RT-PCRを成功に導く5つの重要ポイント

RT-PCRを成功に導く5つの重要ポイント

逆転写PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction:以下RT-PCR)は、DNAを増幅するPCR技術をRNAにまで発展させたものです。レトロウイルスから発見された「逆転写酵素(reverse transcriptase)」というRNA依存性DNAポリメラーゼを用いて、RNAから相補的DNA(以下cDNA)を合成し、さらに耐熱性DNAポリメラーゼによってcDNAを検出可能なレベルにまで増幅する技術です。この方法により、少量のRNAやわずかなmRNAなどの検出や解析が可能になりました。

この記事では、プライマーや酵素の選択基準、テンプレートを準備する際の注意点など、RT-PCRを行うときに気をつけるべき5つのポイントについて解説します。

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Point 1. 1ステップと2ステップのどちらで行うか?

RT-PCR反応は2つのプロセスから成ります。最初のプロセスでRNAの逆転写を行い、次のプロセスでcDNAを増幅します(図1)。2つのプロセスをどのように行うかによって、RT-PCRには2つの方法があります。

逆転写に続いて、増幅をそのまま同じチューブで行うのが「1ステップRT-PCR」です。これに対して「2ステップRT-PCR」では、逆転写と増幅を別々のチューブで分けて行います。

どちらの方法にも特長があり、実験の性質によってどちらの方法を選ぶか検討する必要があります。

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p127)

 

1ステップRT-PCRは、チューブを開閉して操作する場面が減るため、短時間で行うことができ、コンタミネーションのリスクも低いといえます。

一方、2ステップRT-PCRは逆転写と増幅それぞれを最適な条件で行うことができるため、正確な増幅が効率的に行えます。また、同一の逆転写サンプルから複数のPCRを行うこともできます。しかし、より多くの操作が必要となるため、時間がかかる場合があります。(表1)

表1 1ステップRT-PCRと2ステップRT-PCRの特長

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p128)

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Point 2. 最適な逆転写酵素を選択する

RT-PCRの成功要因の一つは、最適な逆転写酵素を選ぶことです。市販されているそれぞれの逆転写酵素の特性をよく理解して、目的に合った酵素を使用してください。

逆転写酵素を選ぶときに検討すべきポイントは以下の通りです。

  • 逆転写可能な配列の長さ
    酵素によって逆転写できる配列の長さは異なります。3 kbまでの短い配列に適したものや、14 kbまでの長い配列を逆転写できるものがあります。

  • 最適温度
    酵素によって活性の至適温度は異なるため、反応の温度はあらかじめ検討しておく必要があります。ターゲットのGC含量が特に多い場合や、RNAの二次構造を防いだり、プライマーの非特異結合を減らしたりするためには、高温で反応させると、より正確な逆転写が行われると期待できます。

  • 感度
    感度が高いと、より低濃度のテンプレートから逆転写が可能です。酵素ごとに異なるため、特に発現レベルが低いRNAをターゲットとする場合には感度に注意して酵素を選ぶ必要があります。

  • 特異性
    ターゲットとする配列のみを正確に逆転写する能力です。増幅しにくい配列では特異性の高い酵素の選択や反応条件を設定することが重要です。

  • RNase H活性
    市販の逆転写酵素の中にはRNase H活性を持つものがあります。RNase HはRNA-cDNA複合体のRNAを分解し、転写後のPCRでの増幅感度を高めることができます。ただし、RNase H活性が逆転写反応と競合して、完全長のcDNAが転写される前にテンプレートRNAを失う可能性があります。思うようにcDNAが作成できない場合には、RNase H活性を持たない酵素を試してみるのもよいでしょう。

 

ライフサイエンス研究を目的としたRT-PCR用に、さまざまな逆転写酵素が市販されています(図2)。例えば「Titan One Tube RT-PCR System」(製品番号:11855476001)は、6 kbまでの長さの配列の増幅に対応しており、1ステップRT-PCRを行うことができます。

「Transcriptor Reverse Transcriptase」(製品番号:3531317001/3531295001/3531287001)は最大14 kbのターゲットRNAを増幅することができる、2ステップRT-PCR用の酵素です。

※収量とは、任意のPCRサイクル数で多くのPCR産物を増幅する能力のことです。

図2 RT-PCR酵素の比較(一例)

