<研究者インタビュー>辻佳子―「やりたいこと」に向き合って生きる

<研究者インタビュー>辻佳子―「やりたいこと」に向き合って生きる

「やりたいこと」に素直に生きる

東京大学環境安全研究センター長として、研究者の環境安全教育に取り組む辻佳子教授。兼担している工学系研究科化学システム工学専攻では機能性薄膜の研究を行っています。

辻教授は工学部から企業へ就職し、海外に渡って子育てをして、東大に戻ってくるという型にとらわれないキャリアをお持ちでもあります。この柔軟さは「自分のやりたいこと」に素直に向き合ってきた結果だと語る辻教授。そのユニークな経歴について詳しくお話を伺いました。

―工学部を選んだのはなぜでしょうか?

数学と化学が好きだったので理系を選びましたが、「人の役に立つ仕事がしたい」と子どものころから考えていました。血を見るのが苦手だったので医療系の進路は考えられなくて、モノづくりに関わってみたいという想いもあったことから、工学部を選びました。

東大は理Ⅰ・理Ⅱ・理Ⅲと分かれていて、工学部希望なら理Ⅰに入るのが普通かもしれません。しかし、私は女子学生が比較的多くいる理Ⅱを選びました。理Ⅱから行ける工学部の学科は少なく選択肢が限られましたが、工学部合成化学科に進学でき、4年生では固体触媒の研究室に入り自動車排ガス処理触媒の研究を行いました。

研究室に所属すると、装置も自分で作って実験をしていました。答えが分かっていないことを追求していく日々が楽しくて、しかも、ビギナーズラックで良い研究成果が出たこともあり、1年間の研究期間では物足りず、大学院に進学することにしたのです。

―博士課程には進学せず、修士で就職されました。

今も企業の研究職は修士を出た人が就職することが多いと思いますが、わたしが学生だった頃も同じです。とりわけバブル期でしたから企業の勧誘も熱心でした。

当時は素材ではなく身近なデバイスが作りたいと考えていて、化学メーカーではなく電機メーカーを希望し、最終的に東芝を選択しました。

―東芝ではどのような研究をされていたのでしょうか。

液晶ディスプレイの高性能化・低コスト化に貢献するための材料研究です。とても幸運なことに、わたしが見つけた配線材料を実際の製品に使用することが決まりました。研究所で取り組んだ成果が実際の製品になるという、人生で一度あるかないかの稀有な体験です。そのときに、生涯、研究者を続けたいと思いました。実は、その材料は今でも使用されています。

子育てしたいから週3日の研究生活

―それから結婚し、渡米されたと聞きました。

夫が、会社の制度でカリフォルニア工科大学に留学することになったのがきっかけです。アメリカに行きたいという思いと、家族で一緒に生活したいという思いから、このタイミングで仕事をやめました。

アメリカに行ってから数ヶ月は子育てに奮闘していましたが、子どもが2歳になってプレスクールに行き始めたときに、前職の経験が活きる仕事からお声がけをいただきました。結果的に、カリフォルニア工科大学の電気電子工学科の研究室でリサーチエンジニアリング・アソシエートとして働くことにしました。

―リサーチエンジニアリング・アソシエートはどのような職でしょうか?

日本でいう技術職員のようなポジションです。そのときわたしは博士号を持っていなかったのですが、ありがたいことにポスドクで雇ってもいいという話をいただきました。

しかし、ポスドクですと当然毎日研究に邁進して、研究成果を挙げることが求められます。子育てもアメリカ生活も楽しみながら研究を継続したいと思い、週3日のみの勤務を希望して、リサーチエンジニアリング・アソシエートとして勤務することになりました。まさに渡りに船でした。

日本に帰ってきてからはご縁があって、当時東大の化学システム工学専攻の教授の小宮山宏先生に、研究員として採用してもらいました。そこでもやはり、週3日の勤務をお願いしました。「そんなの聞いたことないぞ」とは言われましたが、しばらくは週3回勤務を認めていただきました。たくさんの方に支えていただいたと思っています。

―博士号を取られたのはいつでしょうか。

小宮山先生のところで研究員をしているときです。子どもが小学5年生になるまでは週に3日のペースで研究をしていたのですが、小宮山先生にそろそろいい加減に学位を取りなさいと言われてしまいました(笑)。それで、ほかの先生方からもいろいろとご指導いただき、論文博士を取得することができました。

その後、工学系研究科で特任助教にしていただき、2011年からは環境安全研究センターとの兼担を務めることになりました。研究だけでなく、「研究者の環境安全教育」にも力を入れていく。私にとっては新しい挑戦です。当初は、この場所で自分が何をするべきか、全学センターである環境安全研究センターは何をするべきかということを徹底的に考えました。現在も試行錯誤しながらいろいろなことに取り組んでいます。「環境安全学」というのは新しい学問なので、これからやるべきことはまだまだたくさんありますね。

研究成果を社会に実装していきたい

―工学部と環境安全研究センターの兼担は大変だと思います。

大変ではあるものの、兼担にはいい面がたくさんあります。例えば、センターで環境安全に関する研究と教育に取り組んでいると、自分の研究室の環境安全がよくなります。同時に、自分の研究室を運営して現場のことを把握しながら環境安全について考えたほうが、より効果的な研究や事業ができます。

工学というのは研究成果を社会に実装していくことが求められます。研究した結果、きちんと答えを出すことが求められます。環境安全についても、やはり答えを出すことが重要だとわたしは考えています。社会的に意義のある仕事ですし、それを実践できる環境があることはとてもありがたいと思っています。

―辻先生の工学部での研究内容について簡単に教えてください。

機能性薄膜材料の研究を行っています。材料なので応用先はディスプレイのような情報デバイスだったり、太陽電池のようなエネルギーデバイスだったりと様々です。また、医療診断などのバイオ応用についても研究しています。

材料の物性というのは構造によって決まります。目的の構造を得るためのプロセス制御を研究することで、目的の機能をもった材料を作り出せるのです。最近では資源を有効に使った地球に優しい機能性薄膜材料が求められています。高性能なものを作るだけでなく、環境負荷を低減させることをあらかじめ考えてプロセス設計していくのです。

―最後にM-hubの読者にメッセージをお願いします。

わたしのポリシーは、「まっすぐ進む、後ろに戻らない」。例えば、あのとき会社をやめずに残っていたらどうなっただろうか、というようなことは考えません。

今は、いろいろなロールモデルの中から生き方を選んでいく人が多いのかなと思いますが、わたしたちの若いときは何もモデルがなかったので自分で作るしかありませんでした。だからこそ、細かいことを考えずに自分のやりたいことをやれた気もします。いろいろな条件を考えると迷ってしまいますが、シンプルに「やりたいことをやる」と決意すれば、できないことってそれほどないと考えています。

 

<研究者のおすすめ本コーナー> 辻佳子 編

『下町ロケット』池井戸潤、『ナイルに死す』アガサ・クリスティ、『スパッタリング現象』金原 粲

<プロフィール>

辻 佳子(つじ よしこ)
東京大学環境安全研究センター長/東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻(兼担)
1988年東京大学工学部合成化学科卒業。1990年同大学院工学系研究科工業化学専攻修士課程修了。同年株式会社東芝入社研究開発センター、1996年カリフォルニア工科大学勤務を経て、1999年より東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻研究員に。2006年に博士号(工学)を取得。2007年より同専攻助教、2011年より東京大学環境安全研究センター准教授、2017年より同センター教授。2019年4月、同センター長に就任。

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