<研究者インタビュー>複数の研究室を渡り歩く上で重視すること―後編―

<研究者インタビュー>複数の研究室を渡り歩く上で重視すること―後編―

神経細胞内のキネシン分子モーターの輸送機能に注目し、神経細胞間コミュニケーションの分子メカニズムの解明とマウスの個体レベルへの影響について研究している、筑波大学医学医療系解剖学・神経科学研究室の森川桃特別研究員(学振SPD)。

インタビュー記事の前半では、森川博士の研究テーマについてお話を伺いました。後半の本記事では、幼少期から現在までに至るキャリアパス、特に「複数の研究室を渡り歩くこと」についてお話を伺います。

1つの研究室に所属し続けるか、海外留学も含めてさまざまな研究室を経験するか、さまざまな考えがある中で参考になればと思います。

体の左右差をきっかけにキネシン分子モーターへ

—子どものころから研究者を目指していたのですか。
いくつかのきっかけはあったと思います。一番大きいと思うのは、脳神経外科医の父の影響です。子どものときに勤務先の東大病院に見学に行ったら、父のデスクの上にマウスの脳のスライス(の標本)が並べてあったんです。「自分で作った」と言っていて、それがすごくかっこいいという印象が残っています。

また、ノーベル物理学賞を受賞された江崎玲於奈さんとは家族ぐるみで仲良くさせていただいたのですが、ノーベル賞を受賞した後もずっと毎日勉強していると言っていて、小学生ながら勉強していることがかっこいいと思うきっかけになりました。

父も祖父も医者で、「医者が提供する医療はすべて医学研究に基づいている、医療や医学を支える基礎研究こそ意義がある」と叩き込まれて育ったことは覚えています。

—そこから大学ではどのように研究分野を決めたのですか。
東京大学理学部生物学科に入ってからは、疾患よりも、健康な人がどうやって思考したり、考えたことを口に出したりするのか、ということに関心をもつようになりました。

そんな中、人類学専攻に進んで大学4年でニホンザルを観察する野外実習に参加したとき、ニホンザルには左利きが多いことを知りました。ヒトでは右利きが多く、そこから急に体の左右差について疑問に思ったのです。

調べてみると、受精卵からの発生初期の段階で体の左右差を決定する「ノード流(注)」という現象が起きていることを知りました。ノード流をつくるのに必要なタンパク質の一つにキネシン分子モーターKIF3があり、それを発見したのが同じ大学にいる廣川信隆先生(東京大学大学院医学系研究科)でした。

(注)ノード流とは、初期胚の腹側にあるくぼんだ組織において、細胞から生えている繊毛が時計回りに回転することで左向きに生じる体液の流れのこと。ノード流によって遺伝子発現に左右差が生じ、臓器などの左右差につながる。KIF3複合体は、繊毛の部品を運ぶモータータンパク質であることが廣川先生らによって1998年に報告された*1

その後、廣川先生の講義を受けることがあり、講義後に「興味があるから研究室を見学したい」と言ったら、「今日から来なさい」と言われました。さすがに当日は無理でしたが、翌日から本当に研究が始まり、テーマは左右差から変わりましたが、KIF21Bが恐怖記憶の消去に関わることなどを発見してきました*2

こうして、キネシン分子モーターと神経細胞間コミュニケーションの研究に取り組むようになったわけです。

理研、筑波に移り、そこでしかできない研究を

—東京大学で博士号を取得してから4年間は同じ廣川先生の研究室に所属し、その後1年間だけ理化学研究所(理研)に籍を移しています。理研に籍を移した理由は何ですか。
理研では脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チームに訪問研究員として所属していました。当時のチームリーダーである吉川武男先生とは以前から廣川研究室と共同研究をしており、統合失調症の分野では世界をリードしていました。

当時扱っていたKIF3B遺伝子ヘテロ欠損マウスに統合失調症様の症状があることを調べるためには、詳細なマウスの行動解析を行う必要があります。その技術を習得するために、吉川先生が退職するまでの1年間、理研に所属していました。

