオマーカーを解析するためのメタボロミクス分析手法を開発しました。
分析の要となるHPLCカラムやメソッド開発のエピソード、生体試料の多検体解析を再現性高く実施するためのポイントについて三枝先生にインタビューしました。
―グローバルメタボロミクスのプロトコール1)では、メルクの親水性相互作用(HILIC)カラム「ZIC-pHILIC」が使われています。このカラムに行き着いた経緯を教えてください。
2012年に発表されたZhangらの論文2)を参考にしたというのがはじまりです。実は、当時市販されているものの中から、かなりの数のHILICカラムを比較検討しました。メルクで販売されているZIC-HILIC、ZIC-cHILIC、ZIC-pHILICもこれに含まれています。
最終的にZIC-pHILICを採用したのは、多数の極性低分子化合物のクロマトグラム上のピーク形状を確認しましたが、特にS‐アデノシルメチオニン由来のピーク形状が、他のカラムではピークのテーリングが起こっていた一方で、ZIC-pHILICを用いた場合ではとてもきれいなピークが明確に得られたからです。
今、グローバル(一般にはノンターゲット)メタボロミクス分析の主流といえば、LCMSです。とりわけ、C18カラムを用いたポジティブイオンモードとネガティブイオンモード、HILICカラムを用いたポジティブイオンモードとネガティブイオンモード、この4メソッドで網羅的な解析が行われています。
つまり、逆相カラムだけでは脂溶性の分子は保持されて検出できる一方で、親水性の分子は保持されず安定した検出ができません。そこで、親水性の分子の測定にHILICカラムが威力を発揮します。HILICカラムを併用することで、逆相カラムでの分析が困難な分子まで幅広くカバーされ、極性の低いものから高いものまで分析できることが期待できるからです。参考にした文献では、UHPLC用のHILICカラムを用いた分析条件が多かったのですが、実際に、複数のHILICカラムとZIC-pHILICを比較検討して明確な差が得られたので、「ZIC-pHILICで間違いない!」と確信しました。
生体試料の多検体解析のデータ精度を高めるカギ
―メタボロミクス分析において、pH条件やグラジエント条件などが保持挙動や再現性に大きな影響を与えると思いますが、工夫されたポイントはありますか?
移動相条件は、重炭酸アンモニウムバッファーを用いてpH9.2に調整し、次のような条件下でグラジエント分析をしています。
一般的に、移動相のpHを調整する場合、pH計測機器を見ながら緩衝溶液に酸や塩基を添加して目標のpHに合わせることが多いと思いますが、今回の分析における移動相の作成においては、私はpH計測機器を使用しません。なぜなら、大規模に長期にわたる解析を行うことを目的とした研究の場合、再現性の高い正確な移動相調整が最も大切であると感じているからです。
そのため、できる限り人的あるいは機械的な誤差となる要因は排除する必要があり、私は今回の分析条件の移動相A液の作成においては、「水99.0mlに1Mの重炭酸アンモニウム溶液を1.0ml添加後、0.1mlのアンモニア水溶液を添加する」というように、添加容量を一定に混合する作業手順を組んでおり、例えば3Lまとめて一度に調整することが多いです。
―極性化合物をターゲットとするHILICモードでは、分析種の荷電状態も変わりますから、pHのわずかなブレが大きな誤差の原因となることが多いですよね。
実験手順をラボのメンバーに説明する際も、細かな点までレクチャーします。例えば、アンモニウム水溶液をピペットで吸い上げる時に、揮発性が高く比重が重いアンモニア水溶液は液ダレしやすくなります。従って、「絶対に液ダレがないようにすばやく添加するように」と言いながら実演するところを見せます。多検体分析で高い再現性を維持するためには、その1滴が命取りになりますから。
―ZIC-pHILICカラムの寿命やキャリーオーバーについてはどのような印象をお持ちですか?