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p32)

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Point 3. 目的に合った逆転写用プライマーを選ぶ

逆転写で必要なプライマーは実験の目的や方法(1ステップか、2ステップか)によって異なります。逆転写で使用されるプライマーは以下の4種類に分けることができます(図3)。

下記に挙げた特徴を考慮して、実験の目的や種類によって最適なプライマーを選択してください。1つのプライマーで結果が得られない場合は、他の種類のプライマーの検討をお勧めします。

  • オリゴ(dT)nプライマー(図3A
    真核生物がターゲットの場合、3’末端にあるポリAテールに結合させて、完全長のcDNAを合成する目的で使用します。

  • アンカーオリゴ(dT)nプライマー(図3B
    5'側にあるポリAテールの開始点に結合させて、ポリAテール内部でのプライミングを避けることができます。完全長のcDNAを合成する目的で使用します。

  • 配列特異的(遺伝子特異的)プライマー(図3C
    通常のDNA増幅を目的としたPCRと同様に、特定の配列部分を増幅したい場合に用います。1ステップRT-PCRを行う場合は、このタイプを使います。

  • ランダムヘキサマー(図3D
    多種類のランダムな6塩基の配列です。特定の1種類の配列ではなく、含まれる多種類のRNAを均等に増幅、検出する場合などに使います。テンプレートRNAに対するプライマーの比率を調節することで、cDNAの平均的な長さを調節できます。

図3 異なるタイプのプライマーを使用したcDNA合成の概要

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p131)

 

※配列特異的なプライマーの設計について
特定の配列部分の増幅を目的とした実験では、プライマーを工夫することにより、得られたPCR産物がcDNA由来のものか、またはゲノムDNA由来のコンタミネーションかを区別することができます。プライマーの設計には、以下の2つの方法があります(図4)。

  1. RNA配列上で、複数のエクソンをまたぐようなプライマーを設計します。この場合、エクソンの間にイントロンが存在するゲノム由来のDNAは増幅されません(図4パネル1)。

  2. 1つのイントロンの両隣のエクソンに、片方ずつがアニールするようにプライマーを設計します。ゲノムDNA由来のPCR産物は、cDNA由来の産物よりもサイズが大きくなるため、区別が容易になります(図4パネル2)。

図4 プライマー設計のための2つの方法

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p132)

 

Point 4. テンプレートRNAのクオリティを上げる

RNAテンプレートのクオリティはRT-PCRの結果に大きく関わります。できる限り純度の高いRNAテンプレートを使用するようにします。

例えばターゲットがmRNAの場合には、トータルRNAではなく精製したmRNAを用いることにより、増幅の可能性が高くなります。また、RNAテンプレ―トを調製する際は、RNaseがコンタミネーションしないよう細心の注意を払いましょう。mRNAの抽出過程で用いるエタノールやフェノール、SDSなどの反応を阻害する化学物質がテンプレート溶液に残らないように、完全に除去することも大切です。

テンプレートRNAの調製ついての詳細は2ステップRT-PCRを行う前に検討すべきポイントをご覧ください。

Point 5. RNAの分解を徹底的に防ぐ

RT-PCRがうまくいかない場合、逆転写反応中にRNAの分解が進んでいる可能性があります。多くのRNaseを不活化することができるRNase阻害剤を反応液にあらかじめ添加してください。

もし、RNaseの重度なコンタミネーションがあると考えられる場合には、より高濃度のRNase阻害剤を使います。例えば、Protector RNase Inhibitor(製品番号:3335399001/3335402001)を使用する場合、通常に用いられる量(表2)の16倍の濃度を使用しても、反応には影響しません。

表2 Protector RNase Inhibitorの使用量

(出典元:Roche PCR アプリケーションマニュアル 第3版 p134)

 

以上、RT-PCRを行う際に注意すべきポイントを5つに分けてご紹介しました。PCR実験は、テンプレートの特性や増幅したい配列の長さ、実験の特性により大きく条件が異なります。RT-PCRを行う際の条件検討の参考にしていただければ幸いです。

<参考文献>
Degen, Hans-Joachim, Ph.D.他. PCRアプリケーションマニュアル. 第3版,Roche Diagnostics GmbH, Mannheim,2006

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