プレプリント・サーバーとは 論文はネットで事前公開の時代に

プレプリント・サーバーとは 論文はネットで事前公開の時代に

論文が世に出るまで

研究者のみなさんならご存知の通り、一本の論文が公開されるまでには非常な手間ひまがかかっています。投稿された論文は、まずエディターが内容をチェックし、体裁が整っているか、分野は間違っていないかなどを確認します。

パスしたものは、該当分野を専門とする研究者に送られ、査読が行われます。査読者は、データの解釈や論理展開に誤りがないか、掲載に値するだけの新規性・重要性があるか、画像やグラフなどにミスや捏造がないかを確認します。そのうえで、掲載すべきか、改訂の上で掲載を認めるか、却下するかを判断します。

論文投稿者は、査読者の要請に従って必要な改訂を行ったり、実験をしてデータを追加したり、あるいは他の雑誌に投稿し直したりといった措置を取ります。査読者との間に論戦が発生し、掲載までに年単位の時間がかかってしまうようなことも珍しくありません。

もちろん、学術論文に慎重な審査は必要ではあります。しかし、毎回あまりに時間がかかるのでは、学問の進歩の妨げともなります。特に近年は、中国など新興国の急速な伸長によって論文数が激増し、査読者が足りなくなっていることも、これに拍車をかけています。

プレプリント・サーバーの成長

そこで、査読の過程を経ないで素早く論文を公開できる「プレプリント・サーバー」という仕組みが、近年広がりを見せています。プレプリント・サーバーは何も目新しいものではなく、たとえば数学・物理学分野を中心とした「arXiv(アーカイヴ)」は、1991年にスタートしています。

研究者は、まだ審査が終わっていない段階の論文(プレプリント)を、こうしたプレプリント・サーバーに投稿できます。掲載された論文はまだ審査をパスしていないので、査読済み論文に比べれば過誤や捏造などを含んでいる可能性が高いといえます(あまりに程度の低いものは、スタッフによって削除されることもあるようです)。

しかし、公開された論文は多数の研究者の目に触れますので、場合によっては再現実験が行われ、厳しいチェックを受けることもあります。こうした情報は研究者間にすぐさま広がりますので、これが査読に代わる役割を果たしているともいえます。

すでに数学・物理学分野ではarxXivの利用が当たり前になっており、2017年の投稿数は12万件にも及びました。ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンによるポアンカレ予想の論文(2002年)のように、arXivで公開されただけで、既存の学術誌には投稿されなかったケースさえあります。

またITの分野では、知識の独占を嫌う文化があります。Nature誌の発行元が、人工知能に関する新しい論文誌の発行計画を発表した際には、高額かつ閉鎖的な情報のやり取りを嫌って、多くの有力研究者によるボイコット運動さえ起きたほどです。というわけで新しい知見はどんどんプレプリント・サーバーに掲載し、一般に公開することが好まれています。

たとえば囲碁対局を行う人工知能「アルファ碁ゼロ」の手法を、将棋やチェスなどにも展開した「アルファゼロ」の論文もプレプリント・サーバーに公開され、各国研究者の注目を集めました。NTT、ヤフー、NECなどの大手IT企業も研究成果をプレプリント・サーバーに発表するようになっており、この分野の日進月歩の進展を支えています。

こうした文化になじみのなかった分野にも、その波は及びつつあります。生物学分野では、2013年に「BioRχiv(バイオアーカイヴ)」がスタートしました。2017年にはサイエンス誌が「生物学分野の論文プレプリントが急成長」と報じるなど、注目度は大きく上がっています。化学分野でも、2017年に米国化学会が「ChemRxiv(ケムアーカイヴ)」を立ち上げ、これに続いています。

プレプリント・サーバーの注意点

素早く投稿・公開ができるプレプリント・サーバーの利用は、今後さらに広がるものと思われます。ただし、いくつか問題点も残っています。

ひとつは、こうして先行公開された情報を他の研究者が盗み、自分の成果として論文発表してしまう「スクープ」の問題です。ただし近年では、プレプリント・サーバーへの発表の時点で、先取権が得られるという合意がほぼできています。論文の審査のやりとりの間に他の研究者に逆転されたというような、不透明さがなくなっていくことでしょう。

出版する側からすれば、プレプリント・サーバーの出現は、今まで高額の閲覧料を取っていた論文を無料で読まれてしまうことでもあります。このため、プレプリント・サーバーで公開された論文は「すでに発表済み」とみなし、掲載を認めない論文誌もあります。

一方で、プレプリント・サーバーの利用を前提とし、論文誌への投稿と同時に自動的にプレプリント・サーバーでの公開が行われるような仕組みのところもあります。このあたりは、投稿前によく確認しなければなりません。

閲覧する側としては、無料で素早く論文にアクセスできるプレプリント・サーバーは、何よりありがたい存在です。ただし、前述したように審査を経ていない論文ですから、思わぬ欠陥がある可能性は考えなくてはなりません。有名ジャーナルに載っているから、というような権威付けもありませんので、閲覧者側も見る目が試されます。

いずれにしろ、プレプリント・サーバーは今後さらに利用され、影響力を高めることになことでしょう。論文を投稿する側も読む側も、その存在意義をしっかり把握し、活用を図る必要があるでしょう。

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