ZIC-pHILICは、HILICカラムとしては寿命がかなり長いですね。1本のカラムでヒト血漿を前処理して得られた検体を、2000検体程度分析した実績もありますし、3500検体の分析を行った際も、使用したカラムは2本でした。通常のHILICカラムの寿命は、分析する検体種にもよりますが、500検体くらいが限界と言われておりますので、非常に堅牢な分析カラムだと思います。
ZIC-pHILICカラムによる分析を行った際の、クロマトグラム上のキャリーオーバーについては、分子によりますが逆相カラムよりも低い印象です。通常、LCMSによるメタボロミクス分析で逆相カラムを用いて検体を連続分析した場合、時間経過(検体の分析数)に沿ったデータ変動が観察されてしまいます。原因は、MSの汚れによる感度低下や分析カラムへの疎水性分子の蓄積が推定されますが、これがメタボロミクス連続分析のボトルネックとなるケースが多々あります。我々は、そのような現象に対するデータ補正手法やソフトウェアを開発しておりますが、ZIC-pHILICカラムを用いたメタボロミクス分析では、その時間系列のデータ変動が極めて抑えられています。このことは、メタボロミクス分析を行う上でZIC-pHILICカラムを選択する大きなメリットだと思います。
―先生のグラジエントメソッドでは、最後に水95%で2分間流しています。ここでHILICカラムに蓄積した塩なども完全に溶出でき、洗浄メソッドとしてしっかり機能しているというのも、成功の秘訣ですね。
そうかもしれません。おそらく、逆相カラムでは、脂質分子などの疎水性成分などがカラム内部に蓄積してしまいますが、HILICカラムではそのように蓄積される分子が少ないからだろうと考えています。
―その他、工夫されている点やメソッド開発で苦労されたことがあれば教えてください。
工夫した点でいうと、実はグラジエントの最後に初期条件で7分間流すということもポイントです。HILICは逆相と比較して平衡化を長めに行う必要がありますので、次の分析をスタートする前のカラムの平衡化を丁寧に行わなければなりません。
また、ZIC-pHILICカラムの耐圧性能については装置メーカーの方と一緒に何度も検討を実施しました。東北メディカル・メガバンク機構のヒト血漿に含まれるメタボローム情報を掲載したデータベース(Japanese Multi Omics Reference Panel, jMorp)3) 構築に採用しているメソッドでは、0.3ml/minで27MPa程度のカラム圧がかかっています。経験上、35MPaに一度でも到達してしまうと、その後のカラム圧はどんどん上昇し、最後にはカラムが使用不能になります。現在のZIC-pHILICカラムは大丈夫ですが、数年前のものは高圧に耐えられず、形状が変わってしまい驚くこともありました。ですので、測定開始低流速で少しずつ流すことがとても肝心になります。
メタボロミクスを行う研究者の中には、脂質分子を標的としたリピドミクスを行っている方も多く見られます。リピドミクスでは、使用される移動相溶媒にイソプロパノールが選択された分析条件が散見されます。同じHPLCやUHPLCの装置で、イソプロパノールを使ったリピドミクス分析を行った後に、流路にイソプロパノールが残っていると、ZIC-pHILICカラムを接続して移動相を流し始めたときに一気に高圧がかかるので、流路内の溶媒置換を完全に行うことも大切です。
他にも、メタボロミクス測定に入る前に、毎回ブランクを3回と前処理後検体の混合液(Study Quality Control, SQC)を10回測定します。分析カラムに実際の検体由来のマトリックスを適切な回数流すことで、固定相を安定化させてから本測定に入るというカラムコンディショニングも行っています。こちらも、SQC測定の1回目から10回目までの測定結果で検出されたイオンの強度を確認し、11回目でばらつきが収まってくる、ということを確認して設定しました。
また、できるだけサンプル種ごとに専用カラムを用意すると良いでしょう。サンプル種によってマトリックス成分も大きく違います。血漿サンプル用、尿サンプル用、各組織サンプル用……という風に、カラムの使い回しは避けるようにしています。
世界でメジャーになりつつあるZIC-pHILIC
―最後に、メルクのHILICカラムに期待することがあれば教えてください。
そうですね。現状のものに満足しているので、特に要望はありません(笑)。今後もこの品質のものを継続して使い続けていきたいと思っています。
以前は、分離能がさらに改善されたものがあれば、と思っていたのですが、再現性とカラム寿命の確保、カラム製造レシピ変更による影響などを考えると、現状の製品が粒子径、内径とも最適化されたものなのだと認識しています。