—ちなみに、マウスの行動解析にはどのようなものがあるのですか。
いろいろな方法があります。例えば、大きな音を聞かせるとマウスでもヒトでもビクっと反応しますが、その前に少し小さい音を聞かせると、大きな音を聞いたときの反応が弱くなる「プレパルス・インヒビション」という現象があります。統合失調症患者ではプレパルス・インヒビションが低下しており、2回目の音にも大きく反応することが知られているので、注意力の指標としてテストしています。

また、作業記憶を測定するテストとして「8方向放射状迷路」があります。8方向に分かれた通路の真ん中に空腹のマウスを置き、通路の先端に餌を置いておきます。効率よく餌をとるには、自分がどこの通路に行ったか覚えておく必要があるので、同じ通路に行った(間違えた)回数から作業記憶能力を数値化します。

こうしたテストをキネシン分子モーターの遺伝子改変マウスで行い、精神疾患や記憶・学習障害を観察しています。

—そして現在、筑波大学の武井研究室に移った理由は何ですか。
武井先生が廣川研究室の出身で以前からお世話なっていて、統合失調症患者で見つかったKIF17変異をマウスに導入したのが武井先生で、現在もKIF17遺伝子変異マウスを所有しているからです。KIF3BとKIF17と合わせて研究したいと思い、現在ここにいます。

自分の研究のために研究室の強みをいかす

—森川博士は東大、理研、筑波大と、研究室を複数渡り歩いています。研究室を変えるときに考えていることは何ですか。
「自分の中で研究テーマをもち、すべての研究室の強みを自分の研究にいかす」ということです。

修士のとき、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生の講演で、「本当に自分がやりたいと思う研究は寝る暇も惜しんでやるもの。やる気が出ないのなら、その研究テーマは自分にとって面白くないもの」ということを話していて、妙に納得したことを覚えています。そのときに、「自分のやりたいことを常にベースでもっておこう」と考えました。

実験を進める上で、一つの研究室では基本的に一つの手法に限られると思います。複数の研究室を経験することで、それぞれの研究室の手法や強みをいかしながら自分の研究を進めることができます。研究室の研究テーマのためだけに参加するのではなく、自分の研究テーマを深めるために研究室の強みを拝借する、という考えです。

実際、過去の自分を振り返ると、より詳しいマウスの行動解析をしたいと考えて東大から理研に移り、KIF3BとKIF17を合わせて研究したいという理由で今の武井研究室を移っています。

また、それぞれの研究室にそれぞれのエキスパートがいるので、お互いに議論して思いもよらなかったアイデアが出たり、知見を交換したりすることも多くあります。論文修正で予想しなかった実験を要求されたときも、他の研究室の人に相談するとアドバイスをいただけるので、人脈ができるという意味でも重要です。

—現在は東京大学の医学系研究科分子構造・動態・病態学教室にも客員研究員として所属しています。これも「自分の研究のために研究室の強みをいかす」ためでしょうか。
そうです。東大ではマウス施設や顕微鏡などを使いながら、科研費の若手研究である「神経変性疾患の基盤となるキネシン分子モーターによる細胞外顆粒の放出機構解明」にも取り組んでいます。

武井先生は、自分がやりたい研究を進めていればどこで何をしていてもいいという感じなので、自分勝手に研究室のいいところを取って回っています。そのことについては武井先生に感謝しています。

—今後のキャリアパスとしてどのようなことを考えていますか。
今までは自分のやりたいことを突き詰めようと決めてきましたが、いつか何らかのポストにつけば後輩の研究に貢献したり他の人を雇ったりすることもあるので、そうした将来を考え始めているところです。

ただ、自分のやりたいことを突き詰めていけば、知的資産として次世代に貢献できるかな、とは期待しています。

—ありがとうございました。

 

<References>

*1 Nonaka S, et al. Cell. 1998;95(6):829-37.
*2 Morikawa M, et al. Cell Rep. 2018;23(13):3864-3877.

プロフィール
2010年、東京大学理学部生物学科卒業。2016年に東京大学大学院医学系研究科細胞生物学・解剖学教室(当時)の廣川信隆教授のもと博士号取得(日本学術振興会特別研究員DC2)。東京大学大学院医学系研究科にて博士研究員、理化学研究所脳神経科学研究センターにて訪問研究員を経て、2021年より筑波大学医学医療系解剖学・神経科学研究室(武井陽介研究室)の特別研究員(日本学術振興会特別研究員SPD)。

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