あえて言うなら、カラムの長さとガードカラムのラインナップが増えたらうれしい、ということでしょうか。私はガードカラム無しで使用していますが、他ユーザーの使用状況を考えるとニーズはあるのでは、と感じますね。
海外の学会に参加した時の話ですが、メタボロミクスにZIC-pHILICカラムを使っている研究者に出会うことが多いです。ZIC-pHILICユーザー同士、その場で意気投合して「やっぱりそうですよね!」ということも。そのくらいZIC-pHILICはメジャーになりつつあります。
少し話が逸れますが……時々、「カラムの中に入って中の様子を見てみたい」と思うことがあります。固定相と分子が相互作用している様子や、くっついたり離れたりする瞬間を直に見てみたいですね。以前、原子間力顕微鏡で基盤に充填剤を固定して移動相を添加しながら、分析種の脂質クラスターの挙動を観察する、という研究もしているくらいなんです(笑)。
三枝先生直伝!HILICカラムでデータの精度を高めるために必要な5つのコツ
最後に、三枝先生による「HILICカラムを用いたメタボロミクス分析でデータの精度を高めるための極意」をまとめました。以下、5つの項目をぜひ参考にしてみてください!
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移動相の調整は厳密に
溶媒やバッファーの容量を基準に、移動相の混合調整をしましょう。ピペットを使用する際は、液だれもないよう要注意。 -
分析開始前にシステム内流路の溶媒置換を徹底する
特に同じ装置でリピドミクス分析も行っている場合、イソプロパノールがシステムに残留していると高圧力の原因となり、カラムにダメージを与えてしまいます。システム中の溶媒置換は念入りに。 -
耐圧の管理は徹底しよう
急に高流速で流し始めると、カラム耐圧を超えてしまいカラムが壊れてしまいます。特にZIC-pHILICカラムは高圧力に耐えられないので、ゆっくり流し始めましょう。 -
カラムのコンディショニングを丁寧に
実サンプルの測定を始める前に、ブランク3回と実際の検体由来のSQCを10回程度分析しましょう(途中でブランクを挟んだりすることも辞めた方がよいです)。また、分析スタート前には移動相初期条件での平衡化も長めに行いましょう。 -
各サンプル専用カラムを用意しよう
各サンプルでマトリックス由来の成分が大きく異なるため、キャリーオーバーを引き起こしたり、再現性低下の原因になる可能性があります。血漿用、尿用、組織用(肝臓用、腎臓用、脳用)など、サンプルの種類ごとに専用のカラムを用意できるとベストです。
参考文献
1) Daisuke Saigusa et. al. (2016) Establishment of Protocols for Global Metabolomics by LC-MS for Biomarker Discovery. PLoS One. 11(8):e0160555. doi: 10.1371/journal.pone.0160555.
2) Zhang T, Creek DJ, Barrett MP, Blackburn G, Watson DG (2012) Evaluation of coupling reversed phase, aqueous normal phase, and hydrophilic interaction liquid chromatography with Orbitrap mass spectrometry for metabolomic studies of human urine. Anal Chem 84: 1994–2001. doi: 10.1021/ ac2030738 PMID: 22409530
3) Tadaka S, Saigusa D, Motoike IN, Inoue J, Aoki Y, Shirota M, Koshiba S, Yamamoto M, Kinoshita K.(2018) jMorp: Japanese Multi Omics Reference Panel. Nucleic Acids Res. 46(D1):D551-D557. doi: 10.1093/nar/gkx978.
プロフィール
三枝 大輔(さいぐさ だいすけ)
東北大学東北メディカル・メガバンク機構/大学院医学系研究科・医化学分野・講師。
星薬科大学薬学部卒業(2006年)。東北大学大学院薬学研究科修士過程修了後、博士課程中退し、同大学院薬学研究科助手。同大学薬学研究科にて博士号(薬学博士)取得、助教を経て、2013年4月から東北大学東北メディカル・メガバンク機構 助教、2015年8月より現職。専門は、分析化学。